マーケターのためのブランド戦略

【基礎篇】ポートフォリオの共通基盤となるMDS指標①
ブランドのポートフォリオは何をゴールにして、どのように管理すればいいのか?

ブランドのポートフォリオを管理し戦略的に展開させるためには、各ブランドの戦力を客観的に指標化し、正確な比較検討が行えるように共通の基盤を持つ必要がある



マーケティングを担当していればポートフォリオという言葉をよく耳にすると思います。既にポートフォリオという考え方を事業戦略に取り入れている企業の方であれば、ポートフォリオについて熟知されていると思いますし、その戦略に基づいた固有の見解をお持ちだと思います。一方で、「ポートフォリオということがあまりよく理解できていないのだが、他社さんではどのようなことをやっているのか?」といったご質問をクライアントのマーケティングご担当者から受けることもよくあります。

以前、弊社Webサイトの同じ講座(マーケターのためのブランド戦略 ブランドポートフォリオ1 マスターブランド戦略)で、カンターのNeedScopeという消費者セグメンテーション手法を用いたポートフォリオ管理の考え方を説明しています。このNeedScopeは異なる国やカテゴリーであってもブランドの力や個性を同じ基準で比較できる「共通基盤」を持っているため、マルチカテゴリ―/マルチカントリーをまたぐポートフォリオ管理に適しています。またNeedScopeは消費者の情緒価値に基づいた消費者セグメンテーションモデルなので、消費者の情緒的価値を用いたブランド強化戦略をグローバルで展開させるといったマーケティングの「上級篇」を行うのに最適です。(シンプルに多変量解析で消費者モデルを各市場で個別に作成してしまうと、複数市場を横串した共通のセグメンテーション定義が出来なくなってしまうが、このNeedScopeを使えば、それが解決できます。)もし興味があればそちらの記事も参照いただければいいと思いますが、本稿では同じくカンターのブランド評価手法であるMDS分析を用いて、(NeedScopeのような消費者セグメンテーションモデルは使わずに)ポートフォリオ管理がすぐに行える方法を紹介します。

NeedScopeは消費者が求める情緒的価値をベースとするため、調査分析が時間と費用も重厚となりがちですが、MDSはよりシンプルに調査分析を行うことが出来ます。また新たに実査を行わなくても、弊社にデータベース(BrandZ)があるので、そちらを利用することもできます。極めてシンプルな内容でしたら無料でデータと分析結果を提供することもできますので、ご興味があれば弊社営業までお問い合わせください。

とはいえ、MDS指標の読み方と、その指標結果に基づいてポートフォリオ戦略を導き出す方法について、よく理解していただく必要があります。本講座では少し長めに連載を行い、以下のように第1部と第2部にわけてこれらをしっかりと説明していきたいと思います。また、第3部では、BrandZのデータベースを用いてマルチカントリーに展開しているブランドのポートフォリオの事例を紹介していく予定です。


基礎篇 「ポートフォリオの共通基盤となるMDS指標の説明」 

戦略篇 「MDS指標からみた10パターンのポートフォリオ戦略の説明」 

応用編 「マルチカントリーに展開しているブランドのポートフォリオ事例紹介」



それでは早速、基礎篇からはじめていきます。 



【基礎篇】 ポートフォリオの共通基盤となるMDS指標①

世界最大のブランドデータベース BrandZ 

カンターは過去20年にわたり、世界50か国以上で自主調査を行い2万以上のブランドのデータベースを構築しています。このデータベースを活用して、消費者マインドに影響を与えるブランドエクイティ要素を特定しそれらの変数を用いて売上シェアを説明するモデル化を行ったものがMDS分析手法です。





MDSとは、売上シェアに影響を与える意義性(Meaningful)、差別性(Different)、想起性(Salient)の3要因の頭文字を表します。MDSで使われている指標の概念は、これまでもブランドマーケティングでなじみのあるものが多いですが、これらの指標を算出するのに独自に厳密な定義を用いていますので、世間で使われている一般的な用語との混同を防ぐため、「意義性」とか「想起性」のようにあえて独自用語を使っています。そのため最初は少しなじみにくいと思いますが、意味している概念は特に奇をてらったものではありません。

例えば「想起性」とは、いわゆるトップオブマインド(純粋想起で最初に思い浮かぶブランド)を意味します。この「最初に」を最初に思い浮かんだ3ないし4ブランドにまで広げていたり、純粋想起の聴取方法を厳密に規定しているため、あえて「想起性」という独自な言い方にしていわゆるトップオブマインドと区別しているだけで、概念としてはトップオブマインドと全く同じことを意味しています。

あるいは「意義性」とは、マーケティングでよく使われる「レリバンス」や「便益によるニーズ充足」といった概念とほぼ一致します。BrandZのデータベース分析で「ニーズ合致」と「アフィニティ=ブランドへの愛着度」の相関が高いことがわかったので、両者を併せて「意義性」という独自定義と用語にしています。用語は聞きなれないと思いますが、極めて一般的で多くの方に馴染みのある内容を意味しています。「意義性」はこのような定義なので、聴取対象者の間で意義性スコアが高いブランドはユーザー数が多いことを意味します。意義性の算出定義では、ブランドを体験していなければ評価が上がらないからです。

その一方で、「差別性」はユーザー数が少なくてもスコアは高くなります。例えばシャネルやエルメスといったハイブランドのように差別性(他のブランドとは違う、先端を担っている)はユーザーでなくても評価することが出来るからです。


デマンドパワー:顧客の「心」を掴み取るブランドの力 

MDSがブランドの「力」を評価する指標は大きく2つあり、一つはデマンドパワー、もう一つがプライシングパワーと呼んでいるものです。デマンドパワーはカンターの用語で概念的にはマインドシェア(消費者の心の中の占拠率)と同じです。(デマンドパワーの指標はマインドシェアの%で出したものと、そのマインドシェアをカテゴリー平均で標準化した指数表示の2パターンを用います)





デマンドパワー(マインドシェア)は、ブランドがどれだけ多くの人々の心を掴むことに成功しているかを示す指標です。MDSの質問票では直近のカテゴリー購買も聴取しているので、推定(クレームド)のマーケットシェアが算出できます。この推定マーケットシェアを目的変数、意義性・差別性・想起性を説明変数として各説明変数の係数(ウエイト)を求め、そのウエイト値を使った合成値がデマンドパワーとなります。

同一カテゴリーで異なった国の市場と比較する時、あるいは同じ国で異なったカテゴリーの市場を比較する時、マーケットシェアを評価基準にすることが多いと思いますが(X国ではp%だが、Y国ではq%しか獲れていない。あるいはXカテゴリーではp%だが、Yカテゴリーではq%しか獲れていない、といった評価の仕方をよくすると思います)、同じようにブランドの力をマーケット毎のマインドシェア(%)の違いで比較評価することができます。これが、デマンドパワー(マインドシェア)をポートフォリオ分析の共通基盤にするメリットです。


「意義のある差別性」を持つブランドは、より多くの人々の心を魅了することができる

意義性・差別性・想起性の聴取の仕方は厳密に定められており、どの国・どのカテゴリーでも変わりがないように標準化されています。その測定値に対し、上述したように市場ごとに最適なウエイトを求めてデマンドパワー(マインドシェア)値を合成しますが、デマンドパワーに合成する前の各指標(標準化された指標)をみることにより、各ブランドがどのような強さ/弱さを特徴として持つかを読み取ることが出来ます。MDS分析ではこれをタイポロジー分析と呼んでいますが、意義性・差別性・想起性の指標の強弱によって10のブランドタイプに分けることができます。

下図はBrandZの国内データで、各ブランド類型をマッピングしたものです。縦軸が差別性、横軸が意義性、●の大きさが想起性となっています。●の大きさは比較しづらいため、指数110以上の(=平均の110%以上の大きさがある)ものは緑色にしています。





一般に想起性が高いブランドがマインドシェアも大きくなる傾向があるのですが、想起性は意義性と差別性が高いと高くなることが上の図から分かります。この意義性と差別性の両方が高い状態が「意義のある差別性」です。意義性とは「自分のニーズと合致し、愛着が湧いている」状態を示しますが、「気になるブランド」のように差別性だけがより高い場合、その「差別性」は多くの人のニーズには合致していないことを意味します。一方で「皆が知っているブランド」の場合は、自分のニーズに合致し愛着もあるが、特に他のブランドと違った特長があるわけではない、ということを示します。それに対し、「スター」や「シンボル的」なブランドは意義性と差別性の両方を兼ね備えており、他のブランドにはない差別性が顧客のニーズに合致していることを示しています。このようなブランドではユーザーに「貴方はなぜこのブランドに愛着があるのか?」と質問をすれば、「何故なら他のブランドにはない特長があるから」という答えが返ってくることになります。

こうした「意義のある差別性」を持ったブランドは国内データベースでは11%しか存在しませんが、推定(クレームド)マーケットシェアでは総売上(ユニット)の55%を占めています。この数字はグローバルでもほぼ同じで、ブランドエクイティの世界でも少数の強者が結果を寡占するというパレート理論が実証されていることになります。

また、意義性が平均を下回るブランドが全体の63%を占めていますが、これらのブランドは推定マーケットシェアのわずか17%しか獲れていません。ブランドは意義性を高めないとマーケットシェアが獲れないということができます。


「意義のある差別性」を持つブランドは、認知もトライアル率も高い

通常のブランドトラッキング調査では、非助成認知率やトライアル率、非助成認知率を聴取することが多いと思います。これらおなじみのKPI項目と意義性・差別性との関係をみてみました。





「意義のある差別性」がある「スター」「シンボル」ブランドと、意義性だけが強い「皆が知っているブランド」を比較してみると、「皆が知っているブランド」の助成認知も90%を超えており、「スター」「シンボル」ブランドとの間にそれほど大きな差はありません。しかしながら、トライアル率や非助成認知をみると、10pt以上の差があいています。「皆が知っている」もその他のブランドと較べればトライアルも非助成も高水準にあるわけですが、意義性に差別性が備わっているとより大きな力を発揮するということができます。 


購買に至る2通りの流れ

ブランドの差別性が顧客にとっての意義となる「意義のある差別性」がブランドを強化して購買されやすさを高めますが、「皆が知っているブランド」のように差別性が低いブランドでは「意義のある想起性」がブランドの購買されやすさを高めます。






例えば会社のお昼を外で済めせるような場合を例にとると、下図の左側の「ループ」のように「今日のお昼はどこにしようか」というときにマクドナルドが思い浮んだら、その日はマクドナルドが「購買」されやすくなります。勿論、実際にお昼にでたとき一緒にいる人が他のお店がいいといったり、途中で新しいお店を見つけたり、他のお店でお得でおいしそうな「本日のランチ」を見つければ、あるいはマクドナルドの行列が長かったり込んでいれば、マクドナルド以外のお店に行ってしまうことも多いと思います。あるいて店頭で「季節限定の月見バーガーセット」の看板を見つけて、やっぱりマクドナルドに並ぶことにすることもあります。こうしてマクドナルドでお昼を済ませて「やっぱりマックはおいしいな。お店も清潔で気持ちいい」と感じたら、体験によって意義性が強化されたことになります。このような「成功体験」で意義性が強化されると次回のお昼の時にまたマクドナルドが想起されやすくなります。 




このように想起性>意義性のサイクルを繰り返すことで、意義性と想起性が強化されていく関係を「意義のある想起性」と呼び、「意義のある差別性」と並ぶブランドの購買を強化する重要な道筋となります。

「意義のある想起性」のループを繰り返すことでロイヤリティが強化され、マクドナルドでお昼をすることが「ルーティーン」化するようなこと(まるでマクドナルドがあの人の社員食堂のようだ)も起こります。それに対し、「マクドナルドは美味しいけど毎日では飽きる」「お昼時は混んでいて利用しにくい」といった不満も生じてくるようになると競合ブランドが検討されやすくなります。このような不満はアンメットニーズと呼ばれ、テンションやペインポイントのように少しイライラするような不満から「お昼時に少しぜいたくな気分を楽しんで気晴らししたい」といった願望まで含まれます。「あそこの日替わりメニューは変化に富んでいて飽きない」「あそこはお昼でも静かで落ち着いていてお客さんと行きやすい」といった特長が差別化ポイントとなり、マクドナルドルーティンからシェアを奪うきっかけとなります。

このようにブランドが持つ差別性(お昼時でも静かで落ち着いた雰囲気)が自分のニーズ(上司やお客さんと一緒にお昼に行きやすい)と合致したときに「意義のある差別性」をもつブランドが購買を獲得することになります。もし、お客さんと昼時に会議がありその後に一緒にランチに誘おうと考えたとき、真っ先にその落ち着いた雰囲気のお店が思い浮かんだとしたら、そのお店がマインドシェアを獲得したことになります。


マインドシェアと実際の購買との間のギャップ

上記のマクドナルドの例で、今日のお昼はマクドナルドにしようと最初に思いついたもののお店が込んでいて他の店にしたとか、途中で安くておいしそうなランチを見つけたのでそちらに変えた、といった等なケースは、マインドシェアと実際の購買にギャップが生じたことになります。こうしたギャップは消費者マインドの外側にあるフィジカルな要因(店頭・市場要因)に起因しています。これが南オーストラリア大学のバイロンシャープ教授のいうフィジカルアベイラビリティです。






MDSモデルでは、マインドシェア(デマンドパワー)と実際の(クレームド)購買シェアとのギャップから、ブランドが持つフィジカルアベイラビリティの力を可視化しています。先ほどのランチの例で言えば、マクドナルドは店舗数が国内ナンバーワンですが、こうした立地条件(近くにお店がある)もフィジカルな要素となります。あるいは、近くの店のお得なランチといった特売や期間限定といったプロモーションもフィジカルな店頭要因となります。ランチであれば店員さんの親切な接遇態度も重要ですが、こうした要因はマインドにもフィジカルにも効きます。非常に好感度が高ければブランドのマインドシェア(意義のある差別性)にプラスに働きますが、逆に印象が悪ければマインドシェアに影響する前にフィジカル要因として(マインドシェアは高いのに)実購買を落とすフィジカル要因として作用します。あるいは家電量販店でパナソニックを買おうと思っていたが店員さんの勧めでシャープの新製品を買うことになったという場合も、店員さんの推奨がフィジカル要因ということになります。

MDSモデルの優れた点は、このフィジカル(市場要因)力をどのカテゴリーでも同じ算出方法で求めることが出来る(マインドシェアー実購買シェア)ので、ポートフォリオを考える際の共通基盤となるという点です。通常であれば、国やカテゴリーが違えば流通・販売形態も違うことが多く、営業力などの市場要因力を横比較することが難しいのですが、これを可能にしている点でMDSはポートフォリオ分析に優れていると思います。

(註)バイロンシャープ教授はフィジカルアベイラビリティとメンタルアベイラビリティの2つと定義されていますが、カンターではあえて後者を「メンタル」と言わないようにしています。理由は、カンターはバイロンシャープ教授の理論に賛同してデータ等も提供して研究に協力しているのですが、メンタルを想起性だけで捉えるシャープ教授と、意義性・差別性まで含めて考えるカンターとの間で議論があったため、教授のご意向を尊重してカンターでは(想起性だけを意味する)メンタルという言葉を使わず(意義性・差別性を含めた)マインドシェアと言い換えるようにしています。


顧客のマインドを掴んでいるブランドのほうがフィジカルアベイラビリティでも有利となる

先ほどの説明に使った意義性・差別性・想起性のブランドタイプ別にこのフィジカルアベイラビリティ(マインドシェアと実購入シェアのギャップ)をチェックしてみます。

意義のある差別性があるブランド(スター/シンボルブランド:下図の緑色)の売上シェアは55%ですが、マインドシェアは44%であり、実購買シェアの方が+11pt大きいことになります。つまりマインドシェアは大きいのですが、それに加えてフィジカルアベイラビリティでも実購買シェアを上乗せしていることになります。

これに対して意義性が低くマインドシェアが弱いブランド(下図の黄色)は売上シェア17%ですが、マインドシェアは26%で実購買シェアよりマインドシェアが上回っています。つまりこれらのブランドは、もともとマインドシェアを持つ人々の数は少ないのですが、それを更に店頭で落としてしまっていることになります。先ほどの家電量販点の例のように、店頭でマインドシェアのあるブランドとは違うブランドを買ってしまう、ということが多く起こっていることになります。




下の図はブランドタイプ別の数字を小計してわかりやすくまとめたものです。マインドシェアが高い(意義のある差別性がある)ブランドは、フィジカルで更に+11ポイントゲインしているのに対し、マインドシェアが低いブランドは「虎の子」であるはずのマインドシェアから、更に-9ポイントロスしています(店頭で他のブランドにマインドシェアを盗まれてしまっている)







このような相互作用が何故生じるのには3つの理由が考えられます。一つはマインドシェアが高いブランドは売りやすいので、店舗流通側も好んで特売・大量陳列・プロモーションなどの販売サポートに協力してくれるため、マインドシェアが高いとフィジカルアベイラビリティも強くなりやすくなります。第2に消費者の方も、意義性・差別性・想起性が高いブランドであれば、そのブランドにマインドシェアがなくても代替品としての受容性は高くなります。自分の定番ブランドが店頭在庫を切らしているような時、マインドシェアが高いブランドが代替として購買されやすいと思います。3番目は店頭での高いビジビリティ(フィジカルアベイラビリティ)がタッチポイントとして消費者のマインドシェアを強化しやすいという点が挙げられます。

お昼の例で言えばマクドナルド、あるいはセブンイレブンやトヨタなど、販売店舗数(=ビジビリティ)が最も大きいブランドが想起性も高くなり、両者の間には高い相関があることがわかっています。




高名なフォグ式消費者行動モデルに示唆される修正点 

消費者行動研究の世界で高名な行動モデルに、スタンフォード大学のフォグ教授によるB=MATモデルというものがあります。消費者の行動(B)は、消費行動へのモチベーション(M)と行動を起こしやすいアビリティ(A)と行動を刺激するトリガー(T)の掛け合わせによって決定されるというものです。このモデルに沿ってブランド購買におけるマインドシェアとフィジカルアベイラビリティの関係を考えてみると、モチベーション(M)はマインドシェア(ブランドが心を惹きつける魅力)、アビリティ(A)が店頭市場要因であるフィジカルアベイラビリティに該当します。

ここでトリガーを一定だと考えると、(M)=マインドシェアと(A)=フィジカルアベイラビリティなので、下図のようにマインドシェアが高ければ(グラフの上にあれば)購買行動(茶色部分)も起こりやすくなり、あるいはフィジカルアベイラビリティが高ければ同様に購買行動は起こりやすくなり、どちらも低いときは行動が最も起こりやすくなる、ということになります。そのため行動誘発が最大化するようにMATのバランスの最適化を図るべきであるというものです。





このモデルは優れていると思うのですが、(M)と(A)の変数が完全に独立していることを前提にしています。ところがBrandZのデータを使ってこれまで見てきたのは、(M)と(A)は相互に影響し合う関係にあります。従って実際に生じる購買行動は、どちらかのパフォーマンスがあがればそれに伴いもう一方のパフォーマンスが上がるため、以下のグラフのように指数関数的な伸び方(緑色の部分が誘発される行動)を示すことになります。





意義のある差別性を持つブランドはマインドシェアが高くなり、更にフィジカルアベイラビリティでのゲインも大きくなるというのは、このような修正されたB=MATモデルからも説明することができます。このモデルに立てば、ブランドの世界は少数の強いものが益々強くなり、弱いものはどんどん弱くなり淘汰されやすくなる「弱肉強食」の世界だということです。



フィジカルアベイラビリティにおける「守り」と「攻め」の要素

MDSモデルでは、各ブランドが持つフィジカルアベイラビリティの力を「アクティベーションパワー」というワンナンバーで示すことができます。各市場を横並びで比較する時はこのワンナンバーで比較すれば足りると思いますが、より深い分析をしようとするときはワンナンバーのアクティベーションパワーではなくて、そのワンナンバーを合成する基になっている2指標を見たほうがいいと思います。

一つは「マインドシェアの購買転換率」で、マインドシェアを持つ人の何割が実際に購買したかの転換率を見ます。例えば在庫切れの防止等、店頭・流通のフィジカル面でマインドシェアが購買に転換するのをどれだけ「守る」ことが出来たかを見るものです。国内全カテゴリーの平均ではこの転換率は60%となっていますので、それを目安に高低を判断します。

もう一つの指標は「マインドシェアなしにセールスを作る力」で、ブランドがマインドシェアなしに何%の実購買シェアを獲得したかを見ます。ここではマインドシェアが伴っている実購買は除きます。パナソニックを買おうと思ってお店に来たのに店員さんの勧めでシャープの新製品を買ってしまったというような購買を店頭流通の現場でどれだけ作れたかを見るものです。ブランドがマインドシェアがなくても店頭などでの販促努力でどれだけ購買を獲得できたかというフィジカルな攻撃力を示す指標となります。

マーケティングや流通販売営業の現場では、フィジカル面での販売促進策が売上に直結する比重が大きく、最悪マインドシェアが不十分であっても店頭販促の頑張りで売上を作ることが出来る、とお考えの方が多いと思います。ところが、国内のBrandZデータベースで実際の2指標の関係をみてみると、最初にマインドシェアを作ってそのマインドシェアをフィジカルでも購買に転換させるところから始めないと売り上げは伸びないということがわかります。

下図が国内データを基にしたグラフで、縦軸が「マインドシェアの購買転換率」で横軸が「マインドシェアなしにセール力だけで獲得した購買シェアポイント」となります。グラフで明らかなように、縦軸のマインドシェアの購買転換率が7割を越さないと、マインドシェアなしに購買を獲得する力も伸びないことがわかります。





つまり、いくら店頭での販促(フィジカルアベイラビリティ)を頑張っても、これまで見てきたように消費者マインドの中で「意義性」を感じてもらえなければ、モノは売れないということです。マインドシェアとか意義性とかのことは全く考えなくても、棚のフェース数や配荷店数だけを増やせば、特売キャンペーンを多く打てば売れる、というのは間違いです。こうしたフィジカルな施策は重要ですが、それが「意義性につながるような仕組み」を考えて設計されていることが重要、ということを意味します。これらが功を奏してマインドシェアが強化され、それがスムーズに購買に転換されるようになってから、マインドシェアのない人たちからも購買を獲得できるようになるということになります。

フィジカルアベイラビリティの獲得率をマーケティングのKPIに含めるのであれば、ブランドの「マインドシェアの購買転換率」がカテゴリーの平均を下回る場合はこの「購買転換率」をKPIに置き、どのような店頭施策がKPIを上げるのかを検証していくのがいいと思います。一方で「マインドシェアの購買転換率」が平均を上回っていれば「マインドシェアなしに獲得できた購買シェア」を店頭施策評価のKPIに置き、「マインドシェアの購買転換率」が下がっていないかだけを補足的にチェックすれば足りると思います。

上述したようにフィジカルアベイラビリティにおけるビジビリティなどがマインドシェア(想起性)の強化にもつながるので、フィジカルな要因も定期的な測定のKPIに含めておいた方がいいと思います。

 

店頭販売データとの紐づけ・整合性の問題

国内市場ではPOSデータをはじめ(弊社競合である)インテージさんが大変豊富で詳細な市場販売データを取り扱っていて、それを利用されるクライアントさんも大変多いと思います。あるいは、小売業のクライアントさんであれば、ご自身で店頭販売データを管理されていると思います。

たまに、「カンターでおこなった調査で推定(クレームド)されたマーケットシェアと、店頭販売データが食い違うがどう考えればいいのか」というようなご質問を受けることがあります。統計データの取り扱いにお詳しい方ならご存じの通り、サンプルサイズの大きさによる粒度の違いの他に、店頭販売ベースのセルアウト構造と消費者購買ベースのバイイン構造では変数等も異なってくるので、データ結果が食い違うのは不自然なことではなく、違いを生んだ原因を突き止めれば「補正」することも当然可能です。もし結果データを整合させることが最優先事項であればそれを優先して行えば済みますが、ビジネスの結果を迅速にあげることを最優先するのであれば、データ整合よりもセルアウトで(店頭販売データ分析で示唆された)重要な要因・変数と、バイインで(MDSのような消費者意識と行動分析で示唆された)重要な要因・変数と、理論的なつながりを発見することを優先した方がいいと思います。「セルアウト変数Pが向上し販売数が伸びたのは、消費者意識Q変数に変化が生じたため発生した」というWHYストーリーを理解することが重要であり、MDSのフィジカルアベイラビリティ指数はバイインとセルアウトのつながりを理解する有効な手段となります。


フィジカルアベイラビリティとなりうる市場要因の例

フィジカルアベイラビリティの代表的な要素は、これまでの例で説明してきたように、配荷数、棚取り、値引き、プロモーション、店員推奨などがありますが、国やカテゴリーによって大きく異なると思います。MDSモデルはフィジカルアベイラビリティの力自体を可視化して比較する共通基盤となりますが、フィジカルが何故強い(弱い)、フィジカルの何が強い(弱い)は国やカテゴリーごとに市場要因リストを用意してアドホック調査で調べる必要があります。(国やカテゴリーで要因は異なるため、BrandZの自主調査では具体的要因までは聴取しておらず、公開できるデータベース化されていません)

アドホックの調査で聴取するリストを作成する時の参考に、よくある市場要因例を以下に挙げておきます。これらはあくまでも「例」であり、具体的なカテゴリーや市場に合わせて適切なリストを作ることが推奨されます。




ここまで、ブランドの「大きさ」をあらわすデマンドパワー(マインドシェア)に関連する指標を説明してきましたが、次回はブランドの「価値」を表すプライシングパワーについて説明します。






カンタージャパンでは、ご要望に応じてここでご紹介したMDSモデルの指標を用いたアドホック調査を実施することが可能です。また、BrandZのデータベースから特定カテゴリーのケースをご紹介することも可能ですので、ご興味のある方は弊社までお気軽にお問い合わせください。

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