このシリーズではBrandZのデータベースを使って、国内の個別のカテゴリーを取り上げてブランドと消費者との関係がどのようになっているかの事例を紹介しています。今回はキャッシュレス決済サービスについて取り上げています。前回の第1回では、キャッシュレス決済サービスがコロナ禍で拡大した背景と各キャッシュレス決済ブランド、特にPayPayとVISAに焦点を当て、BrandZの意義性・差別性・想起性というブランドのメンタルアベイラビリティを示す基本指標の観点から詳しく解説してきました。
第2回の今回は、ブランドが持つフィジカルなパワー(フィジカルアベイラビリティ)という点から解説していきます。
VISAとPayPayのフィジカルアベイラビリティ
これまで意義性・差別性・想起性といった要素から、ブランドが消費者の頭の中を占拠し購買に影響を与えるマインドシェアをどのように形成するかを見てきました。購買前にブランドに対する有利な態度を形成する、ブランドのメンタルな力ということが出来ます。
このブランドが消費者のメンタルに与える影響力が実際の購買にもつながり、BrandZのデータベースでは両者には高い相関がみられるのですが(別記事「ブランドの強み・弱みをどのようにブランド戦略に取り込めばいいのか?」のデマンドパワーの章を参照)、それでも必ずしもこのマインドシェアが全て実際のマーケットシェアに転換されるわけではありません。そこにはブランドと消費者を取り巻く市場要因(近年のマーケティングの権威バイロン・シャープ教授がいうフィジカルアベイラビリティ)が阻害要因として働きます。
キャッシュレス決済のケースで言えば、消費者のマインドシェアが例えばWAON(ワオン)にあっても、その決済端末が店になければ利用することができません。一般消費財で言えば配荷率と同様に端末設置率が低ければブランドは実際のマーケットシェアを獲得することが出来ません。ブランドがこのようなフィジカルなパワーをどれだけ持っているかがマーケットシェアに影響します。
マインドシェアが購買に転換されるのを防御するフィジカルの力
ブランドが持つマインドシェアを購買につなげるためには、フィジカル面での防御が必要となります。キャッシュレス決済では端末設置店舗数の多さがこれに該当しますが、「お得感」も影響します。VISAやマスターカードの設置店舗カバー率は極めて高いと思いますが、仮に定番のVISAへのマインドシェアが高かったとしても、そのお店ではPayPayも使えることがわかりそのポイント還元が魅力的に感じればPayPayが使われてしまうこともあると思います。そのモーメントでは、PayPayの「お得感」というフィジカル力によりVISAのマインドシェアが「盗まれ」てしまうわけです。
ここで、「お得感」というのは先ほどのメンタル(差別性)の説明でもでてきていたが、「お得感」とか「価格の安さ」というのはメンタルの要素なのか、フィジカルの要素なのか、どちらなのか?と疑問に思う方もいると思います。その答えは、どちらにも影響する、です。差別性に関連して説明したように、ポイント還元ということが新しいカテゴリー便益として「世の中を変えている」、「ユニークな存在である」、「人々のためになる」ということにつなげて受け取られれば、あるいは「日常に使うのに適している」「ベストの選択」という評価にまでつながれば、メンタルの評価に影響します。単に「安いから/お得だから」で気を引いただけであればフィジカルな要素にとどまります。端的に言えば、「お得」であることの納得感でマインドシェアまで変わってしまえばメンタルな要因であり、マインドシェアは変わらないが「お得」であることで「浮気」をしてしまっただけであればフィジカルな要因だということが出来ます。
BrandZデータでは、こうしたブランドが持つフィジカルの力を推定し指数化しています(詳しくは別記事「第2回マーケッターのためのブランド戦略 売上成長にとって重要なのは、マーケティング戦略か営業戦略か?」を参照)。それを紹介する前に、HPで公開されている各キャッシュレス決済サービスブランドの端末設置店舗数に触れておきます。
クレジットカードが圧倒している加盟店数に対し、手数料無料で加盟店数を急速に伸ばしたPayPay
電子マネー系では各社HPで利用可能な端末設置店舗数が公表されていますが、クレジットカード系では正確な数は公表されていません。そこでWeb記事等で推定数として取り上げられているものを記載しています。尚、マスターカードはVISAとほぼ同じという記載があるだけで詳細が不明であり、プレステージ系のカードも特に公表されていないので下記には記載していません。
ここでわかることは、電子マネー系と比べてクレジットカードの設置店舗数は圧倒的な規模を誇るということと、そうした電子マネー系の中でPayPayの店舗数が頭抜けているということです。その理由は、本来キャッシュレス決済サービスの収益源は加盟店手数料にあるのですが、PayPayは2021年9月までその手数料を無料にしていたことが理由として考えられます。消費者のメンタル向けに100億円キャンペーンのような大胆な施策を取っただけでなく、加盟店数拡大に向けてこちらも大胆な施策を取っていたことになります。
マインドシェアの購買転換率が高いのはVISAとPayPay
先述したようにマインドシェアで最も高いのはVISAの18%で、次いでPayPayの12%、僅差でJCBが続きます。その購買への転換率を見ると、VISAが91%と圧倒的な高さを示し次いでPayPayも86%と高い水準を示しています。それに対し、JCBは76%、マスターカードは61%であり水が開いています。BrandZの全カテゴリーでの平均転換率は60% なので、JCB・マスターカードが低いというよりはVISAとPayPayのマインドシェアを防御するフィジカル力が圧倒的に強いということになります。端末設置店舗数でJCBに3倍以上の差をつけられているPayPayがフィジカルの防御力でJCBを上回るのは、先ほど触れた「お得感」の力の差だと思います。
また端末設置店舗数ではVISAとほぼ同数といわれているマスターカードのマインドシェアへのフィジカルの防御力がここまで差がついてしまうのは、マインドシェアが弱いとフィジカルの力も弱くなるという傾向が一般的に見られるためです。このことを確認するのに、次にフィジカル面での「攻撃力」を見てみたいと思います。
競合のマインドシェアを「盗み」だすフィジカルの攻撃力
フィジカルの防御力で説明したように、マインドシェアの購買転換率は100%とではなく逸失が生じるということは、自マインドシェアが競合のフィジカル力によって「盗まれ」ているわけですが、同様に自ブランドもフィジカルの力を使って競合のマインドシェアを「盗む」ことが出来ます。これがフィジカル面での「攻撃力」となり、防御力と共にブランドのフィジカルの力を示します。この「攻撃力」でも、マインドシェアがトップレベルのブランドが高いフィジカル力を持つことが、BrandZのデータベースからわかっています。
このフィジカルの「攻撃力」は、マーケットシェアの中でマインドシェアが転換された購買と、マインドシェアから転換されていない購買の比率を見ることで判ります。マーケットシェアからマインドシェア起因の購買(メンタル占拠率)を差し引いたものがフィジカルの攻撃力(競合ブランドのマインドシェアを盗んで獲得した購買シェア)となります。
購買シェアにおけるこのフィジカルの起因の比率が高い場合、解釈は2通りあります。ひとつはマインドシェアが弱いためにフィジカルの割合が高くなる場合です。このような場合は、マインドシェアからの購買転換(メンタル起因)が低くなるため、結果的に購買におけるフィジカル起因(非メンタル)の割合が高くなります。つまり、フィジカルの攻撃力(フィジカル起因比率)の高さは見た目だけで、実際はフィジカルの力は弱いパターンです。このパターンかどうかを見分けるのは簡単で、メンタル/フィジカルの比率ではなくそれぞれの実数をみればすぐにわかります。マーケットシェアが低いブランドはいずれの実数も当然低くなりますので、非フィジカル起因の購買比率が高くてもフィジカル力が強いとは言えません。
もうひとつのパターンはマインドシェアが強く購買シェアにもつながっているが、それ以外にもフィジカルだけの力で購買を獲得している場合です。このパターンの場合は、マインドシェアがトップクラスのブランドが多く、マインドシェアからの購買転換率(フィジカルの防御力)も高いのが特徴です。メンタル(マインドシェア)起因による購買シェアも高いので、購買におけるフィジカル起因の比率はそれほど大きくなりませんが、フィジカル起因で獲得した購買シェア実数を見ると他ブランドと較べて高くなります。フィジカル起因で獲得したシェアの実数が高い時、フィジカルの攻撃力が強いということができます。
VISAのフィジカルの攻撃力は高く、フィジカルだけでも10%の利用回数シェアを獲得
下図は、利用回数によるマーケットシェアにおける、メンタル(マインドシェア)起因の利用と、フィジカル起因の利用の内訳を示したものです。マインドシェアの購買転換力(フィジカル防御力)が高かったVISAはメンタル(マインドシェア)起因で約17%の利用回数シェアを取っています。ところが、VISAは競合のマインドシェアを盗み取る力(フィジカルの攻撃力)も高く、フィジカルだけでも約10%の利用回数シェアが取れており、利用回数シェアの合計は26%に達します。このようにマインドシェアでトップクラスのブランドは、フィジカルの攻撃力でも高い力を示すことがBrandZのデータベースから確認されていますが、このカテゴリーでもマインドシェアでトップのVISAはフィジカルで高い攻撃力を備えています。
VISAに次いでフィジカルの攻撃力が強いPayPay
VISAに次いでマインドシェアが高かったPayPayにも同様なことがいえます。PayPayは自ブランドのマインドシェアからの購買転換でも10%のシェアを得ていますが、その他にも6%の利用回数シェアを他ブランドのマインドシェアから盗み取っています。マインドシェアでPayPayと僅差にあるJCB(11.6% vs. 11.3%)ですが、利用回数シェアではPayPayに3.4ptの差をつけられています(15.5% vs. 12.1%)が、この差はフィジカルの力の差に起因します。フィジカルの防御力(マインドシェアから購買に転換した利用回数シェア)で1.5pt, フィジカルの攻撃力(競合のマインドシェアを盗み取る力)で1.9ptのシェア差が生まれています。JCBとPayPayでは加盟店舗数では3倍以上の差があるわけですから、こうしたフィジカル力の違いはPayPayの「お得感」に起因します。
フィジカル上の防御力と攻撃力の関係性
ここまでキャッレス決済サービスブランドのフィジカル上の防御力と攻撃力を見てきましたが、ここで両者の関係性を見てみましょう。下図は縦軸が防御力(マインドシェアの購買転換率)、横軸が攻撃力(マインドシェアなしに獲得できた購買%=競合マインドシェアを収奪したもの)、●の大きさがマーケットシェア(直近利用ベース)です。
グラフを見れば明らかなように、フィジカルの防御力(縦軸)と攻撃力(横軸)の両方を備えたブランド程マーケットシェアは大きくなります。そして、フィジカルの防御力(マインドシェアの購買転換率)が不十分な段階では攻撃力は発揮されずカテゴリー平均未満となります。キャッシュレス決済カテゴリーの場合、マインドシェアの購買転換率が7割程度ないと、フィジカル上の攻撃力は期待できないことになります。マーケットシェアが低いブランドは、まずマインドシェアを高めることを考え、次にそのマインドシェアが購買に転換されやすいようにフィジカル上の防御力を高めていく必要がある、ということを意味します。
PayPayの場合、これまで見てきたようにその「お得感」がブランドの強みであり特長なのですが、「お得感」がフィジカルの攻撃力だけではなく、差別性と結びついてブランドのメンタル面(マインドシェア)も強化し、更にそれが購買に転換されるのを防御する働きも持っていることになります。PayPayは単に大量のポイントをばら撒いた「安売り」をしているのではなく、これまでカテゴリーがやってこなかったことを大胆に行うことで人々の「心」を掴んでいることが成功の要因だといえます。
防御力と攻撃力を合わせた総合的なフィジカルの力(ネットスコア)
ブランドが持つフィジカルの総合的な力は、マインドシェアを防御する力と競合マインドシェアを収奪する攻撃力を合算することで得られます。フィジカルの防御力とは競合が自ブランドのマインドシェアを盗み取ることを防ぐことですから、競合によって自ブランドのマインドシェアが盗まれた%シェアが防御力の弱さを示します。フィジカルの攻撃力によって競合から盗み取った%シェアから、競合により盗まれた%シェアを差し引けば(ネットスコア)、ブランドの総合的なフィジカルの力を意味することになります。
下図がキャッシュレス決済サービスブランドの総合的なフィジカル力です。最もフィジカル力が強いのがVISAで、次いでPayPayとなっています。ネットスコアがプラス(攻撃と防御の収支が黒字)となっているのはJCBとマスターカードを加えた4ブランドだけであとはマイナス(防御面での損失が攻撃面での獲得を上回る)となっています。
JCBとマスターカードはネットスコアにおいてはプラスですが、収支はほぼイーブン(同等)となっているため、ネットスコアがマイナスのブランドの損失分はほぼ、VISAとPayPayに奪われたことになります。このようにマインドシェア(メンタル)が強いブランドが、結果的にフィジカルでも強くなる傾向があります。但し、ほぼ同じマインドシェアを獲得していても、「お得感」という差別性が強いPayPayと較べると意義性だけが強いJCBではフィジカルの防御力でも攻撃力でも差がついています。
マインドシェア(メンタル)による影響を除外して算出された「アクティベーションパワー」は、ブランドが持つ純粋なフィジカル力を示す
これまで見てみたように、ブランドのフィジカルの力はメンタルの力の影響を受けます。下図はその相関(単回帰)を示したものです。VISAやPayPayのようにマインドシェアよりもフィジカルネットスコアが高くなるブランドもあれば、ワオンやスイカのようにマインドシェアの割にフィジカルネットスコアが低いブランドもありますが、全体としてマインドシェアが高くなればフィジカルネットスコアも高くなる傾向が見られます。
これは市場又は消費者心理の事実を反映しているわけですからそのまま受け取ればいいのですが、とはいえブランドのパフォーマンスを分析する立場の方からすると、フィジカルを拡大する部門(クレジットカードでいえばアクワイアラ *加盟店)とメンタルを拡大する部門(クレジットカードでいえばイシュア*発行者)と、それぞれの部門の純粋な貢献度(パフォーマンス)を把握したいとお考えになると思います。
そこで、上記のようなマインドシェアから回帰された期待値(回帰直線)との差分を見れば、それがマインドシェアの影響を受けていない純粋なフィジカルの力を示すことになります。このようにして純粋なフィジカルの力を測るために算出された指数をカンターでは「アクティベーションパワー」と呼んでいます。アクティベーションパワーとマインドシェアの相関は下図のように低くなり、それぞれはほぼ独立した指数と考えることが出来ます。
縦横軸のそれぞれは独立していると考えると、右上象限はメンタルとフィジカルもどちらも頑張っているブランド、右下はメンタルの方が頑張っているブランド、左上はフィジカルの方が頑張っているブランドということになります。ダイナースやアメックスのようなプレステージ系カードがここに位置するのは「あれ?」と思う方もいるかもしれませんが、会費の高いプレステージ系は会員数が少なくなり全対象者をベースにするマインドシェアは当然低くなります。その限られた会員数に対して(会員が不便を感じないように)より多くの加盟店数を獲得しているということを意味します。
上の図に、それぞれのブランドのマーケットシェア(利用回数)を加えたものが下記の図です。
マーケットシェアとの関係で言うと、フィジカルとメンタルを兼ね備えたブランドが最も大きなシェアを獲得しており、次いでメンタル(デマンドパワー)となり、純粋なフィジカル(アクティがベーションパワー)平均程度あってもメンタル(デマンドパワー)が平均程度ないとマーケットシェアは高くならないようです。
ブランドのメンタルの力がフィジカルにも影響を与える理由①:マインドシェアはブランドの信頼度を高める
アクティベーションパワーからもう一度フィジカルネットスコアに話を戻して、なぜマインドシェアがフィジカルの力にも影響を与えているのか、その理由を考えてみます。
その理由の一つは、マインドシェアが高いブランドは「信頼」が高くなることが考えられます。
仮に、消費者XのメンタルアベイラビリティはブランドYにあるが、たまたま店頭にはブランドYがおいてなく、仕方なくブランドZを買うしかない状況を考えてみます。もし、ブランドZが聞いたこともないようなブランドであれば少し不安も生じますが、日頃の友人との会話や広告などでブランドZをよく見聞きしたりしていれば、ブランドZのマインドシェアやマーケットシェアは高いのだろうと容易に想定できます。
あるいは店頭で大々的にプロモーションが行われていれば、そのお店では「イチ押し」と推測できます。そのような場合、ブランドZを買っても「失敗はしないだろう」と安心することが出来ます。マインドシェアが高いブランドにはこうした信頼促進(エンドーサー)効果があります。
下図はキャッシュレス決済サービスブランドのマインドシェアと信頼度との関係(下左図)と、信頼度と利用検討意向との関係(下右図)を見たものですが、どちらにも相関がみられます。真ん中の黄色い線が単回帰直線で、信頼に関してはクレジットカード系のブランドはこの回帰線の上にあり、マインドシェアに対して信頼が高くなる傾向があります。一方で、利用意向に関しては、PayPayが信頼よりも利用意向が高くなっており、クレジットカードではプレステージ系の利用意向が低くなっています。プレステージカードは信頼できても高い会員費が利用(保有)のネックになっているからだと思います。
ブランドのメンタルの力がフィジカルにも影響を与える理由②:端末設置店舗数がブランドのフィジカルだけでなくメンタルも強める
端末の設置店舗数とフィジカルのネットスコア(メンタルの影響を受けたフィジカル力)の相関と、アクティベーションパワー(メンタルの影響力を除外したフィジカル力)を比較するとフィジカルのネットスコアとの相関がより高くなります。(下図参照:ただし端末設置数が不明なブランドは除く)
つまり、端末の設置店舗数の多さはブランドのメンタル面にも影響を及ぼしていることになります。
この相関は直線回帰でみているので、回帰係数が低いということは直線の傾きが低い=店舗数がドライブする効果が弱いことを意味します。店舗数の多さはメンタルの効果と合わさった時の方がフィジカルの防御力や攻撃力に影響しやすくなるということです。
店舗数の多さはブランドの想起性を高めやすくする
店舗数の多さが影響を与えるメンタル要因は、下図のように想起性と考えられます。PayPayのように「お得」イメージが強ければ、店舗数以上に想起されやすく、WAON(ワオン)やSuica(スイカ)のように特定の流通や交通機関との結びつきが強ければ店舗数は少なくても想起されやすいという傾向はありますが、店舗数の多さ=目に入りやすさ(ビジビリティ)が高ければ、想起性は上がりやすいということになります。
この観点で言うと、設置店舗数がPayPayよりも3倍多いJCBの想起性がPayPayに劣りWAON(ワオン)に並ぶということは、JCBの設置場所でのビジビリティに問題がありそうです。既に見てきたようにJCBは想起性に対して意義性が高いので、メインで利用している人には意義のある想起性ができているのですが、それ以外の人には想起性も意義性も低いことになります。それでも、設置店舗数が3,000万を越すと言われているのに、公表136万店のWAON(ワオン)と想起性で並ぶというのは、店頭での識別性に何か問題があるのかもしれません。
電子マネーの増加による店頭での識別性の低下
店頭でよく見かける取り扱いクレジットカードのステッカーに特に問題があるようにも思えませんが(ロゴやデザインがブランドらしく見える識別性を判定する調査手法があるので、そうした調査結果を見なければ何とも言えませんが)、可能性があるとすれば電子マネー系の増加による店頭の「混雑ぶり」に原因があるのかもしれません。
既にマインドシェアを獲得し高い想起性を得ているブランドであれば、このような店頭クラッター(妨害電波)をうまく潜り抜け識別されると思いますが、電子マネーのように新規参入してきたブランドにとってはこのような状況は想起性を伸ばしていくのに大きな壁になるのではないかと思います。こうしたことを考えると、これまで説明してきたPayPayの大胆なアプローチと大規模な投資には合理性と必然性があったように思います。
ブランドを成長させるためにフィジカルとメンタルのバランスをどう考えればいいのか?
これまで説明してきたように、結論を言えばマインドシェア(メンタル)を高めていくことがブランドを成長させていくためには欠かせません。メンタルを強めなければフィジカルの力も活かせないからです。
しかしながら、ブランドの成長には段階がありその段階に応じて優先すべきものも異なってきます。既にある程度の意義性を獲得しているブランドであれば、意義のある差別性を創り出すことが重要になってきます。もし、意義性がまだ不十分であれば先に差別性を高めることを考えたほうがいいといえます。なぜなら、意義性は体験によって強化されますがその体験(試用)を生み出すためには差別性が効果的だからです。
キャッシュレス決済ではPayPayが「お得感」により差別性を高めることに成功しましたが、差別性は必ずしも「お得感」だけで強化されるわけではなく、消費者に「お得」に還元するという発想がこれまでこの市場にはなかったという「市場文脈」を読んで、それをブランドの中心価値において徹底したことに成功要因があったといえます。従って、ブランドの中心価値がどこにあるかを見定めて、競合が追随できないように徹底して中心価値にこだわることが差別性の強化には肝要だと思います。
下図の縦軸は先ほど説明したアクティベーションパワーとメンタル(デマンドパワー)との比率を示しています。横軸はデマンドパワーの強さです。相関は当然高くなるので見なくてもよく、むしろグラフの波形を見ていただきたいと思います。縦軸の比率が1.0を下回る=デマンドパワーがアクティベーションパワーを上回るようになるまで、デマンドパワーは右方向には伸びていかないことがわかると思います。もしブランドが下図の青色の象限にいれば、メンタル(マインドシェア)の強化だけを考えればいいと思います。
それに対して、もしブランドがピンクの象限にいる場合は、メンタルの強化は当然必要ですがそれに加えてフィジカルの要因も考えあわせる必要があります。この象限はデマンドパワーに対してアクティベーションパワーの比率が高いのですが、フィジカルの防御力(マインドシェアの購買転換率)が弱い点に問題があります。(マインドシェアの購買転換率は前掲グラフを参照してください。)アクティベーションパワー自体の力はデマンドパワーを上回る力を持ちながら、その力をマインドシェアの防御(購買転換)に活かせていかい状態にあります。マインドシェアを強化すると同時にこのフィジカルの防御力の問題を解決しないと、穴の開いたバケツで水を汲みことになってしまいます。
このピンクの象限にはプレステージ系のクレジットカードと電子マネー系のブランドが属しています。想起性・意義性・差別性の波形を見ると(下図参照)、パスモ以外は想起性・意義性に対して差別性が高く、今後差別性を平均以上に更に引き上げていくことがマインドシェアの伸びしろにつながります。
差別性が既に平均を越しているアップルペイの場合は、その差別性がユーザーにどのような意義をもたらすか(意義のある差別性)をきちんと伝えていくことで想起性も高まっていくことになります。
いずれにせよ、この象限にある電子マネーは端末設置店舗数(フィジカルアベイラビリティ)がまだ少ないと思われるので(LineペイでPayPayの1/3程度)、設置店舗数を増やしてマインドシェアの購買転換率を改善していく必要があります。
プレステージ系クレジットカードの「選択と集中」の在り方
一方でプレステージ系カードの場合は、同様に差別性が比較的高い波形ですが、高い年間会費が意義性(ユーザー)を伸ばす制約となっています。プレステージ系の実際のマーケティングではターゲット消費者を高所得者層に絞っていると思いますが、ここでは全キャッシュレス決済ユーザーをベースとしているのでこのような波形となります。高所得者層だけに絞った時に「意義のある想起性」が高く出れば問題はないと思います。
ただし、ここまで見てきたように手軽でお得な電子マネーの浸透が急速に進んでいることを考えると、今後はプレステージカードホルダーでもお得な電子マネーとの使い分けが進んでいくのではないかと思われます。プレステージカードを利用する消費者にとっての魅力の一つは、選ばれた人のカードを呈示する時に「承認欲求」が充たされることだと思いますが、コンビニやファーストフードのレジ待ち行列では誰もがレジを早く済ますことだけを考えており、そのような承認欲求を充足させる機会はあまりないからです。
逆に、プレステージユーザーであってもそのようなオケージョンでは「手軽にお得に」決済を済ませたいはずなので、プレステージカードと電子マネーの棲み分けによる共存を考えるべきかもしれません。プレステージブランドの中心価値が活かせるモーメントでの「意義のある差別性」の強化に集中すべきだと思います。
その鍵は、「プレステージカードは手軽に決済するためのものではなく、むしろカードを呈示するプロセスを洗練されたマナーとして楽しむもの」であり、その体験価値が最大化するようなことを考えることが、マインドシェアの強化につながると思います。
立派なホテルや一流レストランを利用する時、たいていの人は少し気後れしたり、ちょっと緊張したりすると思います。そのような時でも堂々とふるまえる「箔」をつけてくれるプレステージカードがあり、最高のひと時を楽しめる。このような需要は廃れることはないと思いますし、電子マネーの「手軽さやお得さ」とは対極の価値を提供してくれます。
電子マネーやプレステージ系クレジットカードが、店頭利用でそれぞれの特長を活かした差別化を強化しマインドシェアを上げてくると、シェアが最も侵食されやすいのは、意義性は高いが差別性が低いメジャー系クレジットカードとなります。メジャー系クレジットカードが店頭でこれを防御していくのは難しそうですが、店頭以外に目を向ければ、伸長著しいeコマースでの使いやすさや便利さという点にフィジカルでもメンタルでもアドバンテージがありそうで、ここで「意義のある差別性」を強化していくことになるのではないかと思われます。クレジットカードは高額商品などのeコマースで利用しやすいことに加え、商品到着の遅延や詐欺に対する保障の面でも差別性を高める余地があるのではないかと思います。
まとめ:
eコマース市場の台頭に加え、店頭販売でも「手軽でお得」な電子マネーという新しい潮流が浸透してきていることを見てきました。ブランドがこうした新しいエコシステムに適応していくためには、その背景にある消費者ニーズのタイプを見極め、ブランドが持つ中心価値に最適なニーズを選択しそこに「意義のある差別性」を集中させていくことだと思います。PayPayの成功はその好例です。
しかしながら、その他のブランドにとっても時代潮流の背景にある消費者ニーズの核心と、自ブランドの中心価値を見誤らなければ、新しい時代潮流を追い風にして成功していくことが可能だと思われます。その際に重要なKPIとなるのが消費者のマインドシェアです。店舗数などの流通(フィジカル)面での強化もマインドシェア(メンタル)との関係性で考える必要があることを、キャッシュレス決済のケースが示しています。
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