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エコシステムの変化の兆しに敏感であり、その背景にある「消費者のニーズ」を正確に理解できなければ、来るべき新しい潮流の中でブランドはこれまで築いてきた資産の大半を失ってしまう恐れがある。巨大な保険産業にも、エコシステムの変化による大きな転機が果たして訪れるものなのか、消費者目線でみたブランド評価(BrandZデータ)から検証を行ってみた。
今回、第3回では生命保険、損害保険の具体的なブランドを挙げながら、各ブランドの特徴を見ていく。
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ブランドの意義性・差別性・想起性からみた保険ブランドの特色
典型的生保ブランドには差別性が欠けている
BrandZのデータベースを用いた分析では、マインドシェアを意義性・差別性・想起性という3要因に分解してブランドの強み・弱みがどこにあるかを明らかにします。(この意義性・差別性・想起性の詳細について知りたい方はこちらの記事「マーケッターのためのブランド戦略 ブランドの強み・弱みをどのようにブランド戦略に取り込めばいいのか?」を参照ください。
下図のようにブランドには意義性(横軸)と差別性(縦軸)という要素があって、そのどちらも強いと想起性(数では●の大きさと色で表示)も高くなる傾向があります。マインドシェアは意義性・差別性・想起性の合成値として計算されます。デマンドパワーは平均的なシェアが100となるように指数化されたもので、右の棒グラフでは典型的生保ブランドの経年のデマンドパワーが降順で表示されています。グレーに色付けされているところは指数が100±5=デマンドパワーが平均的なブランドを意味します。
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典型的生保には想起性が高い(●の色が緑又は黄緑)ブランドが多いのが特徴です。右のグラフを見るとではニッセイ・第一生命が平均以上のデマンドパワー(マインドシェア)を有していますが、左のグラフでは、ニッセイ・第一生命を含めて差別性が平均を上回るブランドが典型的生保には一つもありません。その代わり、横軸の意義性については高低がでています。
とはいえ、2023年ではニッセイだけが右象限で他のブランドは意義性も平均以下という結果となっています。前回の保険業界概況で、消費者は万が一の時の家族の生活資金に充たされない不安を抱えているが保険について詳しい知識がないと自覚していると述べました。こういう消費者にとっては生保の営業職員の方に少しプッシュ気味にセールスをかけてもらった方がありがたいのかもしれません。
2024年に良く見かけたニッセイのTVCMでは、営業職員のお母さんの頑張りがモチーフとなっており一見すると営業職員のリクルート広告のようにも見えるのですが、生命保険の中心価値は「善意」にあることを伝えているのだと思います。確かに「善意」が伴ったプッシュはそれほど気分の悪いことではないようにも思います。ニッセイの意義性が高いのはもしかすると、こうしたブランド広告の効果によるのかもしれませんが、そうだとするとそうしたマス広告でアピールしない限り(つまり他ブランドでは)営業職員のプッシュにおける「善意」は全く伝わっていないことになります。
「善意」は大事な価値だと思うのですが、漠然とした生活資金不安に対して善意だけでプッシュセールスされても、意義性にはつながらないように思います。保険のような金融商品で差別化するのは難しいことだと思いますが、差別性のある選択肢を用意してその中から自分に合ったものが選べるようにしない限り、保険の意義性を高めるのは難しいように思います。これを「意義のある差別性」と言いますが、BrandZのデータベースからマインドシェアを高めるのに有効であることがわかっています。
損保も典型的生保ブランドと同様に差別性が欠けている
損保においてデマンドパワー(マインドシェア)が平均より高いのは東京海上のみですが、意義性(左グラフの横軸)をみると典型的生保よりは平均を超えるブランドが多いようです。しかしながら、縦軸の差別性に関しては、典型的生保同様に平均を上回るブランドはひとつもありません。
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前回に説明したように損保は「クローズドサークル」を用いた販売が行われており、典型的生保と同様に保険加入者は自分の意志で保険を選んでいるという意識はあまりないように思います。それでも、典型的生保より意義性が高めに出るというのは、モノを対象とした保険なので保証される内容がわかりやすいということと、モノの購入・契約に付随した「クローズドサークル」の加入の仕方なので、あまりプッシュされた感じがしないことが影響しているかもしれません。
一方で、損保のこの「クローズドサークル」性を考えると典型的生保よりもさらに差別性を強化するのは難しいのかもしれません。差別性は選択を行うときに参照されやすいですが、自動車を買うときに自動車保険ブランドを選択する機会があるものなのか疑問だからです。
副業代理店にコントロールされやすい「クローズドサークル」を脱して自ブランドの加入者を増やしたいのであればマインドシェアを高めるしかなく、そのためには自ブランドの「意義のある差別性」をアピールできる機会を探してそこに網を張って待つしかないと思います。保険の更改時期に接触しやすいタッチポイントに、現在加入の保険では不満に感じられそうな点は何かを発見するように努め、それがどう改良されるようになればいいかの提案を行うというかなり木目細かい作業が必要になると思います。
そうした手間をかけるよりも、現在の「クローズドサークル」を利用して代理店さんにお願いした方がはるかに楽で効率が良いと思います。損保のマインドシェアが上がらない最大の難点は、実はそこ(クローズドサークルのありがたみ)にあるのではないかと思います。
保険でも差別性が提供できている非典型的な生保ブランド
非典型的な生保には差別性が平均以上あるブランドが多くなっています。典型的な生保や損保ではうまく提供できていない差別性ですが、営業職員を使った生保の典型的な販売方法を取らないと差別性もあがりやすいというのは興味深い結果となっています。
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「意義のある差別性」がありマインドシェアが高いアフラック
ガン保険のTVCMをよく見かけるアフラックは、消費者から差別性も意義性も高く受け取られています。典型的な生保であれば特約に加えられる第三分野の医療ガン保険だけに特化しており、がん保険の代名詞となっているところが「意義のある差別性」を高めている理由だと思います。
最近のTVCMでは、がんにかかった患者の体験談を紹介しながらアフラックならではのポジティブなメリットを伝えているものが多く見られますが、生保の死亡保険では被保険者が亡くなった後のことについてポジティブな当事者意識を持つことは難しいため、がん保険の「意義性」をアピールしやすいのだと思います。とはいえ、2023年には意義性を少し落としているので注意が必要です。
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「差別性」は高いが「意義性」が弱まってきているソニー生命
コンサルティングセールスが特徴とするソニー生命も意義のある差別性がありましたが、年々意義性が落ちてきているようです。高額な保険料を払うのであれば保険料が掛け捨てにならない終身保険の方がいいということをコンサルティングセールスで合理的に説明するところにブランドのユニークさがあると思いますが、その「意義」が時代環境の変化で少しずつ変わってきているのかもしれません。
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「差別性」の低下と共に「意義性」も弱まってきているかんぽ生命
かんぽ生命も元々意義のある差別性が高かったのですが、差別性の低下と共に意義性も低下してきています。
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全国に約2,4000箇所以上ある郵便局が窓口で使える利便性が最大の特徴であり、かつては手軽に加入できる簡保や利回りの高い養老保険などで独自性の高い商品を持っていましたが、法令の改正等により現在は商品の独自性は弱くなっています。また最大の武器である立地条件の利便性も、ネットやスマホアプリの浸透やコンビニATMの普及で以前ほどのありがたみが薄れているのかもしれません。
「差別性」はあるが「意義性」を伸ばしきれないメットライフ生命
メットライフ生命の前身はアリコジャパンで、日本では最も古い外資系生命保険となります。その特長は医療や外貨建てなど外資系らしい保険商品ラインナップと、コンサルティング型営業・代理店販売・ネット販売とマルチな販売チャネルを持つことです。こうした努力が差別性の高さとなって表れているようです。
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一方で課題は意義性が伸ばしきれていない点です。但し、2023年には意義性は平均を超えるところまで強化されています。その分差別性が下がっていますが、意義性が高くなるとユーザー数が増えていることが多く、ユーザー数が多いとユニークに思われにくくなるという傾向があるので、差別性がこれ以上下がらないように気を付けていれば問題はないように思います。
むしろ強化された意義性が保険加入者の増加につながっているかを厳しくチェックしていった方がいいと思います。差別性が多少落ちても意義性が高くなるのであれば問題ないというのは、あくまでもユーザーが着実に増加している前提だからです。もしユーザーが増加していないのに差別性が低下しているのであれば、ブランドがパワーを失っている危険な兆候だと言えます。
ダイレクト保険の差別性は高いが意義性が伸びにくい
ダイレクト保険の場合は、上のメットライフ生命同様に差別性は高いが意義性が伸びにくい傾向が見られます。ダイレクトには外資系が多いので、外資系保険の傾向のようにも見えます。とはいえ、ダイレクト保険の差別性は当然保険料の安さにあります。どこも同じような保証内容で同じような保険料といった中で、保険料の安さというのは違いが分かりやすいポイントとなります。
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特に保険に限らず、価格が安く差別性があるということと、それが自分にとって意義があるということは別物です。価格は安いと手を出しやすく目を惹きますが、反面品質に懸念を生じさせ、「安物買いの銭失い」を避けようとする抑制力も生じます。これを意義性=購買につなげるためには、価格が安いこと以外の価値(例えば品質の割に価格が安い)が必要となります。日本の消費者の外資に対する伝統的な反応の仕方は「なじみはないけど、品質は大丈夫か?」です。ダイレクト保険で意義性が高いのが、外資ではなく三井ダイレクトというのも興味深い結果です。
また自動車保険などの損保では、最初の加入時に「クローズドサークル」でそもそも敷居が低かったと考えられるので、契約更改時に保険金額と保険料さえ確認できれば他のダイレクト保険にも切り替えやすいのではないかと思います。同じダイレクトであっても生保系と三井ダイレクトやチューリッヒ保険の損保系を較べると、後者の意義性が相対的に高くなっている理由として、損保の意義性における敷居の低さが影響しているのかもしれません。ただし、何も考えなくて済む「クローズドサークル」の中にいれば(特に意識しなければ)、付随物である保険は自然とそのまま契約更新の流れに乗っていってしまうと思います。
価格の安いダイレクト保険に意義を感じてもらうためには、事故を起こして保険で車を修理したので保険料が大幅に値上がりした、車検工場をもっと安いところに変えた、といったタイミングやタッチポイントをうまく活用する必要があると思います。
なお、差別性は高いが、それが意義性の高さにつながっていない場合でも、一部の人の意義性は高めているがそれが少数なので目立たない、という場合もあります。オリックス生命のTVCMでは高齢者層に絞り込んだコミュニケーションとなっていますが、こういう場合はターゲットの高齢者層に刺さっていても全体としては(オフターゲットの若年層・中高年層も含むので)意義性は低く出ることになります。
高齢者の意義性にどれだけダイレクト生命がささっているかの調査データはないため、詳しいことは語れませんが、前回の保険業界概況を見る限り、高齢者の保険金額は低いものの、生保の加入率は高く、「葬儀費用ぐらいは自分の保険金で済ませたい」と考える傾向にあるため、高齢者でも入りやすい生保には需要がありそうです。
オリックス生命のCMではすき焼きセットプレゼントといったキャンペーンも展開しているようで、こういった「小技」も高齢者の意義性を高めるのに役立っているかもしれません(ごちそうが食べられて、自分の葬式代にもなる、といった思考になった場合)。
保険料の値ごろ感と保険ブランドが提供する「価格以上の価値」
最後に2023年のデータで、保険ブランド保険料についての知覚価格(消費者が相対的に感じている値ごろ感)と、その価格以上に価値があると感じさせるブランドの力(プライシングパワー)をお見せします。
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典型的な生保ブランドの価格(横軸)は高めに感じられており、縦軸をみると住友生命は価格通りの価値があり、ニッセイは価格よりやや価値が高く、第一生命は価格よりやや価値が低い、と受け取られています。
非典型的生保では、かんぽ生命はほぼ平均的な価格でソニー生命は平均よりやや安く感じられていて、どちらもほぼ価格通りの価値があると思われています。それに対し、アフラックは平均よりも安い価格であるが価格以上の価値があると感じられており、その価値はニッセイよりも高く感じられています。
ダイレクト保険を見ると、最も価格が安く思われているのはライフネット生命ですが、(最安値であっても)価格に見合った価値が足りないと思われています。チューリッヒ保険はダイレクトとしては価格が高めに受け止められていますが、アフラック同様価格以上の価値があると思われています。
こうしたブランドの価値(プライシングパワー)はブランドの意義性と差別性に影響します。BrandZデータベース分析で、このプライシングパワーにおける意義性と差別性のウエイトが大きいが確認されています。先にマインドパワーを上げるためには「意義のある差別性」が大事という説明をしましたが、「意義のある差別性」はブランドに価格以上の価値を作り出すためにも大事という訳です。
保険カテゴリーのまとめ:
保険カテゴリーでは損保でも生保でも販売方法(フィジカルアベイラビリティ)に特殊性があり、それがカテゴリーの主力ビジネスモデルとなっている。この特殊性がECやスマホ決済を用いた世の中のエコシステムの変化の潮流から保険業界を隔てる要因になっていると思われる。
このシリーズでは、EC業界やキャッシュレス決済サービス、リテールバンキング業界のブランドケーススタディを通じて、スマホとECの浸透がこれらの業界のエコシステムを変化させつつあることを確認してきました。こうした潮流を捉えて新たなパワーブランドがカテゴリーに登場し始めています。
保険業界で最もパワフルなトップブランドの座を占めているのはアフラックですが、アフラックは国内保険業界が持つフィジカル(販売方式)の特殊性から距離を置くことで成功しています。保険業界にも、スマホとECによるエコシステムとフィジカルの変化の時代がいずれ訪れると思いますが、現在市場シェアが高い大手ブランドは販売方式の特殊性により築かれた過去の成功体験、あるいは現市場での高い競合優位性に縛られ過ぎている恐れがあります。
フィジカル(販売方法)の変化を伴うエコシステムの進化では、消費者の心を捉える魅力(マインドシェア)のあるブランドが有利となりますが、現在の大手ブランドはマインドシェアを高める差別性に欠けており、あるいは現在構築されているマインドシェアが販売に充分に活かされていません。
こうした状況を鑑みると、保険業界における将来のエコシステムの変化は、アフラックのような非典型的なプレイヤーが中心となって作り出されていく可能性さえあります。
エコシステムの変化と「パラダイムシフト」
一般的にエコシステムのような大きな変化が生じると、そのシステムで暮らす人々の間にも「パラダイムシフト」が起こるといわれます。パラダイムシフトとは人々の考え方や認識の仕方がガラッと大きく変わることです。例えば、ECが普及することによりショールーミングという言葉と概念が新たに生まれました。これまでのようにお店で買うのではなく、お店で商品を手に取って確かめた上で、最終的にECで購入することを指します。こうしたショールーミングの背景に、いままでは最安値の店を探すのが手間だった、通販では現物を確かめることが出来ず不安だった、というそれまでのアンメットニーズや不満点があります。こうしたアンメットニーズの解消がパラダイムシフトのトリガーとなります。
下記のイラストは1899年にアメリカの心理学者ジョセフ・ジャストローに使われ、その後ドイツの雑誌Fliegende Blätterで紹介されたものです。質問は「これは何の動物のイラストなのか?」です。
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解答は3パターンで、あひる(鴨や鳥)と答える人と、ウサギと答える人と、その両方を答える人です。あひる(ウサギ)としか答えなかった人には、ウサギ(あひる)とわかるのに時間がかかる人もいます。アヒルと答えた人がウサギと分かるためには、左上の2本に分かれた部位が嘴(くちばし)という固定観念を捨てる必要があります。これがウサギの耳だと考えると右側(アヒルの後頭部)にウサギの鼻と口が見えてきます。最初から両方が見えた人は別として、同じ絵を見てこれまでには見えなかった動物が見えてくるようになることがパラダイムシフトです。
営業職員による販売で考えなければいけない、副業代理店による販売を考えなければいけない、と固定観念で嘴(くちばし)を見てしまうといつまでもアヒルしか見えなくなってしまいます。しかしながら、消費者(ニーズ)の真実にはウサギという側面もあることを忘れてはいけません。
固定観念に囚われることなく柔軟な発想で違った見方がないかを探ることで「意義のある差別性」のヒントが見つかるかもしれません。勿論、こうしたパラダイムシフトのヒントは定性調査で消費者にインタビューすることでも得ることが出来ます。
執筆:カンター・ジャパン/ブランドコンサルタント 堀 義弘
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