マーケターのためのブランド戦略

【第二部 戦略篇】競合環境に勝つブランドポートフォリオ戦略と市場分析による成長戦略の立て方⑧
-ブランドのポートフォリオは何をゴールにして、どのように管理すればいいのか?-


【戦略篇 その3】MDS指標を用いたポートフォリオ戦略(第1回

(3−0)ブランドのライフサイクルに即した10の戦略

ブランドポートフォリオをブランド戦略に導入して全体最適化を図るために、ポートフォリオ内ブランドの市場優位性を、MDS指標を用いて可視化し、指標が示すパターンの違いに応じた、異なる「基本戦略」を選択的に適応してブランドを効果的に成長させる方法を説明します。 


マーケターのためのブランド戦略 連載講座
ブランドのポートフォリオは何をゴールにして、どのように管理すればいいのか?
【戦略篇】MDS指標を用いたブランドポートフォリオ戦略の考え方

目次>
(3−0) ブランドのライフサイクルに即した10の戦略

MDSブランドマップにおけるブランドのライフサイクルと成長可能性
ポートフォリオでは投資の優先順位を決める
成長可能性の高いステージには積極的に投資する
シェアが高くても成長性が低い場合は投資効率をシビアに見る
差別性が高ければまず積極的投資を検討し、差別性が低ければスキミングをまず検討する
ポートフォリオ全体を可視化して全体最適化を考え、次に各ブランドに応じた戦略を部分最適化する
部分最適化戦略は各象限の特性に即して考える
MDSマッピングの象限で、最適化戦略を絞り込むことが出来る
早い者勝ちのマーケティングの世界では、適切な戦略を迅速に適用できる能力が重要
ユーザー間口を拡げるためには、逆に戦略ターゲットを絞り込む
「差別性による価値の強化」は成長ステージによって戦略内容が全く異なる
ブランドの価値を高める「差別性」は”オリジナル”なものでなければならないのか?
日本ブランド復活の鍵は模倣回帰にある?


MDSブランドマップにおけるブランドのライフサイクルと成長可能性

戦略篇の前半では、MDSブランドマップの各象限ごとにどのような特徴があるかを見てきました。ブランドの成長過程をライフサイクルとして捉えた時、MDSブランドマップの4象限を時計回りで回るようにしてブランドは成長(ライフサイクルの後半では衰退)していきます。




ライフサイクルのスタートと終着地点は左下象限となります。新しいブランドはまだ意義性も差別性も市場で築かれてないので左下象限からのスタートとなります。新しくスタートするブランドにとって意義性と差別性のどちらを先に強化すべきかというと、差別性を優先すべきです。意義性はユーザーのニーズを満たし愛着を感じてもらえる関係性を意味するのでもちろん重要なのですが、こうした関係性はすぐに築けるわけではありません。最初に先ず競争力(差別性)を持たなければ、選んでもらえません。意義性強化には体験が重要ですが、選んでもらわなければ体験することはできないからです。

試食してみなければ、試飲してみなければ、試着してみなければ、使ってみなければ、意義性を実感することはできませんが、差別性は見た目や概念だけでも違いは充分に伝えることができます。(例:色や大きさが違う、パフォーマンスが違う、パッケージや値段が違う等々)

そのため、理論上では差別性の方が意義性よりも確立しやすくなります。(勿論、商品開発上で差別性が充分考えられている必要があるのは言うまでもありません。)このように差別性で競争力を高め「選ばれやすく」なった後に、試用体験/ユーザー数が増えることで意義性が強化されることになります。ブランドのライフサイクルも左下から時計回りに、左上→右上と成長していくことになります。

ブランドはライフサイクルの右上象限にいる時が最も強く、競争優位性を持ちます。ブランドが右上象限にいるときは差別性も意義性も高い状態にありますが、体験で納得する必要があるため獲得するのに時間がかかった意義性は一旦獲得されると長く持続する性質を持ちます。一方、差別性は競合の新製品や新技術の登場といった外的要因により「劣化」しやすく、また、外的要因で劣化しなくても長く時間が経てば「馴化」してしまう性質を持ちます。

意義性がロイヤルティや定番化の形で長く持続されやすいのに対して、差別性は対照的に「足回りが速い」のですが、このように差別性が劣化/馴化するとブランドのライフサイクルも右下象限に移行することになります。さらに意義性も摩耗してしまうとブランドのライフサイクルは最初の左下象限に戻ることになりますが、意義性は長期に持続しやすい性質を考えると、左下象限にまで1周してしまうのは、かなりの末期のブランドということになります。

市場が成熟化した今日では先進テクノロジーが同質化してしまい差別化が難しいと言われますが、新しいブランドを上市してもライフサイクルの第1関門(左下象限から左上象限への移行)で差別性をアピールすること自体が難しくなってきています。

また、意義性であっても差別性であっても、物事をゼロの状態からスタートするときは物理学で言う「慣性の法則」が作用するので成果がすぐに出にくくなります。差別化マーケティングの初動期では投資効率も低く必然的に先行投資過多になります。ブランドのライフサイクルで初動である左下象限から抜け出すためには、このような先行投資に対する我慢が必要となります。実際には、こうした初動負荷を少しでも軽減しようとして新商品を既存ブランドのライン拡張として発売することが多いようです。(既存ラインの差別性や意義性への評判や期待値が活かせるため、左下象限からスタートしなくて済む)

ブランド(事業)を始める時は最も投資効率が悪く負荷の高い(=意義性も差別性も低い)左下象限からスタートしなければいけない、という事実を考え合わせると、サントリーの有名な企業文化になっている鳥井信治郎氏の「やってみなはれ」という言葉の凄みがよくわかります。 



ポートフォリオでは投資の優先順位を決める

子供を育てるためには費用が掛かるのと同じように、ブランドを成長させるのにも投資が必要です。そしてビジネスであれば、投資でも必ず結果が求められますし、その結果の出し方に効率(採算性)が求められます。このビジネスルールの必然として、事業投資を行う優先順位が必ず決定されることになります。これが事業上のポートフォリオを考える上でも基軸となります。 




成長可能性の高いステージには積極的に投資する

MDSブランドマップでは、投資の優先順位が最も高いのが右上象限となります。何故なら右上象限にあるブランドは市場で優位性が確保できているので投資に対する見返りが確実であり、しかも投資額に対するリターンも大きいからです。

その次に優先順位が高いのは左上象限となります。この象限は、差別性は高いのに意義性が低いブランドとなります。対照的なのが右下象限で、意義性は高いのに差別性が低いブランドです。左上の差別性が高い方が右下の意義性が高い方と較べて投資優先度が高くなります。

ここで誤解がないように補足すると、これはあくまでも投資のリターンという観点から見た優先順位です。戦略篇の前半で説明してきたように右下象限の方がブランドのデマンドパワー(マインドシェア)が高く、すなわち市場での販売シェアも大きいと考えられます。この販売シェアは既に築かれている高い意義性で支えられているため、新たに積極的な投資を行っても大きなリターン(インクリメンタル)が見込めません。積極的な投資はより成長可能性の高い差別性が高い(左上象限の)ブランドを優先して行うべきです。 

 


シェアが高くても成長性が低い場合は投資効率をシビアに見る

この象限ブランドへの投資目的は第一義的には成長拡大ではなく、現在ブランドが保有する貴重な定番(ロイヤルティ)顧客の維持となります。ここで重要なのは、右下象限のブランドは差別性が低く、差別性の高いブランドからの攻めに対して脆さがあることです。望ましいのは差別性を再強化して右上象限に返り咲くことですが、大概の場合は差別性が劣化して右下象限に落ちてきていることが多いので、差別性を強化することは「大規模改修」が必要となり、その投資額に対する費用対効果が厳しく検討されることになります。

ここでの戦略を考える上で重要なのは、右下象限は積極的投資がなくても定番顧客に支えられて収益性が高いことです。この高収益性を打ち捨てて積極投資を行うのは相当の覚悟と勝算が必要となります。それ故、右下象限の多くの場合では「スキミング戦略:投資費用を最小に抑えて高収益だけを搾取する」が取られることになるようです。 




差別性が高ければまず積極的投資を検討し、差別性が低ければスキミングをまず検討する 

基本的には差別性が高ければ(ブランドマップの上段にあれば)成長可能性が高いので、積極的な投資を行うべきであり、差別性が低い下段では成長可能性が低いので投資を抑えながら収益性の高いスキミング=おいしいところ取りを考えることになると思います。

ただし、新ブランド導入の場合は、様々な可能性を拡げる種まきの段階(シーズ開拓)まではスキミングで収益性重視となると思いますが、成長戦略に確信が見えてきたような場合は積極的な投資策にでることで成長機会を逃さないようにする必要があります。新ブランドに潜在成長力があっても成長ステージが左下象限である限り市場では劣位なので、現在市場優位にあるブランドから将来の脅威となる前につぶされる危険性(例えば競合がフランカー戦略を取って妨害してきた場合)があります。このような競合による妨害はこちらが弱小であるほど容易になるので、ブランドが妨害されにくい大きさにまで早く成長できるように積極的に投資することが望ましいと言えます。 




ポートフォリオ全体を可視化して全体最適化を考え、次に各ブランドに応じた戦略を部分最適化する 

MDSブランドマップを用いれば、同一の事業ポートフォリオ内に属する様々なブランドを共通の尺度で分類(4象限)できるので、ポートフォリオ全体の可視化が可能です。それぞれのブランドがどの象限に位置するかを把握することで、各ブランドの現市場占拠率とその推進力となっている顧客のマインドシェアの大きさが現状把握され、さらに今後積極的かつ優先的に投資すべき成長領域(ブランド)とその強化指針が得られるので、全体最適化戦略につながります。 



部分最適化戦略は各象限の特性に即して考える 

各ブランドはそれぞれの成長ステージ(4象限)において最適な戦略を個別に考えることになります。下表はそれぞれの成長ステージで考えることが出来る戦略の一覧です。緑色で括った優先順位(1)がMDSマップの「右上象限」=意義性も差別性も高い、水色で括った優先順位(2)が「左上象限」=意義性は低いが差別性が高い、黄色の優先順位(3)が「右下象限」=意義性が高いが差別性が低い、最後の桃色の優先順位(4)が「左下象限」=意義性も差別性も低い、に該当します。 



MDSマッピングの象限で、最適化戦略を絞り込むことが出来る

上述のようにブランドが取りうる代表的なポートフォリオ戦略は合計で10種類あることになります。戦略というものは限定的なものではなく、この他にも優れた戦略は勿論あると思いますが、大体この10の戦略をベースに考えていいように思います。

戦略的思考の手本とされることが多い軍事戦略の世界では、戦略的重要地域を占有するために敵と衝突しており、明示的に戦略を特定すると敵から手の内が読まれてしまい「奇襲」攻撃を受けやすくなるといわれています。また相手に予測や準備を全くとらせない奇襲が最もインパクトの高い戦術とされています。しかしながら、マーケティングの世界は軍事と違い、平和的に顧客の心を占有することを目的としているので敵からの奇襲や保守はそれほど意識する必要はありません。それよりも、顧客の心をより効果的に捉えるために、「正しいことを適切かつ迅速に行う」ための戦略的アプローチもシンプルで明示的である必要があります。 



 

早い者勝ちのマーケティングの世界では、適切な戦略を迅速に適用できる能力が重要  

軍事の世界では相手との駆け引きやだまし合いが重要なのかもしれませんが、民生のマーケティングでは「いいこと」を先にやったものが勝つという「早い者勝ち」勝負の世界です。正しい戦略を適切かつ迅速に行ったものが勝つのですから、正しい戦略をすぐに適応できるようなガイドラインが社内で用意されているべきであり、それこそがポートフォリオ戦略の本懐だと思います。 


ユーザー間口を拡げるためには、逆に戦略ターゲットを絞り込む 

戦略的によくある間違いの一つが、ユーザーの間口を拡げるために全ての顧客を全方位にターゲットにしてしまうことです。全方位の全領域で必ず勝つ力があるのであれば正しい戦略かもしれませんが、大抵の市場には手強い競合がおり、そうした競合を相手に「選択と集中」により戦略特定領域で必勝できるように投資と労力を集中させ、そこを押さえてから順次次の領域に拡大させていくのが得策です。

この特定領域の最適なものに社内で議論があり絞り込めない/動けないのは、「早い者勝ち」勝負の世界では負けを意味します。絞り込むべき領域はブランドの最終ゴール(最適市場)ではなく、拡大のための最初のステップにすぎません。つまり選択の仕方に合理性(=効率性と勝算の高さ)があることが重要で、合理的に勝てそうな根拠が見つかれば(そこに競合がいないことも勝率の高さにつながる)すぐに行動することが「必勝」につながります。 




「差別性による価値の強化」は成長ステージによって戦略内容が全く異なる 

10の戦略のうち4番目と8番目はどちらも「差別性によるブランド価値の強化」ですが、想定するブランドの成長ステージが異なっています。既に強力な意義性を有しており差別性が劣化してきているために「差別性の強化」が求められる場合が4番目の戦略です。それに対し、新しいブランドのスタートアップの時のように、立ち上げ時にかかる大きな重力や慣性の壁を打ち破り、ロケットを大気圏外の安定軌道へ乗せるように、いかにブランドを成長軌道に乗せていくかを問うのが、8番目の戦略となります。同じ差別性の強化であっても、視点も環境もやるべきことも全く異なってきます。  



 

ブランドの価値を高める「差別性」は”オリジナル”なものでなければならないのか? 

どちらも差別性を強めることでブランドの価値を上げることを目的とする点では同じになります。このような時の差別性とはブランドのオリジナリティが高いユニークなものでなければならないとは言うまでもありません。しかしながら、“オリジナリティ”とはそのブランドが初めて開発・発見したものである必要はありません。オハイオ州立大学のオーデッドシェンカー教授によるベストセラー「コピーキャット:模倣者こそがイノベーションを起こす」でも説かれているように、模倣をすることでも(モノマネでない)ユニークさがあれば差別性を高めることができます。

モノ作り精神の意識が高い日本企業では「模倣」というと価値がないように躊躇される方も多いようですが、ここで言う模倣とは「良いと思うものはどんどん真似してレベルを磨き上げていき、更に良いものを生み出していく」貪欲な進取の気性を意味し、かつて日本ブランドが世界を席巻していた時の原動力と同質なものを指しています。当時も「モノマネ」の批判はあったと思いますが、「より良いモノ」に改良していく研鑽努力の積み重ねがオリジナリティとなり、日本ブランドにしかない独自で強烈な個性と価値が生み出されていったのだと思います。 




日本ブランド復活の鍵は模倣回帰にある? 

模倣によりイノベ―ションを生み出すことができる「お家芸」を活かすことが、強い日本ブランド復活のカギを握っているのかもしれません。製品テクノロジーの世界は既に成熟・同質・飽和化してしまっているのかもしれませんが、製品を消費する顧客の頭の中を占めるブランドの世界では、個別ブランドの栄枯盛衰はあっても常にパワフルなブランドが市場(消費者の頭の中)で優位性を占めています。戦略上の目的は市場優位性を獲得しそれを維持することであり、模倣であろうが何であろうが「お客様を喜ばす」ことが出来たブランドが優位性を手に入れることが出来るのだと思います。こうしたブランド(の価値)作りでは、海外ブランドの方が一日の長がありそうです。

「戦略篇」前段で紹介した世界のブランド財務価値のトップ5である、アップル・グーグル・アマゾン・マクドナルド・マイクロソフトは日本でも多くの消費者の心を掴んでいます。こうした海外の優良ブランドの良いと思うところをどんどん取り入れて、自ブランドをユニークで価値のあるものに高めていくことが大切だと思います。最近のインバウンドブームでも明らかなように、良いものを磨き上げてより良い、快適で気持ちいいものに仕上げていく日本ブランドの技量を使えば決して「モノマネ」の誹りを受けることはないと思います。もしかすると欠けているのは技量ではなくて度胸なのかもしれません。以前、一橋大学やハーバード大学で教授を務められた竹内弘高先生(現ICU理事長)に弊社ウェビナーで特別講演をしていただいたことがありますが、その時のお話にでた、終戦直後にホンダが単身で米国市場に乗り込んでいくような「俊敏な行動力」の問題なのかもしれません。  


執筆: 合同会社カンター・ジャパン ブランドコンサルタント 堀義弘



本記事はシリーズ構成の続編です。 これまでをまだご覧になっていない方は、背景や用語をスムーズに理解するため、ぜひはじめからお読みください。


マーケターのためのブランド戦略 連載講座
ブランドのポートフォリオは何をゴールにして、どのように管理すればいいのか?

目次>
【基礎篇】 ポートフォリオの共通基盤となるMDS指標
ポートフォリオの共通基盤となるMDS指標①
ポートフォリオの共通基盤となるMDS指標②

【戦略篇】 MDS指標を⽤いたブランドポートフォリオ戦略の考え⽅
[その1]MDS指標でみたブランドの現状
(1−1)マップ上のポジショニングから考える
(1−2)グラフの波形から考える
(1−3)ブランドの期待値から「勢い」を読む

その2MDS指標を用いたブランド強化の考え方
(2−1)意義性・差別性の「勢い」を含めて理解する
(2−2)ブランドライフサイクルでの「文脈」を理解する

その3MDS指標を用いたブランドポートフォリオ戦略
(3−0)ブランドのライフサイクルに即した10の戦略
(3−1)市場優位性を持つブランドに適した戦略



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