
【第二部 戦略篇】 MDS指標を用いたブランドポートフォリオ戦略の考え方
基礎篇 ポートフォリオの共通基盤となるMDS指標 :https://kantar.jp/79528/
戦略篇 [その1]MDS指標でみたブランドの現状 :https://kantar.jp/81173/
[その2]MDS指標を用いたブランド強化の考え方
(2-1)意義性・差別性の「勢い」を含めて理解する ◀いまここ
本記事はシリーズ構成の続編です。 前回の記事をお読みいただくことで、背景や用語がスムーズにつながり、理解がぐっと深まります。
まだご覧になっていない方は、ぜひ前回からお読みください。
この講座ではマーケティングの観点からブランドのポートフォリオ管理について説明を行っています。
前回までは【基礎篇】として、ポートフォリオ管理の共通基盤となるMDS指標の説明を行ってきました。
今回からは新たに、MDS指標を用いたポートフォリオの戦略的な展開の仕方を【戦略篇】として説明していきます。
[戦略篇 その2]MDS指標を用いたブランド強化の考え方
(2-1)意義性・差別性の「勢い」を含めて理解する
ブランドの持続的成長は、偶発的な結果ではなく、戦略的な設計によって導かれるものです。カンターが提唱する「意義性」「差別性」「想起性」の三要素(MDS指標)を軸に、第1章ではブランドポートフォリオの可視化と管理手法を体系的に解説しました。生活者との関係性を深く理解し、競争環境の中で優位性を築くための理論的枠組みが提示されています。
第2章では、これらの知見をいかに実務に落とし込み、ブランド価値を最大化していくかを探っていきます。
意義性や差別性でブランドを強化する際のガイドライン
ブランドが市場優位性を獲得するためには「意義のある差別性」を高めることが大切ですが、単に差別性や意義性の指数を上げれば済むのではなく、これまで見てきたように「知名度からの期待値を上回る」ことも大事な要素になります。
指数が低くてもそれが期待値を上回っていればブランドは有利な条件を持っていると言えますし、差別性や意義性の指数が高くても期待値を下回っていれば効果が薄くなってしまい改善策が必要です。このように指数だけでなく期待値とのギャップも併せて見ることで、より効果的なブランド強化方法の示唆を得ることができます。
指数と期待値とのギャップの組み合わせは4パターンしかありませんが、それぞれのポイントは下記のとおりです。

■指数が高く期待値も上回っている場合、ブランドは成長ドライバーを持つ強いブランドとみることが出来ます。こうした時は、その強さを最大何処まで活用できるかを考えます。
■その逆に、指数も低く期待値も大幅に下回っているような場合は、ブランドがこのままであればいずれ必ず「負ける」結果になります。そうなる前に、状況を打破するための大きな意思決定が必要となります。
■ただし、指数が低くても期待値を大きく上回っていれば、ブランドには伸びる「勢い」があるとみることができます。「勢い」があることさえわかれば、やり方次第でブランドをもっと強くすることが可能です。
■その反面、指数は高くても期待値を大きく下回る場合は、指数の高さに見合った効果が出ない場合があります。指数的には高く算出されても、そのブランドの知名度を考えればもっと高いパフォーマンスがあってしかるべきだと消費者に思われてしまえば、(指数は高く出ても)結局はそのブランドはパフォーマンス不足とみなされてしまうからです。
上記の4パターンの他に、現実的には「指数も平均的で期待値とのギャップも大きくなく、ありふれたスコアに陥っている」というパターンが一番起こりやすいと思うのでそれも加えた5パターンについて、一般的に行われることが多い施策・強化策にはどのようなものがあるかを順に説明していきます。
■指数は低くてもブランドには勢いがある
こうしたブランド(指数は低くても、期待値を上回っている)の場合、やり方次第で効果的にブランドを成長させることができます。具体的に行える施策には以下のようなものがあります。
- より多くの人にとって意義が感じられるような(=コミュニケーションを行う。それによりユーザー層が拡大し意義性が向上する可能性がある
- 【差別性】について期待値を上回るのであれば、ブランドの価値(プライシングパワー)が際立つような価格設定を考えてブランドの差別性を高める
▶︎ブランド価値(プライシングパワー)が高ければ、①値上げをすることで知覚価格も高くなり、価格面からもブランド価値をより強化することができ、あるいは②値下げをすることでブランドが持つ「価格以上の価値」をより高めることが出来る
▶︎一方で、ブランド価値(プライシングパワー)がまだそれほど高くなければ、①値上げをすることで知覚価格をあげ、「高価格品は品質がいい」という消費者のパーセプションを活かして価格面から先にブランド価値を高めることができ、あるいは②値下げをすることでブランドの価格自体を下げて現時点のプライシングパワーでも「価格以上の価値」が大きくなるようにする
▶︎値上げなのか値下げなのかはブランドが置かれている環境によって慎重に考える。その際、①市場で一般的な価格弾力性に対しブランドの価格弾力性には違いはあるか(価格設定を変えたコンジョイント調査を行えば明らかにできるが、弾力性がより高ければ値下げ、より低ければ値上げに適している)、②知覚価格と実勢価格の間にどの程度のギャップがあるか(知覚価格が実勢価格より低ければ値下げ、知覚価格が実勢価格より高ければ値上げに適している)を参考にする - 【意義性】について期待値を上回るのであれば、①配荷件数やフェース拡大や大量陳列機会の獲得、②店頭価格の値下げや特売等の店頭フィジカル面の強化を行い、ユーザーのブランド体験機会が増えるようにしてブランドの意義性を高める
■ブランドには改善余地がある
このブランド(指数は高くても、期待値を下回っている)の場合、実際の市場では指数の大きさ程の強さがでていない可能性があり、指数が高くても改善策を講じる余地があります。具体的な改善方法には以下のようなものがあります。
- どの競合ブランドに対し自ブランドのどこを強化すべきか?を明らかにする・・・知名度からの期待値を下回るかどうかは、市場の競合ブランドの知名度等の兼ね合いで相対的に決まってくるので、どの競合ブランドと較べてどれ位期待値が下回っているのか(みんな下回っているのか、自ブランドだけ下回っているのか)を明確にしたうえで、どのブランドに対して何を強化すべきかを考える。その施策を行った後は、実際に効果があったかを検証する。
- 価格プロモーションをやり過ぎてないか? を見直す・・・目先の売上効果の誘惑により値引きプロモーションを濫発すると、ブランドの価値や意義が低下し、ありがたみ=勢いを失ってしまう。もし、この疑いがあれば値引きプロモーションが濫発とならない程度に自制・自粛を行ってみる。
- コミュニケーション上でブランドメッセージは一貫しているか?を見直す ・・・ブランドが他のブランドと混同されてしまっている場合も、「期待値を下回る」結果となりやすい(実際は下回っていなくても混同されているため、そのような評価となってしまう)。
コミュニケーション上でブランドが混同されないような識別性を高めたり、メッセージを常に一貫させることで混同が起きにくくなる工夫をする。化学作用で言う「凝集力」をコミュニケーション上でも発生するようにする。
■ブランドには成長ドライバーがある
このパターン(指数は高く、期待値も上回っている)の場合、ブランドには成長ドライバーが備わっていて現時点で既に強いブランドといえるので、そのブランドの強さをどこまで最大化できるかを考えます。既にほぼ最大化されている可能性が高いのですが、その場合は「まだ手が付けられていない」ホワイトスペースを探してそこに手を伸ばすことでブランドの最大値を更に拡張さることを考えます。具体的な拡張のさせ方には以下のようなものがあります。
- このパターンのブランドは差別性・意義性・想起性のいずれの指標も高くなるが、これらの指標は顧客のマインド面の状態を示す。
ところがブランドの売上には顧客のマインド面だけではなく、販売・流通等のフィジカルアベイラビリティ(市場要因)に起因する面もあるので、既に十分に強いマインド面以外にフィジカル面でも何か強化できる余地はないかを見直してみる・・・
ただし、BrandZのデータベースからは、マインドシェアが高いブランドはフィジカルアベイラビリティも高くなる傾向があることがわかっているので、このパターンのブランドではフィジカル面が弱いということは考えられないので、フィジカル面での伸びしろ(ホワイトスペース)を探すことになります。 - 更にブランドの収益性を向上させる機会を探る・・・端的に言えば、ブランドの値上げによる収益の向上を検討します。このパターンのブランドではプライシングパワーが高くなっているので、もし現在の実勢価格が汎用価格のブランドであれば価格値上げや、プレミアム価格のサブブランド導入が考えられます(ただし、実勢価格よりも知覚価格が低い場合は要注意)。一方で、現在の実勢価格が既に高い場合は、もし高い価格弾力性が期待できる場合は、値下げによる収益額の増加を検討してみます。
- 新しいカテゴリーエントリーポイントや他カテゴリーにブランドを拡張する・・・現状で既にブランドの強さが最大化されていれば、現在の市場売上が飽和化してしまい将来の成長性が鈍るリスクもあるので、積極的にブランドのホワイトスペース拡大を検討します。
カテゴリー内でのシェアが成熟していれば新しいユーザーと新しいカテゴリーの使い方を開拓すること(例えば、先ほどの牛丼の例であれば、塾に通う小学生の夜食になる栄養価と消化にいい牛丼等など)を考えてみます。
あるいは、強いブランド力を活かして新たなカテゴリーに進出すること(牛丼の例であれば既に冷凍食品やホームデリバリー等の隣接カテゴリーに進出しています)を検討します。新しいカテゴリーでも強いブランド力が発揮される可能性があれば、検討する余地があります。 - ロゴや商品名以外にブランドの識別性を高めるブランドキューをブランドアセットとして育てる・・・改善余地があるブランドのところでも述べたように、コミュニケーション上でブランドの識別性を高めブランドの混同を避けることは重要です。あるいはブランドコミュニケーションの一貫性が高くなると、ブランドに「凝集力」が生まれブランドの想起性がさらに上がりやすくなります。
コミュニケーション上でこうした一貫性を高めるためには、ロゴや商品名以外にブランドを強く連想させてくれる手がかりを持つことが役に立ちます。ブランドが既に強い力を持っていれば、こうしたアセットも育てやすくなります。
■このままだと必ず負けるブランド
ブランドの意義性・差別性の指数が低く、期待値も下回っている場合、ブランドが今後成長する可能性は低くこのままでは必ず負けてしまうことになります。そうなる前に戦略的に重要な意思決定を行い、状況打破を試みる必要があります。その戦略的選択肢には撤退も含まれます。戦略的な検討事項には以下のようなものがあります。
- 市場理解とブランド戦略の根本に戻る・・・ブランドの差別性のどこが弱いのか、その弱点を補強してブランドの差別性を強化できる可能性はあるのか?ブランドライフサイクルのところで説明したように、このパターンはライフサイクルの初期段階で起こりやすいので、この局面では意義性強化より差別性強化を優先する
- 競合は何が強いのか?・・・市場のどの競合ブランドの何が強いのかを把握した上で、機能面でも情緒面でもいいので、競合がまだ強みにできていない領域で自ブランドが先取りできそうな領域を探し、自ブランドの強みや他のブランドにはない特長を作り出すようにする。多くの場合、新しい領域を先取りしたことが認知されるだけで差別性評価につながります。
また、先に説明したように差別性は期待値を上回ることで指数も上がりやすくなる相関関係があります。低い水準にある指数を平均以上にまで引き上げようとしても何をしていいかわからなくなりますが、現在の低い知名度から期待される程度の水準から少しでもレベルを上げる(=この知名度のブランドならこの程度しかないだろうという消費者からの想定を常に上回る)小さな努力を積み重ねることで差別性は向上できます。いわゆる「隗より始める」ことが大切です。 - 上記を明らかにせずに積極的に販促投資をしても無駄打ちに終わる危険性が高い・・・状況を打破するためには積極的な投資(への意思決定)が必要ですが、上記の分析をおこない差別化を強化する道筋がプランされていないと投資が無駄打ちに終わる危険性がありますので注意が必要です。
■あまりにも平均的過ぎて“凡庸”なブランド
実際の市場ではこのパターンのブランドが多くなると思いますが、特に大きな欠点もなく無難な反面、ブランドの長所や利点がはっきりしないため成長できずに停滞してしまうパターンです。何とかしてこうした「平凡さ」から脱してみせることがブランドの成長につながります。その際に検討すべき項目には以下のようなものがあります。
- ブランドポジショニングは、戦略的に明確で的が絞られているか?・・・差別性や意義性でブランドの特長や個性がでるようにあらかじめ「作戦化」されていなければ、凡庸からネ家出すことはできません。現在のブランドポジショニング戦略を見直して、この「作戦」通りにいけば差別性や意義性が強化されることになるか見直します。必要であればブランドポジショニングに修正を加えます。
- コミュニケーションはシンプルで判りやすく、一貫しているか?・・・改善余地や成長ドライバーのパターンのところで説明した通り、意義性や差別性の指数が平均を上回っていてもコミュニケーションでブランドの混同を招いていると効果が薄れてしまいます。ブランドのコミュニケーションを常にシンプルで判りやすし、どのキャンペーン、どのタッチポイントでも一貫させるようにすると、それだけで「凡庸」を抜け出せる可能性があります。
消費者が感じる凡庸さ(ありふれている)とは、メッセージの中身が平凡なことだけに限らず、メッセージが判りにくく興味がわかずに「無視」されていることも結構多いからです。まずはコミュニケーションのメッセージの内容が「すぐに伝わる」ようにする必要があります。メッセージの内容が凡庸かどうかはその後の問題です。 - ブランドキュー(ロゴや商品名以外に識別性を高める資産)はあるか?それはタッチポイントで上手に活用されているか?・・・上述したコミュニケーションの一貫性にはロゴや商品名以外の「ブランドキュー」が役立ちます。ブランドには今現在どのような「キュー」があるのか棚卸をしたうえで、アクティブなブランドキューをタッチポイントで活用することでブランドコミュニケーションの一貫性は強化されます。
- 情緒的な便益を競合よりもうまく使えているか?・・・成熟化した市場では機能的便益が飽和化して競合との差別化になりにくいということが起こります(新技術を開発してもすぐに模倣され陳腐化してしまう)。このような時には、消費者が求める情緒的便益を活用します。
その場合、ブランドが提供する情緒的便益が他のブランドにはないオリジナルなものとなるように、他のブランドと被らないようにポジショニングする必要があります。スポーツシューズでは機能的便益だけでなくこの情緒的便益をうまく用いることで、スポーツアパレルまでマーケットを拡大することに成功しています。 - 意義のある想起性が既にできているか?・・・意義のある想起性はブランドの市場優位性を高めますが、既に想起性が高いブランドに限られます。それに対して意義のある差別性の場合は想起性が低くても差別性が高ければ強化することが可能です。もし、意義のある想起性がまだできていなければ先に意義のある差別性を強化することを考えます。
ブランドのライフサイクルで説明したように最初に差別性を上げてそれから意義性を上げておくこと(=意義のある差別性を作っておくこと)で、意義性の力で想起性を上げる「意義のある想起性」も作用しやすくなります。
以上が5パターンごとに何をチェックしてどう対策すればいいかの目安となります。下図に上記で説明したポイントを一覧にしましたので参考にしてください。

まとめ:
- 指数と期待値のギャップを見極める
ブランド強化には、単なる指数の高さだけでなく、期待値とのギャップを把握することが重要。 - 勢いのあるブランドは戦略次第で伸ばせる
指数が低くても期待値を上回っていれば、適切な施策で成長可能。 - 指数が高くても期待値を下回る場合は改善が必要
競合比較や価格戦略、メッセージの一貫性を見直すことで効果を高める。 - 強いブランドはホワイトスペースを探す
既に成長ドライバーを持つブランドは、新たな市場やカテゴリーへの拡張を検討。 - 凡庸なブランドはポジショニングと識別性が鍵
平均的なブランドは、明確な戦略と一貫したコミュニケーションで脱凡庸を目指す。
ブランドの成長には、タイミングと文脈の理解が不可欠です。次回は、ライフサイクル別に勢いのあるブランドの特徴を分析し、実務に活かせる示唆をお届けします。戦略立案の精度を高めるヒントが詰まっています。お楽しみに。