2023年は、世界的に不況が予想されています。そして、そのような危機は、過去に何度も訪れています。それらの危機に対して、個々のブランドがどのように対処したか、実証的な検証がされており、多くの学びが存在しています。
この記事では、歴史から学んだ不況時におけるマーケターの3つの対処法をご紹介します。
「老眼」は、年齢と共にやってきます。40代に入ると、突然遠くにあるものがはっきり見えたりすることが起こります。「老」という文字が使われていることからも分かるように、年齢層としては上の分類に入ることになります。視力の話だけではなく、時間をかけてさまざまな経験を積むことは、近くにあるものよりもその先にあるものについて見通しをつけやすくしてくれます。
この記事では、ビジネスにおいても「老眼」的な状態である方が良い理由を説明します。インフレや不況などのあらゆる種類の金融危機の先を見通す能力を持つマーケティング担当者は、危機によって打ちのめされることはありません。むしろ、それを逆手にとって、サクセスストーリーに変えてしまいます。
マーケティング予算の管理:投資し続ける(ただし、例外あり)
2008年に、リーマンショックによる世界的な経済危機の中、世界中でFinancial Timesのポスターが、広告費を削減しようとする企業を思いとどまらせようとしていました。「不況時は広告費削減」というのは、ジョークになるほど「マーケターあるある」な話ですが、過去の不況から私たちが学んだことは、Financial Timesが言うように広告費を削減しない方が良いということです。過去の経験から、不況時においてマーケティングがどうあるべきかの全貌はほぼ見通すことができる状況です。専門家たちは、「マーケティング投資を維持せよ」と述べ、いずれも納得のいく理由を提供しています。
ただ、あなたのカテゴリー自体が縮小傾向にあり、不況が明けてもリバウンドが期待できないのであれば話は違ってきます。というのも、あるカテゴリーの製品群が縮小傾向にある時に、市場シェアの拡大が収益性につながるとは限らないからです。例えば、ノキアが没落する直前、ノキアの市場シェアはまだ伸びていましたが、カテゴリー全体は徐々に縮小していきました。私たちのアドバカテゴリ市場やカテゴリーで何が起こっているかを常に認識し、消費者の新しい状況に対応することです。
優先順位というアート
消費者は、優先順位をつけることに慣れています。良い時も悪い時も、人々は自分のニーズとウォンツを優先順位の高い順に評価しています。こっちは節約をして、こっちにもっとお金を使おうといった具合です。
物価の上昇に伴い、消費者はこの優先順位付けに力を入れています。最新のグローバル・イシュー・バロメーターでは、世界人口の4分の3(73%)が、自分の収入がインフレに追いつくとは思っていないことを憤慨しながら認めています。その上で、自由回答質問では、物価上昇に対処するために、どのような手段を取っているかの詳細を熱心に説明してくれています。
このように、消費者がニーズとウォンツを「自己選別」している間に、企業もまた課題を管理し、優先順位をつけなければならないというプレッシャーにさらされています。当然ながら、企業の生存必須条件は、「節約される」側にならないことです。そして、できることなら「価値ある存在」として優先順位リストの安全圏に位置し続けることです。
「節約される」側にならないためには?
この新しい危機も、次の危機が表面化する前に過ぎ去ることでしょう。私たちは、データをもとに少し遠くを見る方法で、一連のディスラプションがやってくることを予見しています。そのためにも、皆さんにも少し先を見越していただくことを推奨します。これからご紹介するエビデンスに基づく3つのマーケティング対処法を参考にしていただき、近視眼的になりすぎないようにしましょう。
1. 穏やかな気持ちで広告を継続する
広告というのは、大手企業のものであろうと中小企業のものであろうと、なぜ買われなければならないかを人々に思い出させるものです。なぜなら、記憶されるブランドは買われるからです。LinkedInのB2B研究所が、企業に「クリックできる広告よりも記憶に残る広告」を作るよう、遊び心を持ってアドバイスしているのはそのためです。
ここから、以下の2点をカバーする形で、マーケティングの重要な役割とそれを維持することの重要性を示す2つのケーススタディをご紹介します。
- ブランドの記憶(短期的な記憶の上に、時間をかけて構築された長期的な記憶)が、短期の売上に貢献する役割について
- ブランドの記憶が、今後何年にもわたって、企業の収益水準に与える影響について
さらに、アナリティクスと時系列データを使って、クライアントのために実際のシナリオをモデル化し、シミュレーションを行った例もご紹介します。その結果は、短期的な記憶の差分は翌年の余剰広告で是正することが可能であるものの、長期的な記憶、ひいては長期的な売上へのダメージを修復するには、さらに数年、当初のカット分以上のメディア投資が必要であることがわかりました。
ケーススタディ1: ブランドエクイティへの長期的な影響
安定した市場シェアを持つ英国の大手飲料ブランドは、A地域への広告投資を継続しながら、B地域では1年間広告をストップすることを決めました。この不況時のマーケティングの方向性の選択による影響は以下の通りでした。
- メディア投資の主な効果は、シェアを伸ばすことよりも、シェアを維持することであった。
- B地域で広告をストップした翌年(3年目)にマーケティング投資を再開しても、失われた市場シェアを回復することはできなかった。
- その結果、このブランドはB地域での一時的判断で、長期的にマーケットシェアを失うことになってしまった。
この事例のメッセージは明確です。短期的な損得のために行う判断は、長期的な影響も与えるということです。そして、広告投資を止めることの累積的な影響は、ブランドの将来の収益性に破壊的な打撃を与える可能性があるということです。
ケーススタディ2: ブランドエクイティの長期的な影響
ドイツの大手通信ブランドは、2022年半ばまでにすべてのメディア投資を削減または廃止しなければならないというプレッシャーにさらされていました。時系列での重回帰分析を用いて、メディア投資によるブランドの記憶をモデル化し、効率性を把握した上で、6ヶ月間の広告ストップがもたらすであろう影響をシミュレーションしました。その結果、次のような結論に達しました。
- 短期記憶、長期記憶ともに下落が激しい。
- 回復は可能だが、同じレベルに戻るには追加投資と数ヶ月が必要。
この事例のメッセージも明確です。広告の中断による長期的な記憶と長期的な売上へのダメージを修復するには、長い時間がかかり、景気後退前よりも多くのメディア投資を必要とするということです。
ASOSは長期にわたるブランドへの投資不足を後悔し、Airbnbは「過去最高」の第4四半期決算に歓喜し、ここ数ヶ月のヘッドラインを飾りました。この2つの話の教訓は、ブランド構築のための広告への継続的な投資は、長期的にはブランドにとって非常に有益であるということです。
2. 穏やかな気持ちで欲しいマーケットシェアを追求する
マーケットシェア(SoM: Share of Market)よりも、広告投資額のシェア(SoV : Share of Voice)が大きいブランドは成長する傾向があると断言できる十分な経験則があります。逆に、SoVがSoMより小さいブランドは、衰退する傾向があります。
レス・ビネとピーター・フィールドによるIPAデータバンクの分析では、ブランドの経年成長率は、SoVとSoMの差に比例することが示唆されています。これは通常、超過SoV (eSoV: extra share of voice)と呼ばれています。
どれくらいの超過が良いのか?
KANTARは、超過SoVが不況下でのブランドの成長に与える影響を評価するために、世界中の数百のカテゴリーで超過SoVの影響を分析しました。
- いくつかのカテゴリーは非常に敏感です。例えば、ヨーロッパの飲料カテゴリーでは、超過SoVが10ポイント上がるごとに、ブランドは年間1.52ポイントの市場シェア拡大が期待できます。
- しかし、他の多くのカテゴリーでは、感度はかなり低くなります。平均して、ブランドは、年間1ポイントのマーケットシェア成長を促すために、20ポイントの超過SoVを維持する必要があります。
これは、ほとんどのケースにおいて、コミュニケーションに対する市場シェアの反応がいかに遅いかを示しており、長期的な効果を測定することが非常に重要である理由を示しています。先に述べたように、メディアへの投資は、市場シェアを拡大するよりも、むしろ維持することを主な目的としています。
大きな市場シェアの拡大を目指す賢いマーケティング担当者は、より強力なクリエイティブと優れたメディア展開によって、マーケティング予算をより有効に活用して、この平均値を上回ることを狙っています。
ほとんどの企業は、売上の8%~12%をマーケティングに費やしています。しかし、このベンチマークは、より高いレベルを目指す企業によって簡単に破られます。ByteDance(TikTokの親会社)が190億ドル(売上の31%)をマーケティングに費やしたというニュースは驚くべきことではあるものの、それは彼らがそれまでの成長軌道の延長上で満足せずに、欲しいマーケットシェアを追及しているからです。
市場シェアの獲得と喪失には、メディア費用が重要な役割を果たすことが証明されています。そして、データは、危機的な状況下で競合が沈黙している時にメディア支出を増やすと、さらに有効であるということを示しています。Alex BielとStephen Kingは、その証拠を提示しています。彼らは、Profit Impact of Modern Strategyのデータベースで、景気後退期と成長期の消費者ビジネスを分析し、前者の方が利益が大きいことを発見しました。広告費が20%以上増加したブランドは、景気後退期には+0.9ptのマーケットシェアを得たのに対し、成長期には+0.5ptのマーケットシェア伸長だったのです。「つまり、市場全体が軟調なときほど、広告費を増やすことでシェアを拡大できる可能性が高いようです。」と彼らは述べています。
食品コングロマリッドであるケロッグが2008年の不況下において、シリアルマーケットでの有意的な地位をさらに強めた事例はよく知られています。ケロッグは、競合であるポストが広告費を削減する中で、広告費を2倍にしました。より最近の事例としては、新型コロナのパンデミックの中で、P&Gとコカ・コーラの事例でこの理論が再確認されました。パンデミックに際して、危機のたびに成長してきたP&Gは、今回も投資をむしろ強化することで成長したのに対して、コカ・コーラは投資を一時的にストップしたことで競合のペプシに成長機会を与えることになってしまいました。
3. 穏やかな気持ちで利益に集中する
利益は汚い言葉ではありません。インフレの時代でさえもそうです。そして、私たちの多くは、不当利得行為と利益の事例が増えていることに多少の憤りを感じていますが、マーケターの役割は収益性を高めることに変わりありません。
優れたマーケティングは、大きな利益につながります。ブランドが強ければ強いほど、価格決定力が高くなり、利幅が大きくなります。そして、それは私たちだけが言っているのではありません。IPAデータバンクを用いて、BinetとFieldは、不況時に超過SOVに投資することが長期的な利益につながること、また「価格感応度の低下」をキャンペーンの目的(シェア獲得やシェア防衛)とすることで、得られる利益は比較にならないほど大きくなることを証明しています。
しかし、消費者が値下げを求める時代に、どのようにしたらブランドは消費者に値上げを納得してもらえるのでしょうか?
その答えは、ブランドエクイティのさまざまな側面を測定するために設計されたフレームワーク、Meaningfully Different framework (MDf) にあります。プライシングパワー(高値行使力)は、「意義性」「差別性」「想起性」の3つの要素を組み合わせて定量的に算出される正確な指標です。このうち、意義性と差別性はブランドのプライシングパワーの94%を説明して、想起性はわずか6%を説明するに過ぎません。
意義性と差別性がプライシングパワーに影響を与える
では、このことが不況時のマーケティングプランにどう影響するのでしょうか。
- ブランドがどんな意味をもっているのかが認識されるのに加えて、他のブランドとは違うと認識されればされるほど、より価値が高まる。
- 人々は、ライフスタイルの全ての側面を安っぽくしたいとは考えておらず、優先順位をつける際に、意義ある差別性を持つブランドをリストの上位に置く。
ここでは、ユニリーバの事例が際立っています。ユニリーバは、100年以上にわたって、人々が買いたくなるようなブランドを作り続け、節約の対象になることを避けてきました。ユニリーバは、コモディティ・ビジネスで活躍することも可能ですが、ブランド・ビジネスの道を優雅に歩んでいます。最近発表された四半期決算は、プライシングパワーの概念とそれが健全な利益率に直結していることをさらに立証しています。
価格から価値へ
多くの人にとって、支出に関して無関心ではいられないものです。私たちは、何かにお金を払うたびに痛みを感じています。行動科学者はこれを「支払いの痛み」と呼んでいますが、この痛みは生活費が上がれば上がるほどより深刻になります。
一方、企業はそれとは別の痛みを感じています。コスト増の中で利益を確保しなければならないため、シュリンクフレーション(縮小販売)に走る企業があります。消費者に気づかれないことを祈りながら、同じパッケージで、より少ない商品を提供します。しかし、消費者は即座ではないにしろ必ずそれに気づくのです。
また、混迷の時代にあって、別の道を歩んだ企業もあります。例えば、Genki Forestは、ヘルシーというポジショニングで若い層を狙うことにし、競合他社の半分の時間で、糖質0、カロリー0、脂肪0という新商品を開発しました。マギーとインドKFCは、ポップコーンチキンと麺のフュージョン・ボウルを提供し、そのパートナーシップの成功によって消費者に2倍の価値をもたらしました。Cafuは、ドライバーの時間と労力を節約するまったく新しい燃料補給の選択肢を生み出しました。
消費者の生活の中で、何が自分たちを特別な存在にしているのかを堂々と示しているブランドはたくさんあります。消費者の倹約志向をポジティブに受け止めた上で、ブランドがもたらす具体的な便益、つまり、最も必要とされるときにもたらす余剰価値について明確に語っているのです。これらのブランドは、消費者を理解し、共感を示し、不況下でも本当に成長が可能であることを証明しています。
ブランドを強化することで、消費者にも手の届く形でプライシングパワーを維持することができるのですから、そこに矛盾はありません。価値を生み出す資産としてブランドを重視することで、自社の利益と消費者の利益を一致させることができるのです。なぜなら、消費者の選択は、現在も将来も、常に意義ある差別性を持つブランドに傾くからです。
翻訳/編集: 関井 利光
原文:https://www.kantar.com/inspiration/brands/modern-marketing-dilemmas-how-should-marketers-stand-up-to-recession?
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