KANTAR BrandZ Sector Analysis

【第1回】保険業界
マーケットが直面する新しいエコシステムへの変化という潮流に、ブランドはどのように対処していけばいいのか



エコシステムの変化の兆しに敏感であり、その背景にある「消費者のニーズ」を正確に理解できなければ、来るべき新しい潮流の中でブランドはこれまで築いてきた資産の大半を失ってしまう恐れがある。巨大な保険産業にも、エコシステムの変化による大きな転機が果たして訪れるものなのか、消費者目線でみたブランド評価(BrandZデータ)から検証を行ってみた。


このシリーズではこれまで、市場のエコシステムの変化が既存のブランドにどのような影響を与え、新興のブランドにどのような成長機会をもたらすのかを、eコマース市場・キャッシュレス決済サービス・リテールバンクといったカテゴリー市場のブランドで見てきました。デジタル環境の進化によって商材(商品やサービス)の提供のされ方がフィジカルに変わることで、ブランドのメンタル面への影響の仕方も変わってきます。

ブランドが魅力的に映るメンタルな側面と、ブランドが提供されるフィジカルな側面との関係については、eコマース市場の章でお団子屋さんを例に説明しましたが、消費者のメンタルな部分に作用して消費者のマインドシェアを獲得することをマーケティングと呼ぶとすれば、ブランドが消費者の手に届きやすいようにフィジカルなチャネルを開拓・維持することを営業と呼ぶことができます。少し古い言い方を使えば、前者の消費者のメンタルを惹きつけるアプローチは「プル」戦略であり、後者の消費者とのフィジカルなパイプラインを用いた営業的なアプローチは「プッシュ」戦略ということができます。

どのカテゴリーであっても、市場で「強さ」を示すブランドは、フィジカルとメンタル、あるいはプッシュとプルのコンビネーションのバランスが良く、それぞれの強みがブランドの優越性に貢献していることを見てきました。


銀行業界では売上規模の大きさがブランド力の強さを意味しない 

銀行業界では、法人部門とリテール部門を備えたいわゆるメガバンクがカテゴリーを代表するブランドとして君臨してきました。特に旧財閥系のMUFGとSMBCが経常収益で4兆円を超すトップブランドとなっていますが、消費者目線でリテールバンキングを評価するとゆうちょ銀行と楽天銀行がトップブランドとなります。※詳しくはこちらをご覧ください。

ゆうちょ銀行はこれまで店舗数の圧倒的な多さという利便性でトップにありましたがデジタルバンキングの浸透(エコシステムの変化)でこの地位は低下してきており、代わりにネット銀行の楽天銀行やSBI住信ネット銀行が台頭してきていました。どちらも手数料がお得というネット銀行の便益に加え、楽天市場やSBIネット証券とのセットでの利用(シナジー効果)を提案できるというメリットを持っています。※詳しくはこちらをご覧ください。


メガバンクの経常収益と較べればまだまだ比較にならない規模ですが、現在の規模の大きさよりもこうした変化兆候の背景にある消費者ニーズの大きさをしっかりと読み取ることが肝要だと思います。まだ十分に充たされていない大きな消費者ニーズ(アンメットニーズ)を、新しいエコシステム(デジタルバンキング)の利点で解消することに成功したブランドは必ず成長します。こうした成長の連鎖が新しいエコシステムの浸透を急速に推し進めます。

市場を支えているエコシステムが変わるということは、その市場での戦い方が変わることを意味します。BrandZのデータベースを分析するとどの市場にも「大きいブランドがより大きくなる」という不公平な原理が存在することがわかりますが、エコシステムに大きな変化を生じた時はゲームチェンジが起きてこの不公平原理の作用が弱くなります。大きく強いブランドが急に弱くなるということは流石にありませんが、それまで競合ブランドの成長を抑え込んでいた力が衰退することで競合ブランドが脅威化することを許してしまいます。

市場変化の兆候を敏感に察知して、その背景にある消費者(顧客)ニーズを的確に読み取ることが、ブランドに衰退ではなく成長をもたらすことにつながります。リテールバンキングでは消費者が持つ3つのニーズのうち、これまで既存のブランドが充たしてこなかった「経済性」ニーズを充たすことでネット銀行は成長の機会を作りだしました。※詳しくはこちらをご覧ください。

調査データの行間を読む:ビジネスバンクにおけるネット銀行の伸びしろ

前回ではB2Cの本題からそれてビジネスバンキングに寄り道をしました。銀行業の主流を占める法人部門は融資や資金調達が中心となります。法人顧客からの膨大な融資需要に対し、旧都市銀行―地方銀行―信用金庫といった重層階層で幅広く対応するのが法人部門の中心ですが、BrandZの結果をみると融資機能を持たないゆうちょ銀行がビジネスバンキングでMUFGと並んでトップブランドの座を占めていました。この理由は、法人業務では口座間の資金移動の数も膨大となりますが、ゆうちょ銀行ならその振込手数料が安いというメリットがあるからでした。それに較べると、ネット銀行のビジネスバンキングの浸透はまだまだのようですが、ゆうちょ銀行を評価した兆候の背景にある顧客ニーズを考えれば今後ネット銀行がビジネスバンキングでも成長してくる可能性は充分にあると思います。

BrandZのデータ分析(MDF分析)で意義性と差別性が高く評価されたブランドは、売上高業績の大小にかかわらず高いブランド力があると判断されます。このブランドが何故そのように高い評価がされたのかをブランドイメージから分析することで、その背景にある消費者(顧客)ニーズが推定できます。このようにブランド力が高く評価されたブランドであれば、現在の業績が小さくてもその背景にある消費者(顧客)ニーズをドライバーにして高い成長を続けることが可能です。何故なら、ブランド力とは消費者(顧客)に魅力的に映るメンタルの力であり、そのブランドを消費者(顧客)の見えるところに届けるフィジカルの力があれば必ず業績につながるからです。この考え方に立てば、現在は高い評価を得ていないブランドであっても、もしブランド力の波形が類似しており同じ消費者ニーズを捉えていれば、消費者に魅力的に映るようになるので、将来成長する可能性が高いと考えることが出来ます。

銀行と同じ金融系で、リテールバンクのようなエコシステムの変化を示すような大きな動きはまだ出ていませんが、将来のエコシステムの変化につながる兆候を長いこと示し続けているのが保険カテゴリーです。 保険には生命保険と損害保険があり、生保と損保のどちらでも取り扱うことのできる第3種(医療保険等)があります。それぞれ目的も法規制も業界も異なるので、通常は異なったカテゴリーとして扱われますが、消費者目線では構造的に似通った面もあります。そこで今回はこの保険業界を取り上げてみたいと思います。


保険は年間37兆円の保険料収入を得ている巨大市場

国際的に比較すると日本は生命保険市場が巨大化 

金融庁のまとめによると2022年度の生命保険の保険料収入(保有契約の年換算保険料)は28兆円で、同じく22年度の損害保険の保険料収入(正味収入保険料)は9兆円であり、併せて37兆円という巨大市場となります(2023年保険モニタリングレポート)。保険は金融業なので特殊な会計を取りますが、平たく言うと保険料とはメーカーで言う売上高に近いようです。

それぞれの市場で各社(ブランド)の保険料(売上高)の内訳を見ると以下のようになります。




  • 損保は少数プレイヤー(ブランド)に集約されている。保険料が1兆円を超す企業(ブランド)は4社であり、全体の8割を占める
  • 生保はニッセイと第一生命HD(第一生命+第一フロンティア)の2ブランドで全体の保険料の約半数(14兆円)を占めているが、その他に7ブランドが保険料収入で1兆円を超えている 


損害保険はモノにかけられるものなので、産業の成熟度を反映すると思いますが、生命保険は人にかけられるものなので原則的にその国の人口の多寡の影響を受けることになるはずです。そこで、各国の人口比率と保険料(売上高)の比率を比較してみました。

人口比2%の日本が世界の生保売上の12%を占める

国別にみると損保でも生保でもアメリカが保険料の国別比率で他を圧倒しており、「保険大国」であることがわかります。しかしながら、生保は性質上その国に人口が少なければ加入もできないので、各国の人口比と比較することでその国の生保成熟度がわかります。

下表で青く色がついている国は、人口比に対して生保保険料(売上高)の比率が高い、生保成熟国ということになります。アメリカは生保でも売上高比率が圧倒的に高いのですが、人口比と掛け合わせると、アメリカよりも英仏と日本の方が人口に対する生保保険料比率が高いことがわかります。下表では人口集計上中国と台湾が一緒になっていますが、人口で日本の9倍ある中国(メインランド)の生保保険料はほぼ日本と同額となっています。同じく人口で9倍のインドにいたっては、生保保険料では日本の1/4程度しかありません。


生保には第2次世界大戦後に日本的な特殊事情があった 

こうした違いには、産業構造の違い以外にも、その国の文化や価値観あるいは歴史的背景の違いも影響しているのかもしれません。損害保険の歴史は古く、紀元前のキャラバン貿易にルーツが辿れるそうですが、それと較べれば生保の歴史は比較的浅く、中世ヨーロッパのギルドで発祥した相互援助的制度が産業革命下の欧州の労働者階層に急速に広まったのに端を発するそうです。生保にはこうした互助・相互援助的な考え方や文化がなじみやすいのかもしれません。

第2次世界大戦終戦後の国内に多くの戦争未亡人がいましたが、その方々の多くが生命保険の外交員(現在の営業職員)に就くことで生活が救われたという話をよく聞きます。その時代ですから職業婦人の経験がある方は少なかったと思いますが、親戚や知り合いの方に「一家の家計主に万が一のことがあった時に備えることの重要さ」を伝えるのに貴重な体験をお持ちだったので、営業職員として優秀な結果も出せたのではないかと思います。また日本人の精神文化として、このように苦難に耐えている方を皆で支えようという気持ちもあったのではないか(自分の万が一の備えにもなることだし、この際だから加入してあげよう)と思います。

もはや戦後も遠い過去の記憶になっていると思いますが、このような歴史的背景が日本の生保市場の「特殊性」を生み出した遠因にあるのではないかと思います。ここでいう「特殊性」とはどのようなことか、は後ほどデータを示しながら説明していきたいと思います。


保険市場はフィジカル面で大きな偏りがある

損保保険料の7割が副業のある代理店経由

生保業界の特殊性に触れる前に、損保業界の方がシンプルで判りやすいので損保の特殊性について先に説明します。生保にせよ損保にせよ、どちらも保険商品を販売するフィジカルの面で、他の市場にはあまりみられない特殊性があります。

下図は損害保険協会が公表している損保の内訳とそれぞれの契約の代理店扱い比率です。

損保売り上げの半数が自動車関連(自賠責+自動車)であり、それに火災保険を加えると7割が車か家に欠ける保険ということになります。自賠責保険は車を購入する時に法令で強制的に加入が義務づけられており、自賠責では足りないと思われる部分(例えば保証額や補償対象者)を任意加入の自動車保険が補っています。火災保険の場合も、住宅をローンで購入するのであれば融資条件として火災保険の加入が求められるし、部屋を賃借するときも火災保険への加入が契約で求められることが多くなっています。





こうした損保の契約代理店では、保険を専業にしているところは少なく8割が副業代理店です。つまり、車の販売をするディーラーや車検・修理を行う修理工場、不動産仲介業者や住宅ローンの融資機関が、そのまま自動車保険や火災保険の契約を取り扱う流れになっています。




そしてその大半が専属、すなわち特定の損保ブランドしか扱っていません。すなわち、損保保険の大半の場合では保険加入者は自分の意志ではなく代理店の勧め通りに決めていくことになります。それでも不満やトラブルが生じないのは、欲しいのは車や住居で関心の中心はそこにあり、保険はその付随(強制)条件に過ぎず「なんでもいい」からです。

また、代理店数と募集従業員数の最近20年間の推移をみると、代理店数は半減しているにもかかわらず募集従業員数はそれほど減っていないので、損保代理店の規模が大型化していることがわかります。





尚、損保代理店の募集従業員数が200万人近くいるというのは、「え、そんなに大勢いるのか!」と驚きますが、前述の通り大半は副業代理店なので、自動車ディーラーや修理工場、不動産会社や住宅ローン会社で従事している社員数を考えれば、(どれくらい熱心に損保を販売しているかは別にして)それ位はいてもおかしくはないかもしれません。

いづれにせよ、本業の車のディーラーや不動産仲介業で成約すれば必ず損害保険も「ついてくる」わけですから、取りあえず損保の代理店も副業しておこうということになり代理店数も多いのではないかと思います。ミステリー小説の世界では密室のような外部との接触が断たれた完全な設定のことを「クローズドサークル」というそうですが、副業代理店の「クローズドサークル」を有効活用することが損保会社のビジネスモデルとなっているようです。 

生保保険料の約6割は営業職員による契約 

大半の契約が代理店による損保とは違い、生保の場合は営業職員による契約の比率が高いのが特徴です。2024年では生保保険料の6割弱が営業職員による契約ですが、2016年に保険業法が改正される前まで営業職員による割合が7割を超えていました。2000年以前は9割近くを占めていたので、代理店経由が徐々に増えてきているといえます。

またネットやそれ以外による通販も1割弱を占めるようになってきています。通販はネット以外による販売で2006年の7%をピークにその後低下傾向を示していますが、代わりに2018年以降にネット通販が伸びを示しています。こうした伸びの背景には、主に代理店や通販を用いた新しいタイプの生保が増えていることが考えられます。




しかしながら、2016年の保険業法改正前後の代理店扱いの急速な伸びは、こうした新しいタイプの保険が伸びたのではなくて営業職員を主力にする大手生保会社が、傘下の保険代理店に丁合を変えたからと説明されているようです。

生保協会の公表データ(生命保険の動向)を見ると保険業法改正の前後で、個人代理店数は減少傾向にありますが、法人代理店の数も代理店使用人数にも大きな変化(増加)は見られないので、上記の代理店経由の契約の増加は丁合の切り替えによるものとみてもよさそうです。




このデータで驚くのは、損保と同様に生保を販売している職員または代理店使用人の数の多さです。生命保険協会のデータによると生保代理店の半数位は損保の代理店も兼ねているそうです。そうすると、半数の50万人近い人は生保だけを代理店として扱っていることになります。この代理店使用人とは別に、更に25万人近くの営業職員が生保を販売していることになります。

生保の大手4社だけで15万人の営業職員数

各社のHPを見ると、この25万人の6割にあたる15万人の営業職員が、生保の上位4社だけで占められていることがわかります。ソニー生命やメットライフの5千人前後の営業職員と較べると大手4社はその6倍以上の営業職員を抱えていることになります。



また大手4社に較べるとかんぽ生命の営業職員も数では劣っていますが、これは生保の営業職員数であって全国に張り巡らされた郵便局ネットワークを持つかんぽ生命は独自の強みを持っているので単純に職員数の多さだけで比較はできないと思います。

大手4社はこれだけの営業職員を抱えているわけですから、当然営業スタイルも「プッシュ」型となり, それが国内の生保販売の典型となっていますが、大きな成果を築き上げてきたのも事実です。 

家族がいる世帯の9割が生保に加入済み 

国内では家族のいる世帯のほとんどが生命保険に加入している状況が長年続いています。成長している医療保険やがん保険といった第3分野の保険の加入率は7割程度なのでまだ伸びしろがありますが、生命保険は加入率だけで見れば飽和状態が長年にわたって続いています。


生命保険の契約保険金額は約800兆円

成約している保険金額は死亡保険だけでも600兆円近い巨額となっています。契約終了後に死亡した場合等契約した保険金のすべてが必ず支払われるわけではありませんが、日本人は万が一の時の「保障」に800兆円近い生命保険をかけて毎年その保険料を毎年28兆円(死亡保険の保険料は21兆円)支払っていることになります。



バブル経済と共に肥大化した生命保険契約

保険文化センターでは経年で世帯で支払われている生保保険料を公表しています。バブル経済前は日本のインフレ率も高かったので、経年でそのまま比較できないので物価指数と併せて見たのが下のグラフです。水色の棒グラフが物価指数を除した保険料ですが、バブル経済期からバブル崩壊期にかけて物価上昇率以上に支払い保険料が増大していたことがわかります。保険料は基本的に保険金額の大きさにより変動するので、バブル期には生命の保障価格もバブルで膨らんでいたことになります。



1997年をピークに物価上昇も止まると共に支払い保険料も低下を示しています。 

ポストバブル経済下で生保の契約保険金も半減化 

このような支払い保険料の減少と共に、世帯主がかけている死亡保険金額の平均も1997年以降減少しています。2021年の平均保険金額は約1400万で、1997年の2800万の半分にまでダウンサイズしています。




こうしたダウンサイズの背景には円高で物価が安くなるが所得は上がらないというデフレ経済の影響もあったと思いますが、もう一つには家計の所得構造の変化もあったと思います。 

過去40年間で共稼ぎ世帯は倍増し世帯構造の主流に

下図は総務省がまとめた農林業世帯を除いた妻が64歳以下の世帯における、共稼ぎと専業主婦世帯の構成比を示したものです。ちょうど1997年前後を境にして構成比が逆転しています。1980年には約1/3だった共稼ぎ世帯が2020年には2/3にまで増えています。こうした家計構造の変化が世帯主の保険金額のダウンサイズの後押しをしたと考えられます。専業主婦世帯で世帯主に万が一が起きたときの家族の生活と、共稼ぎ世帯の家族の生活では当然保障の考え方が異なってくるからです。



生保の契約保険金額が高いのは35歳から49歳までの中年層

生命保険センターのデータによると、契約保険金額の平均は世帯主の年代によって異なります。下図の濃い紫色で囲われた世帯主年代で35歳から49歳の保険金額が2000万円前後と最も高くなっています。先ほど世帯の平均保険金額は1400万円といいましたが、年代によって金額には大きな隔たりがあります。




保険金額が高ければ、その年代における「保障へのニーズ」あるいは「万が一の時の家族への心配」と見ることが出来ますが、同じ調査で聴取している「万が一の時の家族の生活資金への不安」について見ると(上図の赤線グラフ部分)、保険金額が下がる50代でも不安は70%超と高く、保険金額がさらに下がる60代でも不安は60%程度あり決して低くはありません。こうした高齢層では生保ではなく貯蓄額(保有金融資産額)の多さで生活資金の不安に備えるようになるようです。死亡保険は遺された子供たちの生活資金になりますが、貯蓄であれば子供たちが独立した後の自分たちの老後資金に使うことが出来るからです。

生保保険金増額のドライバーは家族の生活資金への不安 

下図は上のグラフと同じデータを使って貯蓄額や保険金額と年代別の「不安」の強弱との関係を見たものです。保有金融資産額の多さと「不安」は逆相関し、「不安」の大きさと生保の保険金額の多さは正比例することがわかります。金融資産を充分に形成できない中年世代では死亡保険で保証を補うという傾向があるようです。



35歳から49歳で生保の保険金額が高いのは住宅ローンも影響している 

世帯の生保加入率を年代別に見ても30歳から69歳まではどの年代でも90%以上の高い生保加入率となっていますが、保険金額が2000万円前後と高くなる35~49歳代では住宅ローンの保有率が50%以上を超えて高くなっています。




住宅ローンの融資を受ける場合は、ローンの支払いが担保されるように融資額に見合った生命保険に加入しないとローンの審査が通りません。住宅ローンの場合は、先に損保のところで説明した「クローズドサークル」が生じます。住宅ローン関連の生命保険加入も加わるため、全体の保険金額が高くなっているのだと考えられます。この「クローズドサークル」ではローン融資機関が保険代理店となることが多いため、生保で典型的な営業職員によるプッシュあるいは家族への不安心理をきっかけとする成約とは別の、損保に近い例外的なパターンといえます。 

万が一の時に遺された家族には5500万円以上の大金が必要、という思い込み

生命保険文化センターの調査結果を見て興味深いのは、消費者(世帯主)の意識ベースでは、回答者の年代や調査年度に関わらず、また共稼ぎ世帯が大半となっている今日でも5500万円以上の大金が残された家族の生活資金として必要と考えられている点です。




同センターのデータでこれまで見てきたように2000年以降の生保に関する消費者の実際の行動は合理的かつ倹約的であり、貯蓄額(保有金融資産)を足しても、そのような高額の保証は充たされていません。(保証額が最も高い45-49歳世代でも、保険額と貯蓄の合計で3000万程度)

とはいえ、その根拠はグラフに記したように家族が必要な年間生活費は330万程度でその保証が平均で17年間必要というものです。平均17年間の保証というのは回答時の子供の年来によっても異なると思いますが、大体子供が学業を修めて就職するまでの年数に相当するのではないかと思います。つまり、「これくらいあったらいいな」の希望の数字だと思いますが、算出自体はそれなりに合理的で根拠のあるもののようです。

ここで注目すべきなのは、消費者が実際に行動していることと「あったらいいな」と希望していることにギャップがあるということです。保険金額や貯蓄額はもっと多い方がいいが、それでは家計が追い付かないため妥当なところで折り合いをつけてはいるが、本当のところはまだ足りないと漠然と感じているようです。前掲のグラフで30歳から59歳の年代間で生活資金への不安が70%を超える高いものになっていましたが、こうした「足りない感」が不安の原因になっているのかもしれません。

こうした消費者が潜在心理的に感じている「不足感」「不安感」が、プッシュ型のセールスについで生命保険に固有な特殊性に挙げられると思います。 

7割の消費者は自分は保険に詳しくないと認識している 

金融商品全般に言えることですが、保険の商品内容はわかり難いと言えます。金融商品は法的な規制もあり、わかり難く複雑化します。また金融商品の場合でも新商品を出した方が売りやすいという社内圧力が生じるので、商品が多岐にわたり益々複雑化します。

生命保険文化センターの調査では、金融でも保険でも、どの年度でも詳しくないという人は7割を越します。




保険については、男性よりも女性の方が、高年齢層よりも若年層の方が、保険を苦手(詳しくない)と感じる割合が高いようです。

保険はダイレクト販売には向いていない? 

最近TVで生保(死亡保険)や損保(自動車保険)の「ダイレクト保険」の広告を多く見かけますが(2024年時点)。保険は加入者や保障内容により保険料は異なるので、HPに誘導して保険料見積もりを比較してもらうドライブツーウエブ型の広告が多いようです。

こうしたTV広告は目立つのですが、どれだけの成約につながっているのか、果たして成功しているのか?というご質問を受けることがあります。本当のところは私どもも知りませんし、知っていたところで守秘義務があるのでなんともいえませんが、こうした質問をされる方は、これまで説明してきたような保険業界の特殊性をご存じの上で、クローズドサークルの有利性も営業職員のプッシュもなしに、消費者の自発的意思だけで消費者の苦手意識の強い(中身に詳しくない)保険を本当に成約まで持っていけるのか?ということだと思います。

また損保協会からは特に公表はされていませんが、生命保険文化センターからはネット保険に関する意識と行動の調査結果が公表されています。

保険のEC率(ネット保険加入率)はわずか4% 

それによると、2015年から2021年にかけてネットを通じた生保の加入を考えるという人が9%から17%まで大きく伸びているのに、実際に生保のネット保険に加入している人は4%に過ぎないという結果が出ています(下図左)。




これを他のEC市場(物販)と較べて、保険にはEC適性がありそうか考えてみます。21年でネット保険加入率は4%というのは、経済産業省によるEC市場分析(上図右)における物販市場のEC化率の8.8%と較べれば半分に満たず確かに遅れていると言えます。

ただし、2015年からの伸び率でみるとEC物販市場もネット保険も180%の伸びを示しているので、保険にもEC化(エコシステムの変化)の変化の流れが起きているようです。EC物販市場が6年間で180%の伸長を見せ13兆円の市場に拡大していく流れに並行する形で、「生保もネットで加入出来たらいいんじゃない」という意向も17%(190%)に増えてきているということだと思います。つまり、消費者はEC化の時代の流れの中で保険もスマホで簡単に加入したり契約内容を変更出来たりすれば便利だと考えてきているのだと思います。

つまり、スマホで済ませられるEC化というエコシステムに対する受容性は保険であっても他のカテゴリーと変わらないということができそうです。保険の場合は、ネットで保険に加入する意向に対してネット保険の実加入率が25%前後のコンバージョン率に留まっていることに問題がありそうです。


下の図は同じ経済産業省の報告書からカテゴリーの詳細毎のEC市場規模を抜き出したもので、緑囲みのものは市場規模が1兆円を超えるカテゴリーです。





ECの市場規模が大きいということはそのカテゴリーはECへの適性がいいということを意味します。例えば:

  • 大きな商品をお店から持ち帰らなくても済む・・・食品・飲料/家電/家具・インテリア/衣服/書籍 
  • 今流行っているものを品切れなく入手できる・・・衣服/音楽 
  • お店で買うより安い価格のものを見つけることが出来る・・・食品・飲料/家電/旅行サービス
  • 価格や内容を比較するため、あるいは気に入ったものを見つけるため複数の店を回る必要がない・・・食品・飲料/家電/家具・インテリア/衣服/旅行サービス 
  • お店で対面ではないので、どんな時間でも利用できるし、途中でやめることも自由・・・全カテゴリー
  • お店のレジで待たされることがない・・・全カテゴリー 


という、カテゴリーの買物をより充実させるECならではのメリットがあると考えられます。 


ネット保険は上記のカテゴリー分類では「その他サービス」にはいりますが、金融サービス(ネット銀行・ネット証券)やネット保険のメリットは、 

  • 価格(手数料)が安く他と比較しやすい 
  • いつでも好きな時間に手続きできる 
  • お店で待たされない


という点に限られると思います。口座からの振替・振込が頻繁にある金融サービスであればこれだけで十分大きなメリットだと思いますが、めったに手続きなどしない保険の場合はどうでしょうか?

保険のダイレクト販売はそもそも、クローズドサークルやプッシュ型といった保険の特殊性(加入内容や価格を販売側から一方的に押し切られること)に対する反定立概念として、バブル経済崩壊期以降に導入されて、カタカナ保険の一種として注目を集めたことがありました。しかしながら、この時は価格だけのメリットでは弱く結局ダイレクト保険はあまり浸透しませんでした。

それに対し、現在はECの浸透と巨大市場化というエコシステムの大きな変化が背景にあります。このエコシステムの変化をいかに追い風に活用するかがネット保険の今後の成長のカギを握ってくると思いますが、大手の保険会社はダイレクトによるネット保険を脅威には感じていないと思います。


次回の第2回では具体的なブランドを挙げながら、各ブランドの強さについて見ていきます。 





執筆:カンター・ジャパン/ブランドコンサルタント 堀 義弘




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