それぞれの戦略効果の可視化と一元化を行い、最適化を図るための手法と分析のポイント
第1回では、メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティについて、ビジネスモデルの構成要因とバリューチェーンをベースにした説明およびカンターが持つ分析モデル(MDF:Meaningful Different Frameworks)、ブランドのメンタルアベイラビリティに影響を与える、意義性・差別性・想起性(MDS)について、全般的な説明を行いました。第2回は、メンタルアベイラビリティと密接に関係するフィジカルアベイラビリティを指標的にどのように捉え、両者の関係性を掴んでいけばよいかについて、説明します。
メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティの関係性を見るために使える指標
前回で述べた通り、ブランドが持つフィジカルアベイラビリティの力は、実査結果から算出されたマインドシェアと推定マーケットシェアとのギャップから算出されます。フィジカルアベイラビリティ自体の力、メンタルアベイラビリティとの関係性、マーケットシェアとの関係性といった観点から、9つの指標・視点で分析することが出来ます。ここから順に説明をしていきます。
分析視点1:マインドシェアの購買転換率とマインドシェアの強さとの関係
マインドシェアが実際の購買(マーケットシェア)に転換された転換率をみると国内ブランドの平均は60%であり、正規分布よりやや右側(平均より転換が高めな方に)に偏った分布を示しています。(下図左)
マインドシェア自体の大きさと購買への転換率との関係を見たのが右のグラフで、両者には相関関係があり、マインドシェアが高い方が購買に転換されやすくなる=フィジカル上の防御力も高くなるという関係があることを示します。また、購買への転換率は100%を上限とした比率なので、両者には対数的な関係が見られます。この対数的関係から、以下のことが示唆されます。
- ● デマンドパワーが平均的な水準(指数100)より低いときは、デマンドパワーを強化していけば購買転換率も効率よく改善していく。もし自ブランドの購買転換率が50%を切っているのであれば、自ブランドマインドシェアの購買転換率をKPIにして転換率50%以上になることを目指して施策を指標管理していくのがいい。
- ● デマンドパワーが平均的な水準(指数100)を越す場合は、デマンドパワーを上げていくにつれて購買転換率の伸びは鈍くなっていき、転換率90%前後でマインドシェアの購買転換は飽和する。すなわち、マインドシェアが100%購買に転換されるということは稀であり、最低限で10%以上は自ブランドのマインドシェアは競合ブランドのフィジカルアベイラビリティにより喰われてしまう。この飽和水準に達したときは、店頭フィジカル力を用いて自ブランドマインドシェアの防御に腐心するよりも、割り切って競合マインドシェアの奪取に店頭フィジカル力を用いたほうがはるかに効率は良くなる。後述するように、デマンドパワーの高いブランドの方がフィジカルで競合のマインドシェアを奪取しやすくなるからである。
国内ブランドの全体像だけでは、実感がわかないかもしれないので国内の代表的な産業である自家用車カテゴリーを例にして見てみましょう。
下記棒グラフはマインドシェア(メンタルアベイラビリティ)の大きさを示し、水色の部分が実際の購買に転換された部分で、マインドシェアに対する購買転換率を示します。トヨタの購買転換率は飽和点に達しており、マインドシェアを購買に転換させるフィジカルアベイラビリティ(ディーラー網の販売力)上の防御力の高さを示しています。トヨタに次いで購買転換力(フィジカルでの防御力)が高いのが、ホンダ、ダイハツ、スズキ、日産となっています。
分析視点2:購買シェアにおけるメンタル占拠率とマインドシェアの強さとの関係
視点1ではマインドシェアが実購買(マーケットシェア)に転換された比率を見ましたが、今度は実購買(マーケットシェア)における、マインドシェアから転換された=メンタルアベイラビリティが伴った購買の比率を見ます。残りのメンタルアベイラビリティが伴わない購買とは、特売や品切れといった店頭要因(フィジカルアベイラビリティ)だけ購買がなされたことを意味します。この購買シェアにおけるメンタル占拠率は国内ブランドの平均は67%ですが、マインドシェアの購買転換率とは異なり、メンタル占拠率の分布は50%から80%の間に92%のブランドが属し、更に60%から80%の間に78%のブランドが属します。つまりほとんどのブランドが平均(7割)前後のメンタル占拠率を持っていることになります。(下図左)平均が7割前後というのはかなり高い数字ですので、このことからどのようなブランドであってもマインドシェアが獲得できれば(購買におけるメンタル占拠率の歩留まりは7割前後と高いので)購買シェアに直結しやすいということが示唆されます。また逆に言えば、売上シェアの平均で3割前後はメンタル(マインドシェア)が伴わないフィジカルの力だけで獲得されているということになります。先の結論のところで述べたようにメンタルが強くなればフィジカルも強くなるという関係があるので、メンタルでマインドシェアを獲得すればその獲得マインドシェアに対し70:30の比率でフィジカルだけでのシェア獲得も増分として期待できる、ということを意味します。ただし、視点1でみてきたように、マインドシェアの最低限10%程度は購買に転換されないので、その逸失分=70x10%(-7%)を最低限としてこの増分(30/70=+43%)から差し引く必要があります。
マインドシェア(メンタルアベイラビリティ)の大きさと購買シェアにおけるメンタル占拠率との関係を見たのが右のグラフです。両者の間の相関が低めなのは、上述した通り、購買シェアではほとんどのブランドが平均(7割)前後のメンタル占拠率を占めているからです。また、メンタルの占拠率も100%を上限とした比率なので、両者にも対数的な関係が見られます。両者の相互関係から以下のことが言えます。
- ● メンタル占拠率が80%を超えるようなときは、そのメンタル占拠率の高さはデマンドパワー(マインドパワー)の高さでは説明されない。限定的な配荷で独占的に販売を行う(例:訪問販売、ポップアップストア)等のフィジカル面での特殊性が考えられる。このような配荷システムでは、一般的な流通と較べて面が拡大できないので、必然的にマインドシェアも小さくなる。
- ● デマンドパワーが平均的な水準より低く購買のメンタル占拠率も低い時(赤囲み部分)は、デマンドパワーを強化することでメンタル占拠率も改善されやすい。メンタル占拠率が50%を切るような場合は、メンタル占拠率をKPIにおいて50%を超えるように施策を指標管理していくのがいい。売上シェアにおけるメンタル占拠率を高めておけば、競合のフィジカルに対する戦いで防御力を上げることができる。但し、メンタル占拠率が50%を超えるとデマンドパワーの増加によるメンタル占拠率の改善は鈍化するので、それ以降はKPIとしては使い難くなる。
先と同様に、自家用車カテゴリーを例にして見ると以下のようになります。
下記棒グラフはマーケットシェアの大きさを示し、水色の部分がメンタルアベイラビリティ(マインドシェア)に起因する部分で、マーケットシェアに対するメンタル占拠率を示します。トヨタのメンタル占拠率はトップではありませんが、水色のマインドシェア起因%の絶対値(21.3%)では他を圧倒しています。このようにブランドがマインドシェアで圧倒的な力を示すとき、フィジカル起因のマーケットシェアも競合と較べて大きくなる傾向が他のカテゴリーでも確認されています。メンタル占拠率が比較的高いのが、マツダ、BMW、日産、アウディ、三菱で、特にマツダ・BMWは80%の飽和点に近づいており、ディーラー販売店数の拡大を検討する余地がありそうです。
また、上記でメンタル占拠率が80%を超えるような特殊な例も紹介しておきます。自家用車のような耐久消費財とは真逆の日用消耗品のヨーグルトの例となります。乳酸菌飲料のヤクルト・ジョアは店頭販売以外にヤクルトレディによる訪問販売・職域販売が有名です。このヤクルト・ジョアのメンタル占拠率を見ると飽和点である80%を超えています(左下グラフ)。一方で、マインドシェアの購買転換率を見ると20%を切っています(右下グラフ)。ヤクルトもジョアもマインドシェアは相対的に高いのですが、セールスレディを中心にした販売だと配荷が限定され高いマインドシェアが販売シェアに充分に転換されていないということが示唆されます。反面、メンタル占拠率は高い(購買者のほとんどのメンタルをしっかり掴んでいる)ので一長一短という側面はあると思いますが、マインドシェアがしっかりとれているので店頭配荷を増やしていけば売り上げは更に伸びる可能性があります。
分析視点3:マインドシェアなしに購買を生み出すフィジカルの力とマインドシェアとの関係
視点2で見た、実購買(マーケットシェア)におけるメンタル占拠率の残余分が、マインドシェアなしに購買を生み出したフィジカル面での収奪力を表します。視点1で見たマインドシェアの購買転換率がフィジカル面での防御力を意味したように、こちらの指標はフィジカル面での攻撃力=競合のメンタルアベイラビリティを収奪する力を意味します。
下図を見ればわかるように、このマインドシェアなしに購買を作り出すフィジカルの力は、デマンドパワー(マインドシェア)と相関します。これはマインドシェアが高ければ、競合のマインドシェアを収奪するフィジカルの攻撃力も強くなる、ということを意味しています。つまり、マインドシェアを高めることでフィジカル上の防御力を高めるだけでなく、競合のマインドシェアを収奪するフィジカル上の攻撃力を高めることにもつながります。どうしてこのようなことが起こるかといえば、カテゴリーによって違いもありますが、FMCGの場合で言えば消費者のマインドシェアが高いような「強い」ブランドは売れやすいので、店舗流通でも好んで優先的に扱いたがるという点を理由として考えることが出来ます。
- ● 国内のブランド全体の平均では、マインドシェアなしにフィジカルの力だけで購買シェアが2%作り出されている。
- ● マインドシェアが10%以上のブランドでは、マインドシェアなしにフィジカルだけで購買を生み出す力は平均で5%に上昇する。
- ● 更にマインドシェアが20%以上の場合は9%、マインドシェアが30%以上の場合は10%にまで上昇する。
このように、メンタル(マインドシェア)の強さと、フィジカル(店頭要因)の強さは相互に密接な関係にあります。
分析視点4:フィジカルによる逸失と収奪の差し引きでみる総合的なフィジカルの力
視点3で見たマインドシェアなしに購買シェアを獲得するフィジカルの力(収奪力)と、視点1でみたマインドシェアを購買シェアに転換させるフィジカルの力(防御力)を合算することで、ブランドが持つ総合的なフィジカルの力がわかります。
この防御と収奪は表裏一体の関係(ブランドXがブランドYから収奪すれば、その分ブランドYの防御力は損なわれる)なので、全ての防御と収奪を合算すれば0になります。そのため、この収奪と逸失の総合力は個別のブランド毎に±スコアを見ていく必要があります。そこで、先ほどの自家用車カテゴリーの例を用いて具体的に見てみましょう。
下のグラフではフィジカルの防御/収奪のネットスコアを右からの降順にしてあります。ネットスコアが正数であれば総合的なフィジカル力が強いことを意味します。国内では、トヨタ・ホンダ・ダイハツ・スズキ・日産がフィジカルが総合的に強いブランドということになります。
その下の棒グラフは、赤い部分が競合のフィジカルにより販売から逸失したマインドシェアを表し、ピンクがフィジカルの力で競合マインドシェアから収奪した販売シェアを表しています。ピンクの収奪シェアから赤の逸失シェアを差し引いたものがネットスコアになっています。
使用している数字はシェア%(マインドとマーケットの1%は等価値)なので、競合とより直截的に比較することが可能です。この例で言えば、トヨタと日産とBMWはフィジカルでの防御面で同じだけのマーケットシェアを失っていることがわかります。勿論、ブランドで抱えている販売ディーラー店舗数が違うわけですから、店舗当たりでみてみると3ブランドの中ではBMW店舗の防御力が最も弱く(1店舗当たり逸失分が最も多く)トヨタの防御力が最も強い(1店舗当たり逸失分が最も多く)ということがわかります。
いま販売ディーラー店舗数について触れたので、ここで自家用車ブランドのディーラー店舗数と総合的なフィジカル力(逸失/獲得のネットスコア)との関係性も見てみます。小売りチェーン等流通させるFMCGブランドとは異なり、自家用車はブランド毎に自前のディーラー販売店網を持つので、ディーラーの店舗数とフィジカル力はより直截的な関係を示します。下のグラフでわかる通り、フィジカル上の逸失・獲得のネットスコアとディーラー店舗数は高い相関を示しています。つまり、店舗数が少なければ、フィジカルで競合を収奪する機会は減り、自ブランドのマインドシェアを購買に転換する機会の損失も多くなるというわけです。またトヨディーラーンドシェアなしに購買シェアを獲得するフィジカル収奪力が高いのは、ディーラー店舗数の多さに一因があるということもわかります。
自家用車ブランドとディーラー店舗数との関係をもう少し見てみましょう。下のグラフはディーラー店舗数と、デマンドパワー(メンタルアベイラビリティ)との関係を見たものです。自家用車ブランドのデマンドパワー(マインドシェア)とディーラー店舗数は非常に高い相関を示していることがわかります。
前段のところで、デマンドパワー(マインドシェア)を構成する3要因について説明しました。その中で、ブランドの想起性がデマンドパワーに与える影響が高いという説明をしましたが、自家用車ブランドの場合はディーラー販売店の店舗数とサイネージュを含めた視認性が想起性に大きく影響していると考えられます。
このようにメンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティは相互に密接に関連しています。
分析視点5:フィジカル面における防御力と収奪力のバランス関係
総合的なフィジカルの力を算出するのに用いた、マインドシェアなしに購買シェアを獲得するフィジカルの力(収奪力)と、マインドシェアを購買シェアに転換させるフィジカルの力(防御力)との関係性はどうなっているのでしょうか?下のグラフは国内ブランドについて両者の関係性を見たものです。縦軸は100%を上限とした購買転換率なので、両者は対数的な関係になります。
- ● フィジカルによる防御力が平均より低いとき(購買転換率が60%未満)はフィジカルの収奪力も低い(収奪力の平均2.08%以下)が、もしフィジカルだけで1%を収奪することができればフィジカルによる防御力も飛躍的に向上する。(マインドシェアの購買転換率20%のブランドが収奪力を1%上げれば、購買転換率も50%前後に向上する可能性がある。)すなわち、フィジカルによるメンタルの防御力が低いときは、フィジカルの力だけで競合のシェアを奪うことを考えることが「攻撃は最大の防御」につながる。但し、自ブランドの防御力の欠陥(棚数や棚落ち)が明らかであれば、先にその改善を行うべきなのは言うまでもない。
- ● 防御力(購買転換力)は90%あたりで飽和するのに対し、収奪力には特にキャップ(天井)はない。
- ● 防御力(購買転換力)が80%を超えるあたりから収奪力は急上昇する傾向がある。
- ≫ 防御力(購買転換力)が90%を超えるブランドは全体の2%しかないが、収奪力も8%以上=平均の約4倍以上ある。
- ≫ 但し、防御力(購買転換力)は90%を超えなくても80%を超えていれば(全体の12%)、そのうち約3割の収奪力は6%以上=平均の3倍あり、また約7割の収奪力は4%以上=平均の2倍となる。
以上を踏まえると、以下のことが示唆できると思います。
- ▶ マインドシェアの購買転換率が80%を超す(=防御力が高い)時に、フィジカルへの積極的な投資を行えば、フィジカルによる収奪力が伸びやすく売上シェアも上がりやすい。
- ▶ マインドシェアの購買転換率が60%を下回る(=防御力が弱い)時も、フィジカルへの積極的な投資を行うことで、マインドシェアの購買転換率が改善し売上シェアが上がりやすくなる。その積極策では競合の店頭シェアを収奪することに専念すればいい。(競合への攻撃が自ブランドのマインドシェア防御につながる)
以上の点について、自家用車カテゴリーを例にして具体的に見ていきます。グラフに縦軸はフィジカル上の防御力(マインドシェアの購買転換率)で横軸がフィジカル上の収奪力(マインドシェアなしに購買シェアを作り出す力)は同じですが、マーケッシェアの大きさもわかるとより解釈しやすくなるので、グラフの●の大きさがマーケットシェアを表すようにしています。
- ● マーケットシェアの大きいブランドはフィジカルの防御力も収奪力も高く、グラフの右上象限に位置する。防御力と収奪力がバランスよく強いのが、トヨタ・ホンダ・スズキ・ダイハツ・日産の5ブランド。
- ● マーケットシェアの小さいブランドはフィジカルの収奪力も防御力も低い。もし同一店舗の店頭で競合するFMCGであれば店頭フィジカルで競合収奪力を高めることが自マインドシェアの防御につながるが、ブランドが各自に独立したディーラー店舗を持つ自家用車の場合は店舗数を増やしてエリアカバレッジを拡大することが防御力と収奪力の強化につながる。
- ● マツダ・スバルの両ブランドは防御力で平均を上回るが、収奪力で平均を下回っている。先のグラフで見たように、マツダとダイハツの店舗数はほぼ変わらないのに収奪力に差が生じており、マツダはスバルよりも店舗数が多いにもかかわらず収奪力がほぼ同等となっている。競合の例を見ればフィジカル防御率が70%程度に達すれば収奪力も向上する可能性もあるが、マツダのディーラー店舗の現況を競合収奪力の観点で見直してみる価値はある。
というようなことが読み取れると思います。
この視点5で用いた収奪力と防御力のグラフと、視点4の説明で用いたフィジカルのネットスコアの棒グラフも、収奪力と防御力の両面でブランドのフィジカル力を把握しようという点で概念的には同じことを見ています。違いとしては、視点5のグラフにはマーケットシェアの大きさの視点も加えていること、視点4のグラフでは防御力(マインドシェアの購買転換率)ではなくフィジカルで失ったマーケットシェア%を使っている点が異なります。競合との得失の直截的な比較をする場合は、視点4のグラフの方が向いているかもしれません。例えば、上のグラフだとトヨタのフィジカル防御力は日産より上だということがわかりますが、マインドシェアの防御で失ったシェアはどちらも同じ2.4%ということが前述の視点4のグラフではわかります。(トヨタの方がマインドシェア自体が大きいので、同じ2.4%の逸失でも転換率は異なります)
分析視点6:総合的なフィジカル力とデマンドパワーとの関係性
フィジカル上の防御と収奪を通算した総合的なフィジカル力とデマンドパワー(マインドシェア)との間には弱い相関関係が見られます。弱いながらも相関がみられるのは、カテゴリーによっては両者が高い相関を示す場合があるからです。
デマンドパワーとフィジカルの総合力との相関が高いのは、耐久消費財では自家用車・ファッションで高い。自家用車カテゴリーは先ほど見たようにブランドが固有のディーラー網を保有していることがデマンドパワー(メンタルアベイラビリティ)にも影響していると考えられますが、ファッションの場合も台頭著しいユニクロなどのSPAブランドは多くの直営店を持つことに起因していると考えられます。
デマンドパワーとフィジカルの総合力との相関が高いカテゴリーはサービス系でも見られます。
小売りチェーンの場合はまさに店舗が主体なので当然フィジカルとメンタルの相関が高めになりますが、興味深いのはリテールバンクを中心とする金融サービスでの相関の高さです。
リテールバンキングでは対面店舗での体験がブランドのメンタルアベイラビリティに大きな影響を与えているということを示していると思います。待たせない、丁寧にわかりやすく説明するといった店舗での接遇が衛生要因としてではなく、ブランドに好意的な態度を形成させるドライバーになっているようです。同じ金融系でも、保険セールスや代理店はいても対面店舗を持たない対面店舗を特に持たない保険カテゴリーではフィジカルとデマンドパワーの相関が低いのと対照的です。リテールバンクが消費者向けのブランディングを行おうとするとき、銀行店舗での体験をタッチポイントとして重視すべきということが示唆されます。
また、ヘルスケアブランドではフィジカルとメンタルの相関が高く、コスメを含めたパーソナルケアでは相関が低いのも対照的です。この違いは販売経路がドラッグストアに集中しているか、スーパー・コンビニなど幅広い販売経路に展開しているかの違いに起因しているように思われます。ドラッグストアのような専門店舗とスーパー・コンビニのような総合店舗では、店舗内でのブランドの視認性(想起性につながる)に違いがあるのではないかと推察されます。
分析視点7:アクティベーションパワーと呼ばれる、メンタルによる影響を除外した純粋なフィジカル(店頭要因)力を見る指標
視点6でみたように、耐久消費財やサービス業などのカテゴリーによってはデマンドパワー(マインドシェア)はフィジカルの強さの影響を受けます。あるいは視点3でみたように、特にFMCGカテゴリーのような場合、フィジカルの強さはデマンドパワー(マインドシェア)の強さの影響も受けています。このことはフィジカルとメンタルの相互の密接な関係性を示す事実としてそのまま受け入れるべきだと思いますが、自ブランドの流通力を純粋に評価したいとき、例えば現在の販売チャネルは充分な力があるのか、あるいは自社の営業力自体が足りているのかを判断したいときに、ブランドの持つメンタルアベイラビリティの影響を除外して純粋なフィジカルだけの力を知る必要があると思います。
これまで見てきたようにフィジカルの力はブランドのメンタルの強さの影響を受けるということを前提にすれば、純粋なフィジカル力だけを抽出することも可能になります。具体的には、メンタルの強さから一般的に期待することが出来るフィジカルへの影響を回帰モデルにして、計測されたフィジカルの強さから期待されるメンタルの影響度を差し引いたものが、純粋なフィジカル力となります。(=メンタルの力が同一であったとした想定したときのフィジカルの力)カンターではこの補正値をアクティベーションパワーと呼んで、ブランドのメンタルの力の影響を除外した純粋なフィジカルな力(営業力)の指標としています。
このような補正を行ったアクティベーションパワーと補正を行う前の総合的なフィジカルの力で、それぞれマーケットシェアとの関係を見てみると下図のようになります。メンタルの影響を含んだフィジカルの総合力ではマーケットシェアとの相関がみられるものの、メンタルの影響を均一化したアクティベーションパワーでは全体としてマーケットシェアと無相関の関係になります。その理由は、アクティベーションパワーでは指数の平均である100の前後の狭い範囲に分布が偏っているためです。
下図はアクティベーションパワーの分布を4分位でみたものですが、平均を100とする指数で96から104の狭い範囲に50%のブランドが集中しています。これはFMCGなどの店舗流通の実態を考えればある意味当然のことで、店舗の配荷や棚割りは大半のブランドにとってはほぼ公平になっていることを意味します。店舗の配荷や棚割りで優遇されているブランドも1/4存在しますが、その優遇の程度も平均的なブランドの1.5倍程度を上限としています。同様に1/4程度のブランドは流通で不利な立場にありますが、下限として平均的なブランドの2割減にとどまっています。
同じように4分位でデマンドパワー(マインドシェアを作り出すブランドの力)の指数分布を見てみます。この連載の最初のところでデマンドパワーとマーケッシェアの相関の高さを説明しましたが、右下のグラフはその説明に使ったグラフと同じものです。アクティベーションパワーの4分位との大きな違いは、全体の半数の分布でも指数50から120の間と幅が広く、全体では下限は0に近いものから上限は600近くまで大きな幅を持っています。
また、デマンドパワーの指数も平均が100になりますが、全体的に指数の高いブランドが多く存在するためブランド数の分布の中央値は81となっています。平均値は100ですが、消費者が実際に平均的なブランドと捉えるデマンドパワーの水準は80程度と考えていいと思います(指数100のデマンドパワーのブランドは、消費者が平均的と感じるブランドより強い力を持っている)。
これを先ほどのアクティベーションパワーと比較すると、店舗要員(フィジカル)はどのブランドに対しても概ね平等(平均的)でブランド間でそれほど大きな差は開かないが、ブランドのメンタル要因では不平等と言えるくらい大きな差が開きます。そしてこのブランド間のメンタルの差が売上(マーケットシェア)の違いを生み出しているわけです。
このようにフィジカル要因をメンタルから切り離した独立した要因として捉えると売り上げに対する影響(相関)は低くなりますが、実際はこれまで見てきたように両者は密接に関連して売上シェアを作り出しています。アクティベーションパワーは、ブランドのフィジカル面だけの本当の強さを知る(健康診断)としては有意義ですが、店頭フィジカル要因だけで販売結果を捉えようとするのは適切とは言えません。店頭フィジカル要因だけで捉えると、販売を大きく伸長させる機会や大きく下げてしまう潜在リスクを見失いかねません。メンタル面でのブランドの強さを併せて考慮する必要があります。
下図は先ほど説明したアクティベーションパワーとマーケットシェアの関係図ですが、赤囲みの部分はアクティベーションパワーは高くても(一番上の4分位に属する)マーケットシェアは高くなく、アクティベーションパワーがマーケットシェアをドライブする傾向が見られません。それに対し緑囲みの部分は、アクティベーションパワーの強さは大半が2番目の4分位(平均よりやや高いレベル)にありますが、この領域でマーケットシェアは大きな伸びを示しています。アクティベーションパワー(例えば対流通営業力)が平均をやや上回る程度を備えていれば、あとはマーケットシェアを伸ばすのはメンタルアベイラビリティ次第ということだと思います。
分析視点8:マーケットシェアに対するアクティベーションパワーとデマンドパワーの関係
上の図では、アクティベーションパワーとマーケットシェアの関係を見ましたが、これにメンタルアベイラビリティ(デマンドパワー)の要素を加えたグラフが下図となります。
横軸がマインドシェア(デマンドパワー)の大きさで縦軸がアクティベーションパワー、●の大きさがマーケットシェアの大きさを示しています。これまで説明してきたように、デマンドパワーが高くなればマーケットシェアも高くなる傾向があります。ここで注目していただきたいのが、緑と黄で囲んだマインドシェアが12%を超す場合です。マインドシェアが12%というと大体どのカテゴリーでも上位クラスに入るメンタルの強いブランドとなります。囲みの緑と黄色の違いはアクティベーションパワーが100以上(緑)か、100を下回る(黄)の違いです。この色分けで見ると、緑のブランドの方が圧倒的に数が多い(メンタルの強いブランドはアクティベーションも強い)ということがいえますが、それらのブランドのマーケットシェア(●の大きさ)も高いことです。
つまり、メンタルの強いブランドにとって平均以上のアクティベーションパワーを備えておくことは必須事項であり、それを怠れば本来得られるべきマーケットシェアを失うということを意味します。
この3者間の関係もこれまでと同様に自家用車カテゴリーの例で見てみましょう。前に説明した通り自家用車カテゴリーはディーラー店舗を介在してフィジカルとメンタルが密接な関係にあります。そのため、デマンドパワーからの影響を均一に補正したアクティベーションパワーと比較しても、まだ両者に相関がみられます。アクティベーションパワーの補正を行ってもこのような相関が出る時は、両者には構造的に密接な関係性があると考えた方がいいと思います。自家用車の場合は販売店舗(ディーラー)が特定ブランドだけで独占されているという特殊性が、構造的に密接な関係を作り出していると考えられます。
自家用車カテゴリーではデマンドパワーとアクティベーションパワーに相関があるため、グラフは左下から右上に向かって直線的な傾向が見られますが、それでもマツダはデマンドパワーの方が相対的にやや高い傾向が見られ、ダイハツやスバルはアクティベーションパワーの方が相対的に高い傾向が見られます。
自家用車はデマンドパワーとアクティベーションパワーが相関しているやや特殊の例なので、前段の視点2のところで紹介したヨーグルトカテゴリ―(ヤクルト)の例もより一般的なケースとして紹介しておきます。
アクティベーションパワーとデマンドパワーが独立(無相関)している場合、相対的にデマンドパワーが強いブランドと、アクティベーションパワーが強いブランドに分かれやすくなります。視点2の例では、ヤクルトはマインドシェアが高い割に販路が限定されているためマーケットシェアにつながっていないという分析をしましたが、このグラフをみればマインドシェアがほぼ同じR-1と較べてアクティベーションパワーが低く、そのためマーケットシェアが伸ばしきれていない、ということがより明確にわかります。また左上象限にあるブランドは今はアクティベーションパワーに支えられているが、マーケットシェアを上げていくためには今後はマインドシェアを高めていくことが大事ということがわかります。
分析視点9:アクティベーションパワーの対デマンドパワー比率
前のグラフではアクティベーションパワーとマーケットシェアとメンタルアベイラビリティ(デマンドパワー)の関係を見ましたが、それと同じことをこの指標でも見ています。但し、アクティベーションパワーに変えてアクティベーションパワーの対デマンドパワーの比率を用いています。比較する相手がデマンドパワーなので両者の関係は当然ながら対数の関係になります。つまり同じことを見ているのですが、前のグラフでは無相関に分散していたブランドが、回帰曲線状に並ぶという特徴があります。このグラフの特徴を活かして、自ブランドがフィジカルvs.メンタルのバランス上のどの辺お位置にいるかをシンプルに把握することが出来ます。
アクティベーションパワー比率の1.0は、アクティベーションパワー指数とデマンドパワー指数が等しいことを示します。アクティベーションパワー比率が1.0より小さくなるほど=デマンドパワーが高くなるほど、●の大きさであるマインドシェアが大きくなることがわかります。アクティベーションパワー比率が1.0となるのは、大体マインドシェアが4%から8%の時が多いようですが、マインドシェアがそれ以上の高さを占めるとアクティベーションパワー比率が小数点となりどんどん小さくなります。つまりマーケットシェア(●の大きさ)はマインドシェアの高さでドライブされるようになります。それに対して、マインドシェアが4%を下回る時は、マインドシェアが低くなるほどアクティベーションパワー比率が高くなります。これは指標7の4分位分布でみたように、アクティベーションパワーの指数分布は平均前後に集中していることによります。(どのブランドもほぼ同じ程度のアクティベーションパワーが得られているため、デマンドパワーが小さくなるとアクティベーションパワー比率は高くなる。)この領域にあるブランドのマーケットシェアは小さいものが多いのですが、そのマーケットシェアは主にフィジカル(アクティベーションパワー)で支えられていることになります。
アクティベーションパワー比率の高低に関わらずマーケットシェアはメンタル(マインドシェア)によってドライブされるわけですが、マインドシェアがまだ小さいときは(グラフの左上象限にあるときは)フィジカルで支えられているのでフィジカル上の守りも重要ということが示唆されます。この領域にあるブランドは、もし経年でアクティベーションパワー指数が落ちたら要注意で、フィジカル面での強化策を考える必要があります。この領域のレベルのマインドシェアの強さではフィジカル面を充分サポートする力がまだないのですから、メンタルよりもフィジカル面での強化を優先すべきと思います。
この指標(アクティベーションパワーの対デマンドパワー比率)を使って、同じ自家用車カテゴリーをグラフにすると左下のようになります。右下象限のブランドのマーケットシェアは主にデマンドパワーに支えられていることになり、左上象限のブランドは主にアクティベーションパワーに支えられていることになります。右下は2023年と19年のアクティベーションパワーの比較です。23年にアクティベーションパワーを大きく落としているのは、マツダ・BMW・ミニです。マツダはデマンドパワーの比率がほぼイーブンなので、アクティベーションパワーが落ちてもデマンドパワーの力で補うことも可能です。それに対し、BMWとミニの場合は、アクティベーションパワーに大きく依存しているのでアクティベーションパワーを落としたことがマーケットシェアに影響する危険性があり、早期に改善すべきであることがわかります。
アクティベーションパワーの比率を指標に用いると、ブランドの現状をこのようにシンプルに把握することができます。
先ほどヨーグルトカテゴリ―の例も紹介したので、アクティベーションパワーの比率を指標にするとどうなるかも紹介しておきます。但し、2019年以前のデータがデータベースにないので経年比較はしていません。 グラフが示唆することは指標8のグラフとほぼ同じ(ヤクルトはデマンドパワーはR-1とほぼ同じだがマーケットシェアに差がある。その差はアクティベーションパワーの比率の低さに由来する)ですが、指標8のグラフではアクティベーションパワーとデマンドパワーのどちらも高かったブルガリアとR-1が、どちらもメンタルに支えられているブランドに分類されるのが違いとなります。同様に、アクティベーションパワーとデマンドパワーのどちらも低かったブランドは、フィジカルに支えられているブランドにまとめられています。
以上自ブランドのフィジカルアベイラビリティを把握・理解するための指標と分析視点を9つ紹介してきました。実際の実務では、必ずしもこれら9つの指標を全て参照する必要はなく、カテゴリーやブランドの現状課題に合わせて適宜選択すれば足りると思います。とはいえ、これまで説明してきたようにブランドのメンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティは相互に密接に関連しており、その関連の仕方はカテゴリーやブランドによって異なるので、その違いを頭に入れておくことが自ブランドのフィジカルアベイラビリティの理解と活用に重要となってきます。9つの指標の説明を通して、その違いのニュアンスを理解していただけたとしたら幸いです。
カンター・ジャパンでは、ご要望に応じてここでご紹介したMDFモデルやフィジカルアベイラビリティの9つの指標を用いたアドホック調査を実施することが可能です。また、BrandZのデータベースから特定カテゴリーのケースをご紹介することも可能ですので、ご興味のある方は弊社までお気軽にお問い合わせください。