営業範囲が広く競合も多岐にわたるB2Bマーケットでも、ブランドがどの程度顧客の心を掴めているのか、それはどのような要素に起因するのかを理解することで、新規顧客の獲得を拡大する手がかりとなる
ここまでBrandZのデータベースが扱っているB2Bカテゴリーの特徴や傾向とその解釈の仕方について説明してきました。一般にB2Bカテゴリーは一般消費財(B2C)とは異なり、専門性が高く、そのためターゲット顧客も限定されるとされています。限定された(閉鎖的な)領域で高度な専門性が要求されるので、その業界(領域)ではよく知られているが他ではあまり知られていない、というようなブランドが多いようです。
一方で、今回取り上げるビジネスバンキングには、メガバンクと言われるリテールバンキングも取り扱っていて知名度も高い巨大企業のブランドが多く含まれます。反面、地方銀行や信託銀行、外資の投資系銀行など、地域や専門領域に限定されており一般的には知名度の低い銀行も多く含まれています。
こうした広範な範囲で多岐にわたる諸々のブランドを、ビジネスバンクという一つのカテゴリーで括ってしまって分析することに何の意味があるのか?と疑問に思う方もいるかもしれません。こうした疑問と「B2Bで行うべきマーケティングとはどうあるべきか」という問いは、類似しているようにも思います。
B2Bでは自ブランドが拡張する可能性のある広めの範囲でカテゴリーを捉えておく
B2Bマーケティングでは「営業」の果たす役割が大きいということは既に述べた通りですが、B2Bのような閉鎖的な領域では営業がカバーできる密度が高くなり、必然的に営業ドリブンとなります。また、営業の現場ではパレートの法則が示すように「売上の大半は少数の顧客から得られる」ので、上位顧客を中心に営業体制が組まれ上位顧客からの売上機会を逃さないように配慮されます。その結果、B2B企業の売上成長は上位顧客の事業業績に大きく依存するようになります。
こうした経営基盤の不安定性から脱却するため、新規顧客の獲得や新規事業領域への拡大が意図・推奨されるようになります。これまでのビジネスモデルからこうした新規拡大は営業部のタスクとなりますが、営業部としては上述の通り新規顧客の開拓に慣れがあるわけでないのでマーケティングからのサポートを求めることになります。特に指摘されるのが、既存領域以外での「認知」の低さと新規見込み顧客へセールストークを展開するための資料の充実です。
以上のような流れがB2Bでの「よくある」パターンだと思います。上記の例で営業の方が『認知』不足というとき、実際に意味していることは単純な会社の知名度ではなく、これまで説明してきたブランドのマインドシェアに該当します。「え、そんなブランドや会社があるの?」=想起性が不足、「で、うちに何をしてくれるっていうの?」=意義性の理解が不足、「でも、それは他所でもあるんじゃないの。何が違うの?」=差別性の理解が不足、ということになります。
営業やマーケティングの要諦は『顧客の心(マインドシェア)を掴めば、どんなものでも必然的に売れるようになる』ということだと思います。閉鎖的な領域となりがちなB2Bビジネスでは、新規セールス拡大のため新しい市場への参入(Go To Market)を余儀なくされます。その時に、顧客の心が掴みやすくなるように、少しでも自ブランドにとって有利な条件の市場を考えるべきです。現在の得意領域に隣接するカテゴリーであれば、ブランドの『認知』は比較的高く、またカテゴリーを通じて共通の専門知識も多くなるので、ブランドのマインドシェアが醸成されやすくなります。
B2Bマーケティングとは新規顧客を開拓するための戦略的道筋作り
新しい市場(領域ニーズ)で顧客の心をつかむためには、当然のことですが、まずは己を知る(自ブランドと想定競合先の現状を知る)ことから始める必要があります。新規参入しているのですから高く『認知』されていないのは当然として、その市場の見込み客の目からみて自ブランドはどのように映っていて、何が期待されそうかを知っておくべきです。自ブランドの特長と認識されていることを新規領域でも「ハロー効果」として活用することができるからです。営業訪問で閉ざされたドアを開けるのは大変なことですが、もし自ブランドの特長が少しでも認識されていれば、その分の隙間だけドアを開けてもらうことができます。
その次に行うことは、市場を知る(その市場全体に共通する課題を理解する)ことです。マーケティングでは、特定の顧客の課題を深く理解することよりも、市場で共通した課題を理解することを重視します。新規顧客を数多く獲得するには、共通課題を理解した方が効率がよく、かつ市場の先行きが予測しやすくなるからです。
こうした市場情報を適宜に営業部門と共有化し、そのフィードバックを基に新規顧客獲得に向けたイベント等を企画・実施していくことがB2Bマーケティングの主な作業になるのではないかと思います。
BrandZのデータを基に、ビジネスバンキングを例に実際にどのように市場理解をしていけばいいかをみていきましょう。
マインドシェアでトップのゆうちょ銀行
リテールバンクの記事でも紹介していますが、法人部門を含めた国内銀行の経常収益ではMUFGとSMBCが群を抜いており、ゆうちょ銀行も巨大銀行なのですが融資部門を持たないため倍近い差が開いています。
ところが、ビジネスバンキングのマインドシェアでみると、ゆうちょ銀行がMUFGやSMBCを抑えてトップブランドとなっています。調査対象者はビジネスバンク選択の意思決定プロセスにある程度以上関与している人達としていますが、企業規模に下限を設けていないので、振込決済業務が多い中小企業や個人事業主の割合が高いからだと思われます。
従来のいわゆるメガバンク中心の視点からすると意外なことかもしれませんが、個人事業主まで含めた広範な「ビジネスバンキング」サービスを俯瞰すると、こうした風景が表れてくるということだと思います。個人事業主のような小規模企業までターゲットに含めるのはスケールメリットに合わないから調査対象から除外するということが多いと思いますが、その時点で新規開拓のタネ(ソースオブビジネス)を切り捨てているという点はご注意いただくといいと思います。こうして切り捨てられた顧客には充たしきれないアンメットニーズや不満(テンション)が生じることが多く、そこに新規需要を開拓するイノベーション機会もあるからです。
現にゆうちょ銀行は融資業務を行っていないにもかかわらず、法人にとっての口座開設の容易さとネットバンキングの利便性、および他行への振込手数料の安さで、これだけ高いマインドシェア=法人口座数を獲得していることになります。
意義のある差別性が高いゆうちょ銀行
先ほどのマップから、見やすいようにゆうちょ銀行とメガバンクだけを抜き出したものが下図になります。ゆうちょ銀行は意義性が最も高く、差別性ではMUFGにやや劣るもののSMBCやみずほを上回っています。意義性は利用体験で強化されますから、意義性が高いということはそれだけ現利用者が多いということを意味します。
ゆうちょ銀行の意義性と差別性の高さには、他行あての振込手数料の安さがあげられます。下記のデータはやや古いものの、各銀行の振込手数料の違いを一覧で比較したものです。これを見ると、ゆうちょ銀行の優位性が理解できると思います。特に企業規模が大きくなれば、それだけ振込決済数も多くなるので手数料額が倍近く違うのはかなりのインパクトがあると思います。
予想されるネット銀行のビジネスバンキングへの浸透
このように振込決済領域でマインドシェアを高めたゆうちょ銀行ですが、こうしたゆうちょ銀行にも死角があってそれは台頭著しいネット銀行だと思われます。データは古いですが上記表を見ると、ゆうちょ銀行の手数料をさらに下回っているようです。
また、電子商取引に関する経済産業省の報告書を見ると、B2Bの金融サービスのEC化率は製造業などの他のB2Bと較べてまだまだ低いようです。手数料の安さに加えてネットバンキングの使いやすさが加味されることで、今後ネットバンキングはビジネスバンキングでもマインドシェアを上げてくるのではないかと思われます。
巨大メガバンクの中では健闘しているりそな銀行
また、上述のマッピングを見るとメガバンクの中で、りそなだけ想起性が平均の100を下回っており、意義性・差別性も最下位で、マインドシェアも6%とMUFGの18%の1/3しかありません。しかしながら、先に紹介した23年の経常利益をみると、MUFGの4.8兆円に対して5千億円と10倍近い差が開いているわけですから、りそなはビジネスバンキングのマインドシェア(顧客の心を掴む)という点では善戦しているといえます。問題はそのマインドシェアをいかに実際の利用シェアにつなげていくかということになりますが、これについては後述します。
広範なビジネスバンキングの意義性・差別性に影響を与えるイメージ因子
振込決済を含めて広範なサービス領域を持つビジネスバンキングですが、全体としてどのような要素が大事なのかを、ビジネスバンクの各ブランドイメージを因子分析によってみていきます。BrandZデータベースではB2Cを含めた全カテゴリーで共通のブランドイメージ(約30項目)を聴取しているため、そのデータを用いています。また、目的変数にはブランドの意義性と差別性をおいています。共通イメージをつかっているので、結果はやや抽象的なものとなってしまいますが、ビジネスバンク全体に顧客はどのようなことを求めているかのイメージは掴むことが出来ます。
上記の因子だけだと少しわかりづらいと思うので補足説明を入れると、「創造的破壊」とは将来に影響があるような大きな変化を積極的に起こそうとしているという意味です。また「人格的信頼」とは、ブランドを人に見立てて誠実であるとか分け隔てしないといった人格面への評価です。「地域由緒」は、例えばフランスのワインのように特定地域との結びつきがブランドに価値を与えていることを意味します。また「先進性」や「目的意識」は言葉通りなのですが、先進性因子には業界を牽引するリーダーという意味合いが多く含まれており、目的意識は「人々の暮らしをよくする」という目的意識の高さのみを意味しています。
こうしたイメージ因子による貢献度は、意義性や差別性などの目的変数によって異なりますし(目的変数によって重要な因子が異なるということ)、またカテゴリーによっても大きく異なります。
得意領域の違いによりイメージ因子による特長も異なる
下表はこのイメージ因子ごとの評価がビジネスバンキングのブランド毎にどのように違うかをまとめたものです。使っているスコアはBIPという特殊な指標を使っています。数字は絶対値的な大きさを示すのではなく、比較しているブランド間での相対的な違いを示しています。BIPスコアの見方はプラス/マイナス共に5以上あれば、その因子イメージはブランドの特長としてかなりはっきりしている、という見方をします。2桁以上のスコアであればブランドの強い特長とみることができます。マイナスの場合は、イメージ因子とは逆の方向に特長がはっきりしていることを意味します。
ビジネスバンクは広範な種類(サブセグメント)がありますが、下表でイメージ因子の強弱関係を見ると、サブセグメントごとに共通の傾向がみられるようです。
- メガバンクと地方銀行は波形が類似するが、地方銀行はそれぞれ、地域由緒や専門性、創造的破壊(変化に熱心)といった点で個性を出そうとする傾向がある。また環境責任については、メガバンクよりも更に熱心に行っている印象が強い。
- メガバンクと資金調達・資産形成系銀行はかなり対照的なイメージとなる。両者の比較では、メガバンクは卓越性や目的意識、および環境責任が強いが、人格的信頼や識別性が弱い。逆に資金調達・資産形成系銀行では人格的信頼や識別性がブランドの個性として際立っている。
- MUFGは先進性(業界をリードしている)というイメージが強い。一方で、HSBCも高度に専門的な領域でのリーダー感が強く感じられている。
- 振込決済の領域で言うと、求められているのは利便性因子でありゆうちょ銀行が圧倒的に強い。利便性は店舗が限られる専門的な銀行(HSBCやスタンダードチャータード)で低いのは理解できるが、地方銀行でも西日本シティ銀行のように低く感じられているところもある。
- 一方でゆうちょ銀行が弱いのは先進性であり、ビジネスバンキングをリードしているイメージからは程遠いイメージが持たれている。
というようなことが読み取れると思います。
地方銀行の中では意義性が頭抜けて高い西日本シティ銀行
次に、先ほどの俯瞰で波形が類似していたメガバンクと地方銀行ももう少し詳しく見てみます。全般的に地方銀行はメガバンクのミニ版といった印象が強く、マインドシェアもメガバンクの半分以下で、タイポロジーマップでも意義性と差別性が低い左下象限に集中しています。
そうした中で福岡に地盤を持つ西日本シティ銀行の意義性が頭抜けて高く、メガバンクのSMBCさえも超えています。そのため、想起性も地方銀行の中で唯一100を超えています。この理由として考えられるのは、知覚価格の指数(後述)をみると手数料や利息が最安値帯で知覚されていることに加えて、先ほどの表にあるように地域由緒性(地域との密着度)が高いことが考えられます。HPを見ると、地域企業向けにWEBだけで申し込みが完結する簡易な融資も提供しているようなので、地域密着とネットバンキングの利便性を合わせたハイブリットなアプローチが功を奏しているのかもしれません。地方銀行の場合、店舗数は概ね200店舗以内が多く西日本シティ銀行の店舗数も177店です。SMBCの444店やりそなの324店と較べて多くもないので、意義性の高さはこうした提供サービスの違いによるものと考えられます。
その他の地方銀行についてもイメージ因子の違いをもう少し見ていきます。
上述したように西日本シティ銀行は地域由緒が高いのですが、同じ地域で店舗数もほぼ同数の170店舗ある福岡銀行では地域由緒性は特長になっていませんので、各行の方針によっても受け取られ方が違うのだと思います。
西日本シティのように地域由緒が高い地方銀行には、他にも第四北越銀行や静岡銀行があります。
地方銀行だからといっても必ずしも地域由緒性が高いとは限らず、北洋銀行や福岡銀行のように特定の領域にこだわりや他にはない専門性を示している場合もあります。
また、横浜銀行や千葉銀行は、サステナブルファイナンスを積極的に推進することで、将来に向けて変化をしていこうする姿勢(創造的破壊性)が評価されているようです。
サステナビリティについてはメガバンクも一定の評価を得ているようですが、地方銀行の方が地域企業への具体的なサステナブルファイナンスを通じて環境責任イメージが高くなる傾向が見られます。
地方銀行のこうした環境責任への取り組みは、地域との密着や地域に変化をもたらす活動として評価される傾向があるのに対して、メガバンクの場合は(人々の暮らしをよくするという)ブランドの目的意識の高さとして捉えられる傾向があるようです。目的意識の高さは、メガバンクの「優等生」的イメージの高さも影響しているかもしれませんが、地方銀行の場合は意義性が高かった西日本シティ以外は目的意識が高いとは受け取られていないようです。優等生以外は実際に行動していることが伝わらないと目的意識が高いとは思ってもらえない、ということかもしれません。
高度な専門性があれば差別性は高くなる
今度はメガバンクとブランドイメージが対照的だった資産運用系の銀行を比較してみます。専門性が高いということはユーザーの数も限られるので、マインドシェアもそれほど高くなりません。三井住友信託のマインドシェアがりそなに並ぶのは、旧財閥系のこれまでの実績ということだと思いますが外資系のHSBCやスタンダードチャータードのマインドシェアは(広範なビジネスバンクブランドの中では)2%を切っています。
代わりにこれらの銀行は差別性が高くなっています。高度な専門性が認められる場合、差別性の評価が高くなる傾向があります。
食べ物に例えれば、この象限のブランドはスパイスが効いていて通の大人向けだが万人向けではないエスニックフードに近いのかもしれません。これに対してSMBCは万人受けだが、味にあまりはっきりした特徴はなく「いつも食べなれているから食べている」食品ということになります。右上象限にあるMUFGの場合は、スパイスも効いていて通の大人から子供まで万人がおいしく食べられる本格麻婆豆腐といったかんじかもしれません。
また、メガバンクのみずほが意義性よりも差別性(高度の専門性)が高い左上象限に入っているのは消費者目線では意外な感じもしますが、ビジネスバンクの場合、前身の旧興銀のイメージが強いからだと思います。
差別性(専門性)が高いと人格的信頼性も高く評価される
人格的信頼は共通イメージ因子のところで説明しましたが、誠実さ等の人を信頼する時に大事にされる印象を指します。最近注目されているD&I(多様性とインクルージョン)も、「全ての人に敬意を示し平等に扱う」という観点でこの人格的信頼に含まれます。
興味深いことに、下表で見られるように、専門性の高い資産運用系銀行の方がメガバンクよりも人格的信頼の強さがブランドの特長となっていることです。メガバンクではSMBCを除いて、この人格的信頼が弱く(人格的信頼が弱いのがブランドの特長と)なっています。
BIPスコア:ブランドの特長を相対的に把握する指標
上記表で使われている数字はBIPと呼ばれる特殊なスコアを用いており、実際のアンケート結果では各メガバンクのイメージスコアはそれほど低くはありません。下表の左側は、アンケット結果スコアを平均的なブランドが100となるように指数化して表示したものです。人格的信頼因子は下表頭の3イメージ項目から成り立っていますが、りそなの「隠し立てがなく正直である」を除けば、メガバンクは全て平均的なブランドの評価を上回っていることがわかります。
ところが、消費者のブランドに対する反応の仕方として「ブランドのマインドシェアが大きくなればなるほど各ブランドイメージスコアも高いスコアがつきやすい」という傾向が全般的に見られます。MUFGのようなマインドシェアが高いブランドは人格的信頼以外のイメージも全て高く出てしまうので、人格的信頼をMUFGに固有の特長とみることはできません。そこで、ブランドの相対的な大きさから求められる期待値を想定して、その期待値を上回っているか下回っているかをみたものが表の右側のBIPです。
このBIPスコアでみると、MUFGの人格的信頼イメージは全て期待値を下回っていることになります。それに対して、SMBCはMUFGよりも期待水準が低いため、「隠し立てがなく正直」のBIPスコアはプラスとなります。
ブランドによって期待値の充たし方には違いがあり、それがブランドの強弱につながる
実際のBIPの算出の仕方の説明ではありませんが、「ブランドへの期待値」という考え方についてもう少し説明をします。下図は、ビジネスバンクの各ブランドの想起性を縦軸においたものです。BrandZではブランド毎に30前後のイメージ項目を聴取していますが、その平均スコアを横軸においています。そうするとRスクエアが0.7の回帰直線が得られます。この回帰線をビジネスバンクへの期待値として見ると、MUFGは全体的に期待値を超えたスコアが獲得できています。つまりMUFGはブランドイメージの平均で期待値を超えた=強いブランドとみることができます。それに対し、SMBCやみずほはイメージの平均値が期待値を下回っており、想起性の大きさから期待されるレベルを充たしきれていないブランドということが出来ます。
以上のような全体的な期待値に対する各ブランドの水準値という理解を踏まえた上で、先ほどの人格的信頼の話に戻ると、(全体的にイメージが期待値を超える水準にある)MUFGにとって人格的信頼の評価は相対的に弱い、それに対して(全体的にイメージが期待値を下回っている)SMBCにとっては人格的信頼の評価は相対的に高くSMBCの特長として認識されやすい、ということになります。
以上のメガバンクに対して、外資の資産運用系銀行のマインドシェアは2%を切っており、想起性指数も60程度しかないのですが、そこからの期待値からすると人格的信頼への評価が思った以上に高かったということになります。高度の専門性を売りにしているわけですから、そうした専門性の高いサービスへの反応として高い評価が得られるのも、当たり前と言えば当たり前なのかもしれません。
ただし、人格的信頼の各項目は、日本企業が顧客接遇面で大事にしてきた要素だと思います。そのために社内教育や社内文化もこれまで充実されてきている企業様も多いと思いますが、外資系企業が高度な専門性さえ提供できれば、そうした日本的接遇の良さという城壁は簡単に乗り越えられてしまうというのは、これまで日本企業の良さに慣れ親しんでいる者としては少々驚きがあります。
ビジネスバンキングのブランドの価値には高低差がある
ビジネスバンキングの内容は広範にわたっているのでブランドの価値を比較するのは難しそうですが、BrandZでは「知覚価格」というものを用いることでこれを解決しています。知覚価格とは調査対象者にそのカテゴリーの平均的な価格というものを想定してもらい、各ブランドの価格(値ごろ感)を平均との相対的な乖離感(とても/やや・安い/高い)で測定するものです。こうした値ごろ感査定を行うと対象者の判断には品質評価が含まれるようになります。顧客心理として、品質が高いと思われていれば高めの価格を想定しがちで、品質評価が低ければ低めの価格が想定されやすくなります。そこで、「知覚された価格に対してそれ以上/それ以下の価値」をブランドに感じるかを併せて聴取することで、ブランドの価値を特定することが出来ます。この「価格以上の価値を感じさせる力」をプライシングパワーと呼んでいます。
以前はブランドにプレミアム価値を作り出すという意味でプレミアムパワーと呼んでいたのですが、バリューブランドのように低価格帯でも高い価値を感じさせるブランドもあるので、ブランドの値付けに影響を与える力という意味でプライシングパワーという名称に変更しています。このように算出されたプライシングパワーをブランドの意義性・差別性・想起性スコアで回帰分析を行い、ブランドの価値(プライシングパワー)には差別性と意義性(意義のある差別性)が大きく影響することがわかっています。
高度な専門性がビジネスバンキングのブランドに価値を生み出す
下の図はビジネスバンキングブランドの知覚価格(横軸)とプライシングパワー(縦軸)の関係を示したものです。銀行サービスなので価格とは主に金利や手数料を意味することになります。
メガバンクや旧財閥系ブランド(三井住友信託)の知覚価格は相対的に高く認識されています。それに対して、地方銀行や外資の資産運用系銀行の知覚価格は低く認識されています。振込手数料の安さに特長(利便性)のあるゆうちょ銀行の知覚価格も平均的価格より低く認識されているのですが、それよりもさらに低く認識されています。地方銀行で意義性の高かった西日本シティ銀行は知覚価格が最安値帯となっています。
ただし、縦軸のプライシングパワーをみると、地方銀行は価格は安くてもそれなりの価値しか感じられないと評価されています。それに対し外資の資産運用系銀行はMUFGを超える高い価値が感じられており、「価格の割にバリューの高いサービス」と認識されてます。右上象限にあるMUFGや三井住友信託は「価格は高いが価格に見合った価値のあるサービス」と受け取られているのに対し微妙な違いがあります。先ほど見た人格的信頼因子で外資の資産運用系が高く評価されたのは、こうしたバリュー感も影響しているかもしれません。
また、ここで注目すべきは、横浜銀行と千葉銀行です。どちらも地方銀行なので知覚価格(手数料)は低く認識されていますが、プライシングパワーも比較的高く(地方銀行では群を抜いて)認識されている点です。プライシングパワーが高い時は、通常は差別性か意義性が高く評価されています。ところが、これまで見てきたように横浜銀行も千葉銀行も、サステナブルファイナンス等でユニークなサービスを行い地域企業に大きな変化をもたらすという評価は得ているものの、差別性や意義性の評価は低く、最初に紹介したタイポロジーマップでは左下象限の中に沈んでいます。こうした「捻じれ」を説明する鍵が両行の営業力(フィジカルアベイラビリティ)の中にあります。
営業力への依存度が高い横浜銀行と千葉銀行
BrandZでは、ブランドのマインドシェアを聴取するほかに直近のブランド使用率も聴取して、両者のギャップから「顧客の心の中」の作用以外の要因(フィジカルアベイラビリティまたは市場要因)による影響を明らかにします。B2B市場の場合、このフィジカルアベイラビリティの大半は営業力が作用することになります。
下のグラフは、ビジネスバンキングの各ブランドの直近利用率(=推定マーケットシェア)の中で、マインドシェアが伴ったものと、マインドシェアがないのにも関わらず利用された場合の比率を出したものです。
B2Bに限らず全てのカテゴリーで、マインドシェアがないのにも利用されることが33%あります。マーケットシェアもマインドシェアも全てのブランドを足し上げると100になるように計算されていますから、マインドシェアがないのに利用されることになったブランドは、顧客が実際に利用する段階で顧客のマインドシェアを獲得していた競合ブランドのシェアを奪取したことになります。こうした奪取がどのマーケットでも平均で1/3くらい発生していることになります。
ビジネスバンキングでは、こうしたマインドシェアによらない利用の獲得(フィジカル起因)は主に営業力と考えることが出来ますが、上のグラフではこうした攻めの営業力が強いのがSMBCで、マインドシェアに寄らない営業力だけで5.7%のシェアを獲得しています。とはいえ、SMBCはマインドシェアから利用されることも多いので、フィジカル(営業力)起因の比率は31%と平均的な数値に収まっています。
ところが横浜銀行と千葉銀行のフィジカル(営業力)起因比率を見ると6割超と非常に高くなっています。全般的に地方銀行のフィジカル(営業力)起因比率は高めなのですが、その中でも両行の高さは際立っています。両行の営業力が強いこと自体はいいことなのですが、おそらくその評価が属人的な営業マンへの評価となってしまい、ブランドの評価につながっていない点に問題があるように思われます。先ほど見たプライシングパワーでは、営業マンの属人的な力量が両銀行の価値(プライシングパワー)として評価はされていたものの、銀行の差別性や意義性にはつながっていないので、営業マンの配置換え等でプライシングパワーが低下してしまう恐れがあります。KPI的に言えば、このフィジカル起因比率が50%程度に下がるように、マインドシェアをもっと強化した方がいいと思われます。
メガバンクの営業はブランドの高いマインドシェアを販売に転換させる力に長けている
B2Bの営業(フィジカル)力を評価するもう一つの見方は、既に獲得しているマインドシェアを実際の利用にまで転換する力の強さです。いくら高いマインドシェアを獲得していても、セールスの現場で競合ブランドにシェアを奪われてしまえば意味はありません。営業の現場では、競合より有利な特典的な条件を提示したり、足繫く通ったりすることでマインドシェアが競合にあっても逆転することが出来ます。このような競合からの営業攻勢に対して守りを固め、自ブランドのマインドシェアを無事セールスに転換することも営業の大事な役割の一つです。こちらの守りの力はマインドシェアに対して、それが購買に転換された転換率を見ることで確認できます。B2Cを含めた全カテゴリーでの平均転換率は60%となっています。
こちらの購買転換率はりそなを除くメガバンクやゆうちょ銀行が強く7-8割の転換力があります。地方銀行では西日本シティ銀行や第四北越も7割台の高い守備力を持ちます。両行は地域由緒(密着)性が高かったので、そうしたことが守りの営業力の強さにつながっているかもしれません。
一方で、先ほど攻めの営業力によるフィジカル(営業力)起因比率が高かった横浜銀行と千葉銀行の守りの営業力はそれほど強くなさそうです。地方銀行はマインドシェア自体がそれほど高くないのですが、それ故に競合営業の収奪脅威からマインドシェアを守り、大きく育てていく必要があると思います。
メガバンクは営業の攻めと守りのバランスが取れている
B2Bの営業力には攻めと守りの両側面があることを説明しましたが、両者を一つのまとめたのが下のグラフです。縦軸はマインドシェアの購買転換率(%)ですが、横軸はマインドシェアなしに営業力だけで獲得できた直近利用(%)を示します。先ほどの攻めの営業力の説明では、直近利用率におけるフィジカル(営業力)起因の比率を使いましたが、ここではストレートにフィジカルだけで獲得できた直近利用シェア(%)を使っています。
グラフにおける両者の関係性をまとめると、攻めの営業攻撃力(成果%)を高めたいのであれば、先に守り(マインドシェアの成果への転換率)を固める必要がある、ということです。グラフでは縦軸のマインドシェア転換率が7割を超えてから、攻撃的営業で獲得できるシェアも増えるようです。
実際には攻撃的営業力で平均以上のシェアを獲得できているのはメガバンクとゆうちょ銀行しかありませんが、彼らのマインドシェア転換率は7割を超えています。それに対し、先ほど見た横浜銀行と千葉銀行は守りよりは攻めの比率が高い(グラフの右寄りに位置する)のですが、%的には攻撃的営業力でそれほど大きなシェアが獲れているわけではありません。
まとめ:
領域が広範にわたるB2Bの市場では、直接的な競合以外にも間接的に将来競合しうるブランドも多く存在しています。新規顧客や市場の獲得に将来の成長性を確保するために、中長期的な視点で自ブランドが拡張すべき戦略的ドメインを明らかにし、新規参入の準備を進めておく必要があります。こうした準備の初期段階として、ここまで見てきたような市場の全体的俯瞰図を把握しておくことに意味があるようです。
ビジネスバンキングの場合では、高度の専門性を備えておくことがマインドシェアを高めるのに有利となることと、マインドシェアから販売につなげる守りの営業力を備えておくことが後々の攻めの営業力強化にもつながる、といったような示唆が得られたと思いますが、これらの示唆は他のB2Bカテゴリーにも参考になるのではないかと思います。
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