
【戦略篇 その3】MDS指標を用いたポートフォリオ戦略(第6回)
(3−4)「知覚価格」の効用と低価格戦略
前回は競争力が高いブランドは消費者にとって価値が高く感じられやすいということを、MDS独自の概念であるプライシングパワーや知覚価格、あるいは意義性や差別性の「勢い」という概念を使って説明しました。今回は、知覚価格や「お得感」がブランドの価値にどうつながるか、低価格戦略でブランドの意義性を高めようとする時の注意点について、紙おむつ市場を例にして説明します。
マーケターのためのブランド戦略 連載講座
ブランドのポートフォリオは何をゴールにして、どのように管理すればいいのか?
【戦略篇】MDS指標を用いたブランドポートフォリオ戦略の考え方
<目次>
(3−4) 「知覚価格」の効用と低価格戦略
● 知覚価格は実勢価格と大きく異なっている場合もある
● 知覚価格より店頭の実勢価格が大きく下回っていれば、自然の特売効果で購買が促進される
● 実測値は理論値を裏付けるためにチェックすべし
● ただし、「お得感」は実勢価格の実測値だけでは作り出せない
● 低価格戦略を検討する時にチェックすべきポイント
● 紙おむつの場合のフィジカルアベイラビリティ
● 品質が重視される紙おむつでは、マインドシェアが実際の購買に転換されやすい
● メリーズの差別性は高いが意義性が足りない
● 紙おむつ市場に理論(統計的相関)が示唆すること
● 実測値と理論値が食い違うのであれば、『実勢』の統計的な偏りを疑ってみる
知覚価格は実勢価格と大きく異なっている場合もある
これまで説明してきたようにプライシングパワーマップの知覚価格は実勢価格と必ずしも一致するものではありません。実勢価格は平均より安いのに、消費者のパーセプション(知覚価格)では高く思われている、というようなことも起こり得ます。
特に「顔だけは知っているブランド」のように、認知は低いが(=ブランドのことはよく知らないが)差別性は比較的高めに評価されている(=よく知らないが差別性が高そうに思える)場合、パーセプション(知覚価格)は高めになります。
このように実勢と知覚にギャップがありそうなときは、プライシングパワーマップ(の知覚価格)だけを見て値下げを検討するのはやや性急であり、その前に実勢価格を細かく調べて知覚価格との違いがどれくらいありそうかをチェックしておく必要があります。パーセプション上の知覚価格と実勢価格との間に大きなギャップがあれば、実勢価格で値下げを行っても知覚価格には影響しない可能性があるからです。
「実勢」は流通チャネル・形態・季節によっても様々であると思います。どれくらい実勢に幅があるのかをきめ細かく調べ、それが流通形態によってどの程度偏っているかをチェックしておく必要があります。
知覚価格より店頭の実勢価格が大きく下回っていれば、自然の特売効果で購買が促進される
もし、ほとんどの店頭で「実勢」価格が知覚価格と大きく食い違っており、その「実勢」価格が買い物客にとって目にみえるところ(棚)で判りやすく表示されていれば、一般的には下記のような反応が店頭(フィジカル)で起こります。
下図は紙おむつの例ですが、横軸が知覚価格(パーセプション)で縦軸が実勢価格(ネット調べ)となります。尚、実勢価格はネット調べなので、eコマース価格が中心となっており、ドラッグストアやスーパーなどの特売価格は反映されていません。右がパッケージ価格、左がパッケージあたりの内容量枚数で割った1枚単価ベースです。
消費者によって、パッケージ価格だけで判断する大雑把なタイプの人と1枚単価まで計算して比較する細かいタイプの人に分かれるので両方併記しています。また、1枚単価が高い場合、メーカーによってはパッケージに入っている枚数を少なめにすることで手を出しやすくする工夫がなされているので、両方見ておく必要があると思います。

グラフでは回帰線を使って「高め」と「お得」を仕分けていますが、実際の店頭では消費者は感覚値(ヒューリスティック)を用いているので全くこの通りではないと思いますが、ネットやチラシなどをまめに見て広く情報を収集している消費者であれば、大体同じような結果が得られるのではないかと思います。
両者の回帰線に対して遠く離れているブランド程、実勢価格と知覚価格が乖離していることになります。上の例で言えば、メリーズとムーニーの、知覚と実勢の乖離が大きいことになります。この時実勢が知覚より高いムーニーは「この店での価格は思ったより高い」と買い控えを招くことになり、逆にメリーズの場合は「このお店の価格は思ったより安くてお得だ」と思われがちで購買が誘引されやすくなります。
尚、1枚単価とパッケージ単価の違いに関して言えば、1枚単価ではムーニー、パンパース、Genki!が割高となっていますが、パンパース、Genki!は入り数を調整することでムーニーよりパッケージ単価を下げています。トップブランドのパンパースはそれでも知覚価格が最高値なのであまり影響はないようですが、Genki!の場合はパッケージ価格での割高感を消すことに成功しています(1枚単価では回帰線から離れているが、パッケージ単価では回帰線に近づいている)。
実測値は理論値を裏付けるためにチェックすべし
【基礎篇】でマインドシェアがなくても購買を促進するフィジカルアベイラビリティの力(フィジカルアベイラビリティの総合的な力を示すグラフで横軸を構成する、フィジカルの攻撃力)の説明をしました。上記のメリーズの例のように知覚価格よりも実勢価格が低く、その「お得感」効果が店頭で実際に生じているのであれば、フィジカルアベイラビリティ分析でフィジカルの攻撃力(マインドシェアがなくても購買を促進する力)による購買の割合も高くなっているはずです。
このように、「フィジカルアベイラビリティ」や「フィジカルの攻撃力」といった理論的な概念や指数は、実勢価格や知覚価格といった実測値で裏付けられるものでなければなりません。あるブランドに心理的選好(マインドシェア)があるのに、実際の購買段階で他のブランドが選択される大きな理由の一つが「お得感」です(他の大きな理由は、近くのお店で売られていない/在庫切れ)。消費者の実購買に影響を与えた「お得感」は商品の「実勢価格」と「知覚価格」とのギャップで説明できるはずです。
ただし、「お得感」は実勢価格の実測値だけでは作り出せない
同じく【基礎篇】でプライシングパワーと知覚価格の説明もしていますが、知覚価格の“消費者の知覚/パーセプションによる価格認識”は商材の品質や価値についての消費者の評価と連動します。そのため、もし実勢価格だけで「お得感」を説明しようとすると、実勢価格が安い≠お得となってしまいます。なぜなら、品質が粗悪なものは価格が安いという消費者の基本理解があるため、安いものはお得な買い物とはみなされないからです。購買者の知覚上である程度の価値がある(=知覚価格が平均程度以上ある)、あるいは知覚価格が実勢価格同様に低くても、プライシングパワーが高い場合に、安い実勢価格に「お得感」が生まれます。「お得感」は価格が安いだけでは作り出すことが出来ず、プライシングパワーや知覚価格とのギャップが必要となります。
低価格戦略を検討する時にチェックすべきポイント
前回(第5回)では、「顔はわかるが名前が出ないブランド」のように知名度や意義性が低すぎる場合は値下げを検討する余地があることを説明しました。低価格戦略を取る場合でも、ブランドの特長である差別性がユーザーにとっての意義につながるような“リフレーミング”を行い「意義のある差別性」を強化することが最重要ですが、値下げによって、リフレーミングで強化された「意義のある差別性」が消費者へ提供する価値を増幅する効果が期待できるからです。知名度や意義性が低いというハンディキャップを打ち破るためにはこのように効果を“増幅”させることを検討する必要があります。
逆に言えば、もしこのような“増幅”効果が期待できないのであれば敢えて値下げに踏み切る必要性はありません。ブランドと競合の実勢価格をチェックするだけでなく、もしMDSデータを定期的に計測しているのであれば、知覚価格だけでなくブランドの「フィジカルの力」もチェックしておくといいと思います。ブランドの「フィジカルの攻撃力」が高いようであれば、店頭でのブランドの「お得感」が消費者に既に伝わっている可能性があり、そのような場合、これ以上の値下げをしても“増幅”効果はあまり出ない可能性があります。
紙おむつの場合のフィジカルアベイラビリティ
そこで、先ほどの紙おむつの例を使って実際のフィジカルの力をチェックしてみます。知覚価格と較べて安く感じられるパック単価だったのはメリーズとマミーポコでしたが、下図を見るとマミーポコのフィジカル攻撃力(横軸)は高いのですが、メリーズは平均程度の攻撃力しかありません。元々知覚価格自体が最安値のマミーポコの場合は、「お得感」が販売促進(競合のマインドシェアから販売シェアを奪う)力になっているといえますが、パンパースに次いで知覚価格が高いメリーズの場合は実勢価格での「お得感」は販売促進効果につながっていません。

もしかすると、メリーズの知覚価格は消費者の思い込みだけで、店頭の実勢価格では比較的手頃なのに消費者に気づかれていないだけなのかもしれません。実勢価格の認知を含め店頭での視認性(ビジビリティ)は、フィジカルアベイラビリティ(店頭販売力)の典型的な要因なので、メリーズはフィジカルの力の弱さを疑ってみるとよいように思われます。
品質が重視される紙おむつでは、マインドシェアが実際の購買に転換されやすい
ここで特筆すべきは、紙おむつ市場のマインドシェアの購買転換率(縦軸)の高さです。この転換率は全カテゴリー平均が60%なので、この市場の転換率(特売等の店頭での誘惑に負けずマインドシェア通りの買い物をする割合)は極めて高いといえます。大切な赤ちゃんの肌に直接影響を与える紙おむつは、品質には特にこだわる必要があり価格より信頼できるブランドを重視したい、という親心が反映していると思います。
また、知覚価格が最も高いパンパースがトップシェアであり、店頭でのフィジカルの力が最も高い点にも注意を払うべきです。販売シェアの高いパンパースは当然店内の棚数や棚位置も優遇されると思いますが、そうした視認性(ビジビリティ)が店内販売力でも有利に働きます。特に品質の信頼に関しては、最初に思い浮かぶ想起性が高いブランドか、もしくは最も店内で優遇されていて一番売れていることが分かりやすいブランドを選んでおけば間違いない、というヒューリスティックが消費者にあります。
メリーズが戦っていかなければいけないのは店頭での実勢価格の正しい認知獲得だけではなく、王者パンパースが築き上げている「赤ちゃん品質における絶対的な信頼」の壁のようです。価格意識が高い消費者への椅子はすでにマミーポコに奪われているので、店頭でのビジビリティの低さは改善余地があります。そのためには、マインドシェアで王者パンパースの信頼に挑んでいく必要がありそうです。
メリーズの差別性は高いが意義性が足りない
ここで紙おむつ業界のMDSマップをチェックしてみると、メリーズは「気になるブランド」=差別性が高い割に意義性が低いことが判ります。一応右上象限に入りますが、想起性が平均以下であることを考えるとまだまだ「意義のある差別性」を強化していく必要がありそうです。

次に、プライシングパワーと知覚価格との関係図をみてみます。先に紹介した通りメリーズの知覚価格(横軸)はパンパースに次いで高いのですが、縦軸のプライシングパワーも高く、(高い)価格に見合った価値があると思われています。

このカテゴリーで非常に興味深いのは、知覚価格とプライシングパワーの相関が非常に高いことです。一般的に高価格には高品質(高価値)が期待され、低価格は低品質(低価値)と警戒されるので、両者の間には相関が出やすいのですが、これほど強い相関が出るカテゴリーは珍しく、紙おむつの場合「値段の高い方が高品質である」という認識が出来ているようです。
紙おむつ市場に理論(統計的相関)が示唆すること
パンパース、メリーズ、ムーニーは価格とプライシングパワーの回帰直線上に並んでおり、価格の違いが縦軸の価値の序列を作り出しています。左象限で行くと、Goo.NとGenki!は回帰線をやや下回っており、「価格は安めだが、価格ほどの品質や価値がない」と思われているようであり、マミーポコは最安値だが価格以上の価値がある(回帰線を上回っている)バリューブランドと思われているようです。マミーポコの実勢価格(ネット調べ)と店頭販売力(フィジカルの力)の強さはこれまで確認してきましたから、これらの力によってマミーポコの「価格以上の価値」は作られたと考えることが出来ます。
この価格と価値との間の高い相関を「事実」として受け入れるのであれば、先ほどのメリーズには別の示唆がでてきます。それは、「品質と信頼の王者であるパンパースと競っていくのが命題であるなら、パンパースより高い価格設定にして品質期待感が勝るようにすべきではないか」といった考えです。理論的には勿論正しいのですが、値上げのリスクを冒しても理論に現実(実測値)が伴うのか、という問題があります。
マーケティングに唯一の正解はないと思いますが、ここでは「相関」の性質と課題の本質を考えるべきだと思います。相関は2項間の双方向な関係を示し、「AだからB」といった因果関係を示すわけではありません。つまり、価格を上げれば必ず価値が上がるという「因果律」があるわけでなく、逆に価値が上がっているからこそ価格も上がった、という可能性もあるわけです。値上げを考える課題の本質は「パンパースを勝る価値をどのようにつくればいいのか」であることを考えれば、値上げをすれば足りるのではなくて「値上げにふさわしい価値をどのようにつくるか」が大事ということになります。それを考えると、『パンパースにはないXX新機能追加版』をパンパースより高い値段で発売するのは正解の一つだと思います。
しかしながら、そのような製品改良&値上げに着手する前に、もう少し別の手を考える余地もありそうです。着目すべきはメリーズもパンパースもどちらも高い価格に対して同じように「相応な価値」が認められている点であり、もしメリーズが「価格以上の価値」を認めさせることが出来ればパンパースより優位性を持つことが出来るということです。ここで最初に紹介した実勢価格と知覚価格のギャップを思い出していただくと、メリーズは高い知覚価格の割に実勢価格は低いが、店頭販売力(フィジカル)でその「お得感」があまり伝わっていないようでした。店頭でメリーズの実勢価格が目立つようにするだけでなく、「(パンパースに近い)この品質価値でこの値段」が説得されるような視認性を店頭で作り出すことが出来れば、ブランドの意義性を高めることにつながりそうです。もしこれまでのパーセプションが「知覚価格がほとんど変わらないならパンパースを選んだ方が安心」ということであれば、「パンパースとほぼ同じ品質価値なのにこれだけ実勢価格が安い」はこれまで説明してきたリフレーミング効果があると思います。
実測値と理論値が食い違うのであれば、『実勢』の統計的な偏りを疑ってみる
最後に実勢価格についてもう一つだけ注意点を述べておきます。上記の紙おむつの例では、説明の便宜上「実勢」価格はネットで簡単に調べたものを使っていますが、実際の実務ではセルアウトのパネルデータを購入して精緻な「実勢」データを取っていることが多いと思います。
そのような「正確な」データで実勢価格が低いと出ているのに、上記メリーズの例のように知覚価格が高かったり、フィジカルの攻撃力が低いという実測値がでる場合もあると思います。そのような時、『実勢価格が低い』という認識自体ももう一度見直してみても良いかもしれません。『実勢価格』はリアルな販売データを基にしているので『低い』ことは事実だと思いますが、どの基準によって『低い』と判断したのかという、統計水準値や標本抽出構成をチェックする必要があります。
統計全体では平均より低いブランドの価格でも、全体統計と大きな偏りがある価格分布の店舗では、ブランドの価格が低いとは言えない可能性があります。また、ブランドの価格が相対的に低い店舗でも、そこで破格の特売を行っている競合がいれば、やはり価格効果は出にくくなります。
このように『実勢』は正確なデータに基づくのだから必ず正しいと思い込まず、データ統計の仕方の「癖」によって読み間違えることもありうると疑うことも必要だと思います。正確であるはずのデータ統計を使っても「実勢値」には時としてこのような落とし穴があることを考えると、ヒューリスティックを用いた「感覚値」でも案外的を射ていることが多いように思います。実勢価格と知覚価格で話が少し横道にそれてしまいましたが、それでも紙おむつのような実例を紹介した方が、話が具体的で分かりやすいのではないかと思います。
そこで、MDSマップの左上象限ブランドにある差別性の高いブランドの意義性をどのように高めていけばいいのか、BrandZの自主調査データを用いた具体的なケーススタディで、次回以降より深く考えていきたいと思います。
執筆: 合同会社カンター・ジャパン ブランドコンサルタント 堀義弘
本記事はシリーズ構成の続編です。 これまでをまだご覧になっていない方は、背景や用語をスムーズに理解するため、ぜひはじめからお読みください。
マーケターのためのブランド戦略 連載講座
ブランドのポートフォリオは何をゴールにして、どのように管理すればいいのか?
<目次>
【基礎篇】ポートフォリオの共通基盤となるMDS指標
ポートフォリオの共通基盤となるMDS指標①
ポートフォリオの共通基盤となるMDS指標②
【戦略篇】MDS指標を用いたブランドポートフォリオの戦略の考え方
[その1]MDS指標でみたブランドの現状
(1−1)マップ上のポジショニングから考える
(1−2)グラフの波形から考える
(1−3)ブランドの期待値から「勢い」を読む
[その2]MDS指標を用いたブランド強化の考え方
(2−1)意義性・差別性の「勢い」を含めて理解する
(2−2)ブランドライフサイクルでの「文脈」を理解する
[その3]MDS指標を用いたブランドポートフォリオ戦略
(3−0)ブランドのライフサイクルに即した10の戦略
(3−1)市場優位性を持つブランドに適した戦略
(3−2)市場競争力を持つブランドに適した戦略
(3−3)市場競争力が高いブランドは消費者にとって価値が高く感じられる
(3−4)「知覚価格」の効用と低価格戦略