マーケッターのためのブランド戦略

競合環境に勝つブランドポートフォリオ戦略と市場分析による成長戦略の立て方④
~ブランドのポートフォリオは何をゴールにして、どのように管理すればいいのか?~

【第二部 戦略篇】 MDS指標を用いたブランドポートフォリオ戦略の考え方


基礎篇 「ポートフォリオの共通基盤となるMDS指標の説明」 https://kantar.jp/79528/
 
戦略篇 「MDS指標からみた10パターンのポートフォリオ戦略の説明」
    (1-1)マップのポジショニングから考える① https://kantar.jp/81173/
    (1-1)マップのポジショニングから考える② :https://kantar.jp/81354/
    (1-1)マップのポジショニングから考える③ :https://kantar.jp/81690/
    (1-2)グラフの波形から考える ◀いまここ

本記事はシリーズ構成の続編です。 前回の記事をお読みいただくことで、背景や用語がスムーズにつながり、理解がぐっと深まります。
まだご覧になっていない方は、ぜひ前回からお読みください。



この講座ではマーケティングの観点からブランドのポートフォリオ管理について説明を行っています。
前回までは【基礎篇】として、ポートフォリオ管理の共通基盤となるMDS指標の説明を行ってきました。
今回からは新たに、MDS指標を用いたポートフォリオの戦略的な展開の仕方を【戦略篇】として説明していきます。


【戦略篇その1】MDS指標でみたブランドの現状 
(1-2)グラフの波形から考える



前回までの(1-1)シリーズでは、MDSブランドタイポロジーマップを用いて、ブランドの差別性と意義性の組み合わせがブランド力の源泉であること、そしてマーケティング投資の優先順位は右上象限の市場優位性を持つブランドに置くべきであることを解説しました。

特に、「意義のある差別性」の設計が、ブランドの成長性や収益性を左右する重要な鍵であることが明らかになりました。

今回は、同じ象限に属するブランドでも、意義性・差別性・想起性のスコア構成(波形)によってブランドの個性や戦略的示唆が異なる点に注目します。世界トップブランドや国内ブランドの波形比較を通じて、ブランドの“勢い”や“正統性”をどう見極めるか、そのヒントを具体的にご紹介していきます。



同じ象限にいても意義性・差別性・想起性の波形は異なり、示唆されることも異なる

それぞれのブランド毎に意義性・差別性・想起性のスコアが出されるので、MDSタイポロジーマップで同じ象限にいても、意義性・差別性・想起性(MDS)のスコアが持つ波形=それぞれの優劣関係は微妙に異なります。 

マップの左上と右下象限はその定義上、意義性または差別性のどちらかが必ず上回るので波形も比較的シンプルですが、どちらも高い、あるいはどちらも低い右上/左下象限の場合は、意義性の方が高い/意義性の方が低い/意義性と差別性がほぼ同等、と波形のパターンも多様化します。



世界で最も財務的価値の高いブランドのMDS波形

下のグラフは2024年に公表されたBrandZのレポートで、株価総額から算出された「世界で最も財務的価値の高いブランド」のトップ5ブランドの、意義性・差別性・想起性の波形となります。これら5ブランドは、当然のことながらMDSのタイポロジーマップでは全て右上象限となります。




ご覧いただければわかる通り、世界のトップ5ブランドであっても、MDSの波形はブランドによってかなり個性があります。単純に類型化すれば、アマゾンは意義性・差別性・想起性の全てがほぼ同レベルで並び、マクドナルドは意義性と差別性はほぼ同レベルだが想起性が突出し、グーグルとマイクロソフトは意義性と想起性が高く、アップル(アイフォン)は差別性が突出しています。

いずれのブランドも意義性・差別性・想起性の指数は平均を超えており、「意義のある差別性」が出来ているブランドであり、ブランドの意義のある差別性が市場優位性を作り出し、それがブランドに世界でトップレベルの財務的価値をもたらしています。しかしながら、その市場優位性をどのように作り出していくかはブランドによって異なるようです。




市場優位性を持つ右上象限ブランドのMDS波形

そこで、またBrandZの国内データベースを使って、市場優位性が高い右上象限ブランドについて波形パターンによるMDS指標値の違いを見てみました。




右上象限のブランドは全て市場優位性があるので当然MDSの各スコアもそれぞれ高いのですが、それでも差別性より意義性が高い場合はデマンドパワーと想起性が高く、差別性が意義性より高い場合はフューチャーパワーとプライシングパワーが高くなるという傾向が見られ、マッピングの4象限と同じことが確認できます。

多くの顧客の心を掴むのにブランドの意義性がドライバーの役割を果たし、ブランドに価値や勢いを作るのには差別性がドライバーになる、ということがデータから確認できると思います。




ブランド力が弱い左下象限ブランドのMDS波形

このことは意義性・差別性共に平均以下でしかない左下象限でも同様に確認できます。但し、左下象限は最もスコアが低い象限なので、反応が鈍くなっています。それでも、意義性が高い方が(下記グラフの左側の方が)デマンドパワーや想起性のスコアは高くなる傾向があり、差別性が高い方がフューチャーパワーやプライシングパワーが高くなる傾向があることが確認できます。





「傾向」といった程度の差しかないのは、この象限では意義性も差別性も指数が平均(100)未満なので、低い者同士を比較しても大きな差は出ないからです。

この象限は意義性も差別性も平均未満の力しかなく最もブランド力が弱い象限であることを考えると、上のグラフでフューチャーパワーやプライシングパワーの指数が100に近い数字が獲れていることは注目に値します。すでに説明していると思いますが、この2指標はスコアの分布の幅が狭く指数にしても数字が大きくかけ離れないという特徴があります。いわば東京マラソンのスタートの時みたいなもので狭いところに多くの選手(ブランド)が密集しており、相対的な順位では大きな差があっても絶対的な距離では先頭とはまだそれほど距離が開いていない状態です。




左下象限のようなブランドライフステージの初期段階では差別性の方が活きやすい

このような混とん状態の時、デマンドパワーや想起性の指数は差が大きい(想起性で20前後、デマンドパワーで40前後、平均である指数100から離れている)のに対し、フューチャーパワーやプライシングパワーの指数は差は小さい(いずれも平均である指数100から5前後しか離れていない)ことを考えると、先にフーチャーパワーやプライシングパワーのドライバーである差別性を優先的に強化した方が効率がよいといえそうです。 



まとめ:

  • 波形でブランドの個性がわかる 
    同じ象限でも意義性・差別性・想起性のバランスはブランドごとに異なる。
  • 意義性が高いと記憶に残る 
    マインドシェアや想起性が高まり、顧客の心に届きやすくなる。
  • 差別性が高いと価値が高まる
    ブランドの勢いや価格戦略に強みが出る(フューチャーパワー・プライシングパワー)。
  • 左下象限でも成長の芽はある
    スコアは低くても、差別性を起点にブランド力を育てることが可能。
  • 初期段階では差別性強化が効果的
    まずは差別性を磨いて、ブランドの“勢い”と“価値”をつくる。



次回では、ブランドの「期待値」と実際の評価とのギャップから、成長の可能性=“勢い”を読み解く方法を解説します。牛丼チェーンの具体例を交えながら、意義性・差別性・想起性がどのようにフューチャーパワーに影響するかを探ります。ぜひご期待ください。 

関連記事