ブランドロイヤルティについて語ることは、今でも意味があるのか?

マリー・キリアキディ

ブランドガイダンスグローバルソートリーダー

リピート購買とブランド選好に関する議論を変える5つの研究

「新規顧客を獲得するのと、既存顧客を維持するのでは、どちらの方がコストは低いのか?」

米国版『The Office』シーズン2第4話で、ビジネススクールに入学したばかりのライアンがマイケル・スコットにそう尋ねます。マイケルは「同じだ」と答えましたが、2005年当時、その答えは一般的には間違いだと考えられていました。 当時、多くのビジネススクールではブランドロイヤルティとは何か、そしてそれをどのように構築するかについて教えていました。1980年代から1990年代にかけての「サービス」という重要な経営テーマと同様に、ブランドロイヤルティは、トム・ピーターズの『In Search of Excellence(エクセレント・カンパニー)』やヤン・カールソンの『Moments of Truth(真実の瞬間)』といったベストセラー書籍によって注目を集め、その勢いは長年続きました。

5-95から95-5へ

当時の定説は、「顧客維持率を5%高めるだけで利益を約95%向上できる」というものでした。この考え方は、マーケティングというまだ成熟途上の分野にぴったり当てはまる“もっともらしい事実”として広まり、その後、業界の成熟とともに多くの批判を受けることになりました。

長年にわたる議論を経て、ブランドロイヤルティを説明するうえで確率論が最も有力な考え方として位置づけられるようになりました。顧客の「不忠誠」に過度に悩む必要はありません。それは単に購買頻度が低い状態を大げさに表現したものにすぎないからです。ほとんどの企業において、ロイヤルティは市場浸透率(Penetration)と比較・予測することができます。

サラ・カーターとレス・ビネットは著書『How Not to Plan: 66 Ways to Screw It Up』の中で次のように述べています。

「ロイヤルティは“オープンマリッジ”のようなものだと考えた方がよい。ひとつのブランドだけに忠実な人はごくわずかである」

また、バイロン・シャープはWFA Better Marketing Podcastでこう説明しています。

「ロイヤルティが消えたわけではない。競合が存在するようになっただけだ」

さらに近年、LinkedIn B2BとEBI(Ehrenberg-Bass Institute)の共同研究では次のような結果が示されました。

「リーチできる購買者の95%は市場外(Out-of-market)におり、彼らが実際に購入するのは、数か月後、場合によっては数年後です」

これもまた、購買行動が確実なものではなく、確率によって左右されることを示しています。

もしすべてが確率の問題だとすれば、「誰をターゲットにするか」はそれほど重要ではなくなります。本稿で紹介する5つの研究は、新規顧客獲得と既存顧客維持のどちらを優先すべきかという議論が本質的ではないことを示しています。 本当に重要なのは、すべての消費者の心の中でブランドの存在感を高めることです。

研究1・2:ヘビーバイヤーもライトバイヤーも重要(しかもほぼ同じくらい重要)

5年前、マーケティング学者のヤン=ベネディクト・スティーンカンプ教授は、新たなデータを用いて80:20の法則(パレートの法則)を覆しました。BG20データを購買頻度という視点から分析した結果、現在のヘビーバイヤーだけでなく、ライトバイヤーや未購入者にリーチすることも同等かそれ以上に重要であると結論づけました。

スティーンカンプが複数のカテゴリーにわたって分析した結果、各ブランドの購買頻度分布は、逆さまのホッケースティックのような形になりました。購入回数ゼロの購入者層がスティックの一端を形成し、購買頻度が高くなるにつれて人数は減少し、最後にヘビーバイヤー層が反対側のブレード部分を形成します。 さらに各グループが売上にどれだけ貢献しているかを分析した結果、ブランドバイヤーの上位20%にあたる高頻度購入者が生み出す売上は全体の50%であり、80%ではないことが明らかになりました。ただし、離反を防ぐためにヘビーバイヤーへ一定の投資を行うことも依然として価値があります。



その後、KantarのWorldpanelチームは同様の分析をカテゴリー単位で実施しました。もし予算の制約によって大規模なマスマーケティングが難しい場合、ヘビーカテゴリーバイヤーに集中すべきなのでしょうか。

2021年から2022年の英国市場における200のFMCGカテゴリーのデータを分析した結果、スティーンカンプの研究と非常によく似た結果が得られました。ここでも逆さまのホッケースティック型の分布が確認されました。 ヘビーバイヤーは平均してカテゴリー支出の60%を占めています。つまり、彼らだけに注力するとカテゴリー売上の40%を取り逃がすことになります。同様に、新規顧客やライトバイヤーだけを対象にすると、残りの60%を見逃してしまうことになります。

FMCG上位200カテゴリーにおける平均購買頻度分布


研究3︓感情はリピート購買を⽣み出す

人間は習慣の生き物です。行動の多くは習慣や周囲の人々の影響によって形成されます。しかし同時に、自分のニーズや価値観、動機、将来への期待に共鳴する対象に対して強い感情を抱くこともあります。

2015年、Kantarの複数部門の研究者たちは、ブランドエクイティと購買行動の関係を解明するために共同研究を実施しました。ブランドエクイティが購買行動の変化を予測できるのかを検証するため、購買パネルデータに加え、消費者調査によるブランド認識データを統合して分析しました。

その結果、ブランド好意度が平均以上の購入者と平均以下の購入者では、リピート購買率に大きな差があることが判明しました。 ブランド好意度が高い場合、その後9か月以内に再購入する購入者の割合は2倍に増加しました。

また、高いブランド好意度を持つヘビーバイヤーが結果を歪めているわけではないことも確認されました。

この結果から、一部のブランドは他ブランドよりも効果的に好意度を構築しており、その好意度を活用して購買頻度を高めることが有効な成長戦略であると結論づけられました。

研究4・5:ブランド体験はすべての購入者の選好を生み出す

ダニエル・カーネマンは、人間の脳に関する研究で広く知られています。特にシステム1とシステム2思考に関する研究は、この10年以上にわたりマーケティングに大きな影響を与えてきました。

TEDトーク「The Riddle of Experience vs. Memory」の中で、カーネマンは次のように語っています。

「私たちは経験そのものを選んでいるのではなく、経験の記憶を選んでいるのである」

これはブランドにとって何を意味するのでしょうか。

ブランド体験は記憶として蓄積され、その記憶がブランドに対するさまざまな連想を形成します。それがブランドイメージです。単にブランドを知っているだけでなく、そのブランドにどのような印象を持っているかが重要なのです。

Kantarは約500件のプロジェクトにおいて、7,000を超えるブランドを対象に、消費者の記憶に影響を与えたタッチポイントと、その記憶が好ましいものかどうかを調査しました。 その結果、商品・サービス体験は、ブランド規模や消費者年齢に関係なく、ブランド選択に影響を与えるタッチポイントとして第3位に位置づけられました。


さらに、58カテゴリー・21か国・3,900以上のブランドを対象としたKantar BrandZデータベースを分析した結果、ブランド体験はリピート購買に影響し、顧客維持率を最大化したブランドは7%の成長を実現していることが分かりました。

優れた体験は再購入を促進するのです。

「スキンプフレーション(Skimpflation)」という言葉は、サービスや品質の削減を意味しますが、インフレや景気後退への対策として一部ブランドが採用している手法を表しています。

シェップ・ハイケンは、これを「ダイエット中のカスタマーサービスのようなもの」と表現しています。

Forrester(マーケティング・テクノロジー分野の米国リサーチ会社)によると、2022年には19%のブランドが商品やサービスの品質を低下(スキンプフレーション)させました。しかし、その変化を消費者が見逃すことはありませんでした。66%の消費者がスキンプフレーションを経験し、そのうち87%が、サービスの質を落としたブランドでは支出を減らす、あるいは利用を完全にやめるつもりだと回答しています。

体験は重要です。そしてブランド連想も重要です。これらがなければ、価格だけが消費者の選択基準になってしまいます。

ロイヤルティは忘れよう、重要なのはブランド選好

ロイヤルティという言葉は、本来、強い支持や忠誠心を意味します。しかしマーケティングの世界では、その意味は非常に曖昧になっています。

EBI(Ehrenberg-Bass Institute)の「ダブルジョパディ(Double Jeopardy)の法則」は、市場シェアの低いブランドほどロイヤルティも低いことを示し、新規顧客獲得こそが唯一の成長戦略であるという考え方を広めました。そして20年以上続いた獲得対維持の議論にも決着を付けました。

しかし私たちは、この議論そのものが誤った問いだったと考えています。

重要なのは、「ヘビーバイヤーを狙うべきか、ライトバイヤーや未購入者を狙うべきか」ではありません。

本当に問うべきは、「カテゴリー内のすべての購入者にとって、自社ブランドを第一選択にするにはどうすればよいか」ということです。

今回紹介した5つの研究が示しているのは、マーケティングにおけるロイヤルティとは結局のところ、「最も選ばれるブランド(Preferred Brand)」にほかならないということです。

現在の顧客も、将来の顧客も、売上に大きく貢献します。また、人々は無作為に商品やサービスを選んでいるわけではありません。ブランドに対する事前の好意や期待は、そのブランドが選ばれる可能性に大きく影響します。

マーケターが取るべき行動は、可能な限り広いオーディエンスに対してブランド想起と価値の期待を構築し、そのうえでマーケティング施策を最適化し、自社ブランドを「簡単で当然の選択肢」にすることです。 ブランドへの好意を高めれば、リピート購買も増加します。そして市場浸透率も向上します。その成長スピードを左右するのは、アクティベーションへの投資額とその効果です。

※本記事はKantar Globalが公開した記事をもとに日本語訳・編集したものです。
原文(英語)はこちら:Is it still ok to talk about brand loyalty?

【本件に関するお問い合わせ】

ディレクター、ヘッドオブグロースアンドマーケティング 小川朋子
Email:marketingjapan@kantar.com

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