ブランドのポートフォリオを管理し戦略的に展開させるためには、各ブランドの戦力を客観的に指標化し、正確な比較検討が行えるように共通の基盤を持つ必要がある

前回は、ブランドの「大きさ」をあらわすデマンドパワー(マインドシェア)に関連する指標を説明してきましたが、今回はブランドの「価値」を表すプライシングパワーについて説明していきます。
【基礎篇】 ポートフォリオの共通基盤となるMDS指標②
ブランドの価値を高めるプライシングパワー
デマンドパワーはマインドシェアという類似した概念が既にありましたが、プライシングパワーについてはそのような概念が見当たらないので少し理解しづらいかもしれませんが、原理はいたってシンプルです。

ブランドには「価値」がある、というのはだれも異論がないと思います。(ユニクロとシャネルを比較すれば、万人に愛されていてブランドのサイズが大きいのはユニクロだが、ブランドの価値が高いのはシャネルと思われている。)問題は「価値」をどのように算定するかであり、マーケティングでは「価値」とは抽象的な概念の説明では不十分で、価格に転嫁してお金に変えられる現実的な評価でなければなりません。そこでカンターでは、ブランドの「価値」を算出するのに、①まず顧客に「知覚」されているブランドの「価格」を測定し、②次にその「価格」に対し、ブランドはそれ以上(あるいはそれ未満)の「価値」を有していると感じるかを測定します。つまり、マーケティングにおいて商財の「価値」とは、「その価格以上の価値を持つか否かで定義すべき」というのがカンターの考え方です。
実際の市場の実勢価格は店舗や地域によりまちまちであり、特売や季節によって流動的であり、実勢価格をモデリングのデータとして使うのには何があります。そこで、プライシングパワーでは、消費者における「知覚上」の価格を聴取しそれを「価格」として用います。「このブランドなら通常これくらいの価格で売られている」といった値ごろ感を意味します。例えば、お店が特売をするようなときは、この「値ごろ感」に対してどれ位安いと感じられるかが特売効果につながります。
また、価格は商財カテゴリーや通貨によって大きく異なりますが、「知覚価格」は「そのカテゴリーで平均的な価格を想定して、その平均価格に対してブランドの価格はどれ位かけ離れていると感じるか」で算出されるので、どのカテゴリーでもマルチカントリーでも比較が可能となります。
消費者の「知覚価格」はほぼ正規分布に近くなる
BrandZの国内データをみると、消費者がブランド対して持つ「知覚価格」はほぼ正規分布に近くなる。つまり、大半のブランドはほぼ似たような価格で販売されていてそこから価格がかけ離れるほど数は少なくなる、と認識されています。
また、知覚価格は「平均的と感じられる価格」を1.00として指数化されますが、最頻値は「1.00」ではなく「0.95~1.00」にあるのも、消費者のリアルの値ごろ感を示しており興味深いです。消費者にとってのボリュームゾーン(=標準的な価格)は「平均的な価格」ではなく、「平均よりちょっと安い価格」です。この値段なら妥当だから買ってもいいというアクションスタンダードが「平均よりちょっと安い」価格に置かれている可能性が高いと言えます。

「価格」の効用:購買抑制と購買促進
「価格」は一般的に、価格が上がれば購買は抑制され(高価格品はユニットセールスシェアが小さい)、価格が下がれば購買は刺激される(特売)、とされています。しかしながら、市場調査でその効用を更に深く見ていくと、価格が高いときは「値段が高いものの方が品質が高い」といった期待品質が上がることがわかっていますし、価格が安いときは「この値段で品質は大丈夫なんだろうか」といった品質懸念が強くなることもわかっています。

先ほど説明した「知覚価格」の場合は、品質や価値が高いと評価されているブランドは知覚価格も高く感じられやすく、品質や価値が低いと感じられている場合は知覚価格も低く回答される傾向が見られます。つまり、「知覚価格」自体にもブランドの価値評価が含まれていることになります。
カンターのプライシングパワーは知覚価格評価の上に「価格以上の価値」の有無を足し上げて算出しています。それによりブランド全体の価値(価格評価に含まれる価値+価格以上にある価値)が網羅されることになります。もし「価格ほどの価値もない」と評価された場合、「価格以上の価値」がマイナスとなりますので、知覚価格が持つ価値から価格以下の価値が減じられたものがプライシングパワーとなります。
プライシングパワーの効用:「価格」が持つネガティブ要素を緩和し購買を促進する
上記で「価格」が購買を抑制する要素を説明しましたが、プライシングパワー、すなわちブランドの価値はこうした価格が持つネガティブな要素を緩和し、購買を促進する効果があります。つまり、マーケティングでは価値とは「抽象的でありがたいこと」ではなく「購買を促進する実利的なもの」を意味するわけです。

低価格帯では、ブランドの価値認識(プライシングパワー)が品質懸念を払拭し、価格が持つ購買刺激力を発動させます。例えば、ユニクロの価格は安く感じられますが、品質に懸念を持つ人は少ないでしょう。同じ価格の他のブランドであれば、もっと品質懸念があると感じるはずです。これは、ユニクロにはプライシングパワーがあることを証明しています。
一方で価格が高い場合は、品質はそれだけいいだろうと思う一方で、そんなに高い出費は贅沢だから控えよう、という心理が働きます。あるいは高い買い物で失敗したくないという心理も生じると思います。ところがルイビトンで30万のバックを買った人やロレックスで200万の時計を買った人は、「確かにこのブランドの値段は高い。使っていない人にはわからないかもしれないけど、それ以上の価値がある」という言い方をします。ルイ・ヴィトンやロレックスといったブランドの価値が「高価格の購買は控えるべき」という抑制を見事に解除しています。
ブランドのプライシングパワーもほぼ正規分布に近くなる
プライシングパワーは、平均的な価値(かつ価格と同価値)を100として指数化して表します。国内データベースでこの指数の分布を見ると、知覚価格と同様に正規分布に近くなります。プライシングパワーは知覚価格をベースにしているので、当然と言えば当然ですが、知覚価格とプライシングパワーの大きな違いは指数分布の幅です。最頻帯がほぼ指数平均の近くにある分布構造は同じですが、知覚価格は指数平均の±25%の間に90%が分布するのに対し、プライシングパワーは指数平均の±10%の間に90%が分布します。
ブランド間の価値の幅は価格の幅ほどは大きくない、ということだと思います。

分布の幅はやや狭くても、正規に近い分布なのでプライシングパワーの指数をブランド間で比較することには意味があります。パーセンタイルで見ると、例えば指数が106あれば全体標本の上位17%にはいるので、指数100と較べてかなり価値が高いと解釈出来るからです。同様に指数103であれば上位31%に含まれるので同じように価値は高いと判断することが出来ます。
逆に言えばプライシングパワーが指数で103から97の間であれば、だいたい標準的な価値のブランドと見ることが出来ます。
プライシングパワーvs知覚価格でみることで、ブランドが持つ「価値」のニュアンスが判る
前述したようにプライシングパワーには知覚価格評価が含まれています。しかしながら、これまでユニクロやルイビトンの例で見てきたように「知覚価格」が低いか高いかによって、価値のニュアンスがことなります。ユニクロであればプライシングパワーの価値は「バリュー」を意味しますし、ルイビトンであれば「プレミアム」を言いするからです。
そこで、MDS分析ではプライシングパワーは知覚価格との対照を見るようにしています。下図は縦軸にプライシングパワー、横軸に知覚価格を置いています。そして両者間の回帰直線(黄色の線)を出しています。プライシングパワーには知覚価格評価が含まれていますが、プライシングパワーがこの回帰直線を上回る時は、価格を上回るブランドの価値によってブランドの価値はドライブされていることになります。逆に下回る時は、ブランドの価値は価格による品質期待のウエイトが高く、その期待値が「価格に見合うだけの価値がない」という評価で減じてしまっているということがわかります。

上記の例で言うと「シンボルブランド」は『価格が最も高く、その最高値に見合った価値があるブランド』とみなさす人が多く、「気になるブランド」は『価格は高めだがそれ以上の価値があるブランド』と多くの人に思われており、「専門的なブランド」は『価格はかなり高いがその価格に見合った価値が(自分には)わからない』とみられていることになります。
下のグラフは上記と同じグラフですが、ブランドの意義性・差別性・想起性のタイプ分類(緑・グレー・黄色)で色分けをしたものです。

意義のある差別性があるブランドは知覚価格も高くなりその価格以上の価値もあると感じられていますが、意義性の低いブランド(黄色)は知覚価格も低く受け取られています。
意義性が低くても知覚価格が高いブランドは、下図のように差別性があるからであり、知覚価格や価値を考える時、差別性が重要な役割を果たすことを示します。

事例紹介:ユニクロは今のアパレル価格の標準となっており、価格に見合った価値があると思われている
ここまでの説明でユニクロを例えに出すことが多かったので、ここで実際のユニクロのMDSデータを国内BrandZデータから抜き出してご紹介します。
下記右のグラフは意義性・差別性・想起性によるタイポロジーマップです。一目でわかるように国内アパレルのマインドシェアではユニクロが独り勝ちしている状況です。次いで左のプライシングパワーvs知覚価格マップを見ると、今日のアパレルの価格と価値の面でユニクロがカテゴリ―「標準」となっていることがわかります。知覚品質も、プライシングパワーも「平均」よりやや低いところに位置しますが、先に説明した通りどちらも平均よりやや低いところに最頻分布があり、ユニクロはそのど真ん中=標準にいることになります。これはユニクロが「安くていいもの」をこれまで提供してきて、いまでは消費者からそれが標準=当たり前と受け入れられた結果だと思います。

右のタイポロジーマップに戻ると、左上象限に差別性は高いが意義性が低い5つのブランドがあるので、ブランド名を青字にしています。これらのブランドの価格&価値を左のグラフで確かめると、5つのブランドは全てプライシングパワー(価値)が高く受け取られています。妻差別性の高さがブランドの価値を生み出していると考えられます。これらのブランドは差別性も価値もあるのですが、意義性が足りないので大きくなれないでいるということがわかります。
今度は左グラフ横軸の(知覚)価格を見ると、これらプライシングパワーの高い(青字の)5ブランドは高価格帯と低価格帯に2分されています。右グラフで差別性が平均をやや上回る程度であった23区とH&Mは左グラフでは縦軸(プライシングパワー)の高さがほぼ同じとなっています。ところが価格帯が異なるので、知覚価格で最高値の23区は「価格に見合った価値」程度と受け取られているのに対し、低価格帯のH&Mは「価格以上の価値」があると受け取られています。もし高価格帯で「価格以上の価値がある」と受け取られたいのであれば、BeamsやZara位まで差別性を高める必要があるということになります。
プライシングパワーは、例えばこの事例のように分析・解釈をすることが出来ます。MDSではKPIを単独で読むよりも(KPIが高いからいい、低いからダメと教条的にみるよりは)、併せて意義性・差別性・想起性の指標も読みながら各KPIを総合的に解釈して、その市場固有のドライバーを説明する分析ストーリーまで組み立てていくことが望ましいといえます。MDS分析では、KPIのパフォーマンス結果を評価する以上に、何故そうそういう結果になったかのWHY理解を重視します。
マインドシェアとプライシングパワーでは、想起性と差別性の貢献度が異なる
以上がMDSの主要KPIであるデマンドパワー(マインドシェア)とプライシングパワー(ブランド価値)の説明となります。両指標のまとめとして、各KPIと意義性・差別性・想起性指標との関係性を最後に説明しておきます。すでに説明しているように両KPIは、各国・各カテゴリー市場での購買シェアに適合するようにウエイトが調整されています。下表は国内BrandZブランドデータでのウエイト値の兵婚を示しています。実際のウエイトは各カテゴリーで変動があるものの、デマンドパワー(マインドシェア)の場合は想起性のウエイトが高く、プライシングパワー(ブランド価値)の場合は差別性のウエイトが高くなる傾向があります。それに対して、意義性はどちらの指標でもウエイトが高くなっています。

ブランドの購入に至る2つの流れの説明で、「意義のある想起性」と「意義のある差別性」の2つのループを説明しましたが、「意義のある想起性」はマインドシェアが強化されるメインのループであり、「意義のある差別性」は意義性強化によりマインドシェアを強化するだけでなく、プライシングパワー(ブランド価値)を高める効果もあるということが、この貢献率データで示されています。
ブランドには「勢い」というものがあり、今後の成長を左右する
これまでブランドにとって「意義のある差別性」が重要だという説明をしてきました。この「意義のある差別性」とはブランドの差別性指標と意義性指標が高くなっているわけですが、「スターブランド」や「シンボルブランド」のようにマインドシェアが高いブランドでは、「差別性が高いから意義性がより高次元で充たされる」というように、差別性と意義性が相互に補完・強化しあう関係になっています。また、「皆が知っているブランド」のように「意義のある想起性」が高いブランドも、「意義性が高いから想起されやすくなる」といった相互に補完・強化しあう関係があります。MDS指標のいずれかの指数が現在は平均に満たない低いレベルであっても、このような相互補完関係が形成・強化されている途中であれば、今後指数スコアが改善しブランドが強化・成長する可能性は高いと言えます。このような「伸びしろ」のあるブランドの「勢い」をどのように可視化して、ポートフォリオでの戦略検討材料に加えられるようにすればいいでしょうか?
MDSでは、これをフューチャーパワーという指標を参照することで解決できるようにしています。あくまでも可能性や確率を示す指標に過ぎないので、現在目の前にあるマーケティング課題を解決することが優先される局面ではあまり重視する必要のない指標ですが、複数ブランドの最適な組み合わせを考え事業収益の最大化を考えるポートフォリオ戦略では重要なインプットの一つになります。
本稿の最初の方で、「認知が高水準にあるブランドはトライアル率も意義性も高くなる」ということをデータで説明しました。マインドシェアが高いブランドは助成認知も、非助成認知も高くなります。ブランドの認知が大きければ、その他の評価項目も比例して大きくなる傾向はトラッキング調査やU&A調査の至るところで確認されます。ブランドとは「磁石」のようなもので、認知サイズが大きくなればそれだけ磁力が増してより多くの砂鉄(各イメージ項目でのスコア)を引き寄せられるようになります。より「大きな」ブランドになると、あらゆる評価項目が「高ぶれ」してしまい(逆に小さなブランドでは全ての評価が「下ぶれ」して)何がそのブランドの特長かわからなくなってしまうことが多いですが、それはこのブランドの磁石効果=「大きい磁石は砂鉄であれば何でもすべてを均等に吸い寄せてしまう」が作用するからです。

MDSではこうしたブランドの「磁石効果」を逆利用して、ブランドが保有する「磁力」をブランドの認知の大きさから「期待値」として想定し、実測値がその期待値を大きく上回れば、その項目には「勢い」があり、下回れば「勢い」がないと判断し、意義性・差別性・想起性のそれぞれの「勢い」を合計したものを「フューチャーパワー」として指数化しています。その上で、BrandZの経年データで、フューチャーパワーが高いブランドの方が1年以内に成長する確率が高いということを検証しています。

フーチャーパワーとはあくまでも確率であり、将来の成長を確約するようなものではありませんが、ブランドの期待値を超えるようなパフォーマンスをすることが成長につながりやすいという事実からの示唆は大きいと思います。
差別性が高いと成長確率は高くなる
繰り返しになりますが、フューチャーパワーの成長確率はあくまでも確率が高いか低いかの傾向を相対的に示すものであって、成長の確実性を確約するようなものではありません。成長確率とは「標準」を50%、成長する確率も成長しない確率も均等である状態におきます。成長確率が60%であれば、成功する確率が60%で成長しない確率が40%あることを意味します。成長しない確率が40%もあれば成長が確約されているとは言えないと思いますが、それでも成長確率40%と較べ成長確率60%の方が確率は高いといえます。マーケティングの現場では、誰も成功を確約することは必ずしも求められませんが、成功確率を上げるように努力することは必ず求められます。そのため、成長確率(フューチャーパワー)もその性質が正しく理解されるのであればKPIとして使うことも可能です。
意義性・差別性・想起性によるブランドタイポロジーごとにこの成長確率をまとめてみると(下図)、差別性の高いブランドの方は成長確率が高くなることがわかります。ブランドタイプ名の横の%が成長確率を示しています。フューチャーパワーはこのような確率%で示したり、この確率を標準化指数にしたものを用います。
(余談となりますが、下記の「マニア向けブランド」の差別性は指数100切っていますが、成長確率は高くなっています。これは差別性が成長確率に影響していないのではなくて、「マニア向けブランド」の場合ブランドの評価が2極化しており、ポジティブな人の評価は非常に高く、そうでない人の評価との評価のギャップが大きくなっています。このブランドの場合もブランドにポジティブな人たちの差別性評価が成長確率につながっていると考えられるのですが、差別性指数はポジティブでない人たちの評価を併せた平均となるため見た目の差別性が低くでているためです。)

フューチャーパワーはブランドがこれから成長していくのに必要な「勢い」をどれだけ持っているかの指標としてみるべきであって確約された成長確度としてみるのにはふさわしくありません。上図でシンボルブランドの成功確率は72%もあるから成長確度は高いと言えますが、その他の確度は60%に達していないので確度が高いとは言い切れないと思います。それでも、「差別性が高いと成長確率が高まる」というファインディングは、マーケティングの現場にとって重要な示唆になると思います。
同様に、単にブランドが知られていない(顏なしブランド)よりも、ブランドの「売り」となる特長がはっきりしないので安売りで「売り」を作りがちなブランド(ありきたりで安売りされがちなブランド、値段が手ごろなブランド)の方が成長確率は低い、という事実にも重要な示唆があると思います。
事業投資(ポートフォリオ)では成長可能性が重視される
意義性・差別性・想起性によるブランドタイポロジーには成長確率に差があり、意義性・差別性を2軸にしたタイポロジーマップでも下記のように象限で成長確率を色分けすることができます。

事業投資では当然のことながら投資リターンを大きく、かつ確実に収穫することが求められます。その意味では右上の緑色象限が最も優先されることになります。現在の市場で既に寡占的に優位なポジションを占めており、かつ成長確率が高い=現在の優位性が今後も継続する確率も高いからです。その次の投資優先順位は左上の青色象限で、MDSで差別性は高いが意義性は低いブランドへの投資となります。意義性は低いので現在のシェアはそれほど高くないことが多いですが、差別性が高く今後の成長確率が高いからです。またプライシングパワー(ブランド価値)のところで説明してきたように、差別性が高いとプライシングパワーが上がりますので事業収益性(利益率)を上げやすくなるので投資適性があります。
以上の2タイプのブランドは投資の観点からすればかなり「おいしい」ので、投資は積極的に行うことが求められます。証券投資の世界では「ブル」と「ベア」という2つの考え方があるそうですが、差別性が高い上段2象限では「ブル」のように積極的に攻めるマインドが必要で、弱気や保守的な考えで躊躇すれば負ける、位の覚悟で積極的に投資することが望まれます。
一方、下段の2つは、投資優先順位は低くなります。右下の黄色象限は意義性が高いので現在の売り上げ規模は大きいと思いますが、成長性が弱い点が積極的に投資を行う上での難点となります。とはいえ、差別性が低く競合からシェアを奪われる可能性もあるので、リターンを考えた慎重な投資が求められます。また、赤色の左下象限は、市場で競合劣位にあるため投資効果が低く、投資に慎重な姿勢が求められます。差別性が低い下段2象限では、証券投資の世界の「ベア」戦略が適しているようです。保守的かつ消極的に、自己に有利な情勢になるのを待ち、それまで投資の無駄打ちを控えるような態度です。
とはいえ投資効率の視点から言えばそうだろうが、マーケティングの現場を預かっている側とすれば何もしないわけにはいかない、というのも尤もな話だと思います。ビジネス戦略の世界で「スキミング戦略」=効率よく事業の上澄み(おいしいところ)だけを搾り取る、という考え方がありますが、「できるだけ費用とリスクをかけずに、おいしいところだけしっかり確保できるように体質強化する」というような実利的主義的な方針が、差別性が低い象限対策には向いているのかもしれません。
ブランドの差別性はどのようにすれば強化できるのか?
上記の費用投資の議論を要約すると、差別性が高ければ成長確率が高いから積極投資が許されるが、差別性が低ければ消極投資をせざるを得ない(ところが、何らかの投資をしなければ差別性は改善しない)というジレンマが背景にあると思います。確実にブランドの差別性を強化できる方法がみつかれば、この問題は解決します。現状許容される範囲内でその強化策に投資を行い、そのまま無理のない成長戦略に舵を切っていけばいいからです。
そのヒントはこれまで説明してきた「意義のある差別性」にあります。商材開発でブランドの差別性を強化しようとする時、あるいは既に商材の差別性は高いがそれが意義性に結び付いていないような場合、「差別性」を現在顧客が抱えているテンション(不満)やアンメットニーズを解消するように「意義づける」ことが重要になります。

つまり、ブランドの差別性を考える時のポイントは、顧客(消費者)が今抱えているテンションやアンメットニーズを理解することになります。お昼のランチの例でいえば、「昼時はどこも混雑している」のは「お昼は時間が限られているから仕方ない」と考えてしまうのは間違いです。顧客がそこに不満を感じているのだからそれを解決することを考えるべきであり、そこを解決することで差別性が生まれるからです。「XXだから仕方ない」というのは常識でありその通りなのですが、そうした「型にはまって」しまった発想は差別性を発想する多くの機会を逸失させてしまっています。「昼時込むのは仕方ない」は顧客の不満を「知っている」だけで「理解した」ことになりません。自分も一緒に長い行列に並んで「こりゃたまらないな。なんとかしてくれ」と解決することを優先的に考えだしたときにはじめて「理解した」ことになります。差別性を生み出すポイントは、顧客の不満やペインポイントをどれだけ「理解」できているかによります。あるいは不満やペインポイントではなく「願望」であっても同じことが言えます。『お昼時に落ち着いてごちそうを食べることが出来たら最高』という夢に対し、「そんなことができれば、誰でもそうだよね」で済ましてしまうのは顧客の夢を「知っている」だけで「理解している」わけではありません。夢をかなえるために何かの工夫や、行動をすることが「理解する」ということです。
マーケッターには顧客を「理解」する『消費者リテラシー』のような能力が必要だと思いますが、もしそうした『リテラシー』が不十分とお感じになるのであれば、消費者の定性調査を数多く実施することをお勧めします。カンターでは定性調査は専門チームの担当することになっていますが、多い人は(グループインタビューを含め)年間500人以上に対面でインタビューをします(クライアントもバックルームで視聴)。これを数年続ければ自然と、『消費者リテラシー』あるいは『消費者への共感力』が備わってくるようになります。
差別性の内容は、関与度の高さとトライアルバリアの高さの2軸の掛け合わせで考える
顧客のペインポイントや願望を理解した上で、どのような差別性がその解決につながるかは、その消費カテゴリーにおける関与度の高さとトライアルすることへのバリアの高さによって異なります。関与度が高い消費カテゴリーでは高い差別性が求められることが多く、関与度が低いカテゴリーではあまり高い差別性は求められません。
これまでの例に出た高級バック(ルイビトン)や高級腕時計(ロレックス)などの高額カテゴリーは高関与カテゴリーの代表です。顧客はブランド毎のニュアンスや差別性の違いに敏感となります。一方で低関与カテゴリーの代表としては飲料(ペットボトルのお茶やコーヒー、水)や食品スーパー等が挙げられます。これらのカテゴリーでは、ブランドの意義性は高く評価されますが、差別性は低くなります(=どのブランドにも大きな差はないと感じられている)。

一方でトライアルバリアの高低(上の図の横軸)は何を意味するかというと、新たに別のブランドをトライアルすることが「楽しみ」なのかそれとも「めんどう」に感じるのかの違いです。上の図の右上象限であれば、たとえばワインや日本酒などいろいろな銘柄を「利き酒」して蘊蓄を語り合うことが楽しみにつながります。あるいは休日にゆったりとした時間を過ごすのに利用するカフェなどは、出先でちょっと雰囲気のいいお店を見つけたらいろいろ試して見たくなります。時間つぶしに使うだけなので蘊蓄もないですし関与度は高くないですが、いろいろなお店を試すことに楽しみがあり、「表参道のあのお店にいったことがあるか」など話のネタになったりします。
一方で、左象限のバリアが高い場合は、例えばヘアセットをしてもらうヘアサロンなど、自分の好みやこだわりをよく理解してくれる定番のヘアスタイリストにいつもお願いしたいので、他でトライアルすることはリスクを感じるだけで不必要に感じたりします。(高関与の世界なので、例えばハリウッドスター専属の一流ヘアスタイリストでは一度は試してみたいと思うかもしれませんが、その1流アーティストが自分の好みを知らないことがバリアとなります。)
左下の低関与例はいつも行くガソリンスタンドなどがいい例です。他に価格が安いお店を見つければトライアルすることもあると思いますが、いつものルーティーンと違うお店を利用することは「めんどう」と感じられることが多くなります。ガススタンドはいつもよく使う道路の同じ車線側にあるお店が利用しやすいので、反対車線側にあるお店を利用することは「めんどう」でありトライアルのバリアが高くなります。こうしたルーティーンを破る「面倒くささ」に見合う価値(値段の安さ等)が差別性にルーティーントライアルは発生しません。
このようにトライアルバリアが高くなる左象限では、テンションやペインポイントを発見しその解決となる差別性を提案することが効果的です。左上のヘアサロンであれば自分の好み=今のヘアスタイリストが「今の流行からは古びて受け取られている」という痛みをさりげなく気付かせる必要がありますし、左下のガススタンドであれば、ガソリン代の高さというペインポイントに対し「ガソリンは家からの行きにではなく家への帰りに入れるようにすれば、安い店が簡単に利用できるから節約しやすくなる」という提案をする必要があります。
以上のように関与度とバリアの4象限によって差別性に求められるニュアンスが異なります。カテゴリーで求められる差別性のニュアンスの違いを踏まえながら、各カテゴリーで現在感じられているペインポイント(左象限)や願望(右象限)の解消を提案して「意義のある差別性」を訴求することが、差別性の強化につながります。
ペインポイントや願望(アスピレーション)の発見には定性調査を活用する
顧客のペインポイントや願望を理解するのには定性調査をプロセスに組み込むといいと思います。前述したように、定性調査には『消費者リテラシー』や『消費者共感力』を補う力があるからです。調査に詳しいクライアントになると、モデレーターはこの人とかレポート作成はこの人でと指定してくる方もいらっしゃいますが、『消費者リテラシー』の深さというのは、ちょっとビンテージ物のワインを選ぶのに似ているところもあるかもしれません。

上記はあくまでも目安に過ぎないので、ステップ1の定性だけで済ます場合も多いですし、いきなりステップ3の定量だけをやる場合もあります。その場合は仮説の検証という形になりますが、仮説が大きく外していた場合に手詰まりとなるリスクがあります。
ステップ2のワークショップまでやることはあまり多くないと思いますが、ワークショップを行うとそれまで気づいていなかったことや理解していなかったことが急に「見える」ようになることが多く大変有意義だと思います。ここまでが発見(ディスカバリー)のプロセスで、ステップ3が検証のステップとなります。マーケティングは日々が検証のプロセスの積み重ねなので、ステップ3で検証ステップを1回済ませればOKというものでもありません。それ故、後で検証しながら磨き込んでいくものだから、いまは時間節約のため検証をスキップして前に進めるということも多いと思います。あるいはより実利的にこの検証を定量ではなくて定性に変えてしまう場合もあります。「量的に有効性を証明する」ことよりも「定性的でいいので、より有効にするための改善示唆を同時に得たい」という場合です。とはいえ、定性で検証というのは無理がありますので、結局は改善探索のための調査ということになります。
このように開発業務には常にスピードの問題が伴いますが、「急がばまわれ」という格言が的を射ることが多いようです。例えば完成まで全部で10工程ある作業の場合、途中のいくつかの段階でチェック(検証)工程を入れておかないと、最終段階で不具合が生じたときに最初の第1段階までもどらなければいけなくなりますが、もしチェック(検証)が工程に入っていれば、そこまで戻るだけで済むからです。
定性によるカスタマージャーニー事例
カスタマージャーニーのどんなところにヒントがあるのかをご理解いただくために事例をいくつか紹介します。
カスタマージャーニーを記述するのに何かしら決まった定型があるわけではないですが、いつどのような時に行動や態度が変化するような兆しが起きて、それがどのようなステップや刺激・情報を経て進展していくかの過程が網羅されている必要があります。またその時々での気分のアップ&ダウンが示されていると理解が進みます。
一つ目の例はシャンプーです。今のシャンプーに満足していたのに、どういうきっかけで他のブランドにスイッチしてしまったが記されています。ここで書かれている「ツイッチ」は聞きなれない言葉だと思いますが、「当たり前だと思っていた態度にふとしたきっかけで揺らぎが生じる」ことを意味しています。態度・行動変容には必ずそのような「揺らぎ」の瞬間が兆候としてあるわけで、それを押さえておく必要がある、という考え方です。

次の例は、カプセルコーヒーです。カプセルコーヒーとはネスプレッソのようなマシーンで入れるカプセル式のタイプのコーヒーを指しますが、アメリカでは半数位がこのタイプに切り替わったところで「こんなに流行って、こんなにカプセルがゴミになっちゃって大丈夫?」という「揺らぎ」も生じているようです。日本でも以前ペットボトルの水でもそのような「揺らぎ」があり、いろはすがその揺らぎを利用してヒットしたのは記憶に新しいと思います。

このような消費者の心の葛藤ジャーニーをいくつも理解することで、ブランドにとって「意義のある差別性」を作り出す切り口(機会)と、消費者に「意義」あるものと納得してもらえるストーリーがみえてくることになります。
そのようなブランドストーリー案を社内の他部署のステークホルダー(関係者)の方々が一緒になって考えるのが先ほどのステップ2のワークショップです。そして、そこで上がった「意義のある差別性」のあるブランドストーリー(コンセプト)の有効性を検証するのが、ステップ3となります。
「意義のある差別性」以外にブランドの差別化を強化する方法
上記のカスタマージャーニーで説明した「意義のある差別性」は製品機能と便益に関わっています。つまり、製品パフォーマンスということになるのですが、パフォーマンスが他より良ければ当然差別性も高くなります。ところが、BrandZのデータベースでブランドのイメージ項目を調べてみると、そのような製品パフォーマンスに関係しないようなブランドイメージがブランドの差別性イメージを強めたりしているようです。

上の例では、「何か変化を起こしている感じがする」「何かユニークに感じる」「将来伸びそう」「業界や世の中をリードしている」という『漠然』としているが、動的で現在進行形の勢いがありそうなイメージを持つことで、ブランドの差別性評価が上がっていることになります。
更にもう一つの例を出すと、ブランドに人格的な個性(パーソナリティ)を感じる方が、ブランドの差別性が高く感じられやすくなるようです。

ブランドにとっての「意義のある差別性」ストーリーの開発を考える時、こうしたブランドパーソナリティの強化にもありそうか、ブランドの動的なイメージの強化につながりそうか、も併せて考えるとみるといいかもしれません。
次回は、戦略篇「MDS指標からみた10パターンのポートフォリオ戦略の説明」についてお届けします。
カンタージャパンでは、ご要望に応じてここでご紹介したMDSモデルの指標を用いたアドホック調査を実施することが可能です。また、BrandZのデータベースから特定カテゴリーのケースをご紹介することも可能ですので、ご興味のある方は弊社までお気軽にお問い合わせください。