
なぜ賢明な価格設定を行うことで、関税の急変による経済的危機からブランドを守ることができるのか?
世界的な経済危機が次から次へと起こり、消費者の経済に対する信頼は低迷しています。こうしたことは運命だからしかたないと諦めていては、ブランドの成長は見込めません。マーケティングの担当者にとって不確実性とは敵であり、米国の関税の脅威がどうなるのかが全く見えません。ブランドは長年にわたり、インフレとサプライチェーンの問題に取り組んできたわけですが、今度は貿易戦争というわけです。このことは、消費者がお気に入りのブランドに見切りをつけ、安価な代替ブランドに乗り換える可能性が現実味を帯びてきたことを意味します。
このような時期には、成長から利益へ重点を移すことが重要です。利益とは企業の生命線であり、通常はCEO、財務担当者、投資家の専権事項です。しかしながら、マーケティングの担当者も自身が思う以上に力を持っています。消費者が価格改訂にどれだけ敏感かを見極め、実際に商品が売られている棚での価格にどのような影響を与えるようにするかを考え、それらの価格変更を消費者にどのように伝えるかは、マーケティング担当者の仕事だからです。
マーケティングを通じて消費者の感性に影響を与える
優れたマーケティングとは単に製品の宣伝を行うだけではなく、消費者が抱えている課題やニーズを解決することが含まれます。値段が上がるというのは、消費者にとってまさに問題です。しかしながら、成功する価格設定というものがあって、それはコストが上がる以上のことを意味します。
1980年代にJ. Walter ThompsonのJeremy BullmoreとStephen Kingは「どんなナイフでも確かに切れる。だけどあるナイフには、人々はもっとお金を払いたがっているし、別に騙されてそうしているわけでもない」と説明しました。それから40年以上経った今でも、賢いマーケターは価格設定を中心に戦略を立てて、どのブランドもみな同じという人々の「期待」を打ち破るような差別化されたブランドポジショニングを訴えます。

このようなマーケティングによって、消費者は価格の安い代替ブランド以上の価格―最大で2倍の価格を支払う意思があることが示されています。これが、私たちが「プライシングパワー」と呼んでいるブランドの力です。

また、Kantarのデータによれば、「プライシングパワー」を1ポイント上げることで、価格面では4ポイント値上げすることを正当化できます(ただし、価格についてはあくまでもカテゴリー内で算出された相対的なスケール上のポイントとなります)。
関税がビジネスに与える影響
「プライシングパワー」といわゆる価格弾力性との間には強い関係性があることが検証されています。プライシングパワーが強いほど、価格弾力性は低くなる=消費者は価格の安い代替ブランドに乗り換えにくくなります。これは高価格帯でも同様です。今日のような経済的不確実性やコスト上昇の中であっても、この関係性に変わりはありません。
では、最適な価格とはどのように決めればいいのでしょうか?それには価格と消費者の認識をうまく合致させることが必要で、そこにはアート&サイエンス(技術と科学)があります。
ブランドの意義ある差別性
ブランドの意義ある差別性とはブランドがいかに情緒的および機能的なニーズを満たし、競合ブランドから際立つ存在となっているかを意味し、「プライシングパワー」の94%は基本的にこの意義のある差別性によって説明することができます。とはいえ、今日の厳しい経済状況下では、需要、売上、利益率のバランスを考えながら、価格戦略が市場ボリュームシェアに与える影響も考慮していく必要があります。

長期的な価格戦略にはブランドのエクイティへの投資が必要であり、ブランドは今すぐにでもそのために行動を起こして、未来に備える必要があります。4年以上にわたってブランドを観察した結果、プライシングパワーを改善したブランドは、そうでないブランドがブランド価値を33%増加させたのに対し、ブランド価値を67%も増加させていました。プライシングパワーの効果は非常に強力であり、この期間にブランドの浸透率が下がったとしても、プライシングパワーによって得られるものによりこれを相殺することで、利益を維持し、事業価値を存続させる最良な方法となります。
関税が引き上げられることが明らかな今、価格を引き上げる誘惑は非常に現実的なものになっています。しかし、価格を高く設定しすぎると、ボリュームと売上を逃すことになることには注意が必要です。供給が需要を上回ることになり、ブランドが高単価の悪循環あるいは過剰在庫の悪循環に陥ることになります。これが消費行動の変化を引き起こし、特売価格の時しか購入しないように「条件付け」されることを、これまで何度も経験してきました。一度このような状況になってしまうと、その是正には数年かかることになります。
ダメージを和らげるには?
行動科学者は、金融取引の際に脳の痛みを感じる部分が活性化することを証明しています。これは、人々がお金を使う場面では、心理的に痛みを伴うということです。つまり、関税の脅威は、単なる金融的な問題だけでなく、物理的な痛みとしても感じられるということです。
価格を上げて最善を期待するだけでは不十分です。しっかりとした基盤を築く必要があります。“分かっている”マーケターは、ブランドの関心と消費者の関心を一致させ、「価値を生み出す資産」としてのブランドに投資を続けています。このようにして、ブランドが常に消費者から選ばれるようにしています。
例えば、2008年の金融危機と大不況の時でも、最新のiPhoneを求める行列は止まりませんでした。なぜかといえば、Appleが顧客に対して提供している価値を減らしていくようなことを一切するつもりはない、ということを顧客が感じ取れるようにブランドの“発信”を行っていたからです。
ブランドのこうした発信では、どのように伝えるかだけでなく、どこで伝えるかも重要となってきます。Kantarのメディアの効果調査によると、平均的なブランドのメディア予算ではオンラインよりもオフライン広告費を優先していますが、オンライン広告の方がブランドの差別性に影響を与える割合が高いことがわかっています。
つまりは、デジタル広告がブランドの差別性を生み出す原動力となりうるということです。YouTube、Facebook、TikTokといったメディアにはブランドの差別性やプライシングパワーを伸ばしてくれるパワーがあると考えられます。
とはいえ、注意も必要です。プライシングパワーを持っているからといって、無秩序で不当な値上げをして良いわけではありません。利益を追求しつつも暴利をむさぼらないことは可能であり、矛盾ではありません。消費者にとって手頃な価格であっても、ブランドはその力を維持することができます。消費者は常に意味のある差別化を持つブランドを好むからです。そして政府がどの国と貿易を政策的に選ぼうとも、この事実に変わりはありません。
次はどこへ?
米国政府が予測不可能な状態にあり、全てのことから目を離せない状態にあります。報復関税の影響を受ける国がいくつあるか、そしてこれがアメリカの消費者の財布にどれだけの影響を与えるかは誰にもわかりません。
しかし、マーケターは今行動することで、貿易戦争が起こった場合に有利な立場を得る、という見識に自信を持っていいと思います。価格設定の「技」を磨くことは、単に利益を高めるというだけではなく、マーケティングにおける「レジリエンス」を高めることにつながります。コストの上昇を望む人はいませんが、強力なプライシングパワー、そして強いブランドであれば、何かが起こった時に有利な立場に立つことができるのです。
原文: https://www.kantar.com/inspiration/brands/the-unseen-armour-how-pricing-power-shields-brands-in-trade-wars
翻訳監修:堀 義弘