KANTAR BrandZ Sector Analysis
【第1回】銀行(リテールバンキング) マーケットが直面する新しいエコシステムへの変化という潮流に、ブランドはどのように対処していけばいいのか



エコシステム変化の背景にある「消費者のニーズ」を正確に理解し、新しい潮流の中で自ブランドの役割を明確に築き上げていかなければ、潮流に乗り遅れて水没してしまう 



このシリーズではBrandZのデータベースを使って、国内の個別のカテゴリーを取り上げてブランドと消費者との関係がどのようになっているかの事例を紹介しています。

前回はキャッシュレス決済サービスを取り上げ、eコマース市場の台頭に加えて店頭販売でも「手軽でお得」な電子マネーという新しい潮流が浸透していることを見ました。PayPayの成功を好例として、消費者のマインドシェア(メンタルアベイラビリティ)を強化し、端末設置店舗数などの流通面(フィジカルアベイラビリティ)の強化もマインドシェアとの関係性で捉える重要性を説明しました。

こうした電子決済という新しいエコシステムの登場による市場変化を、今回は銀行(リテールバンキング)を例に取り上げて見ていきたいと思います。

リテールバンキングでは、最大のATM設置数を誇るゆうちょ銀行に加え、系列の流通店舗数の多さを活かしたセブン銀行、イオン銀行も自行ATMで他行口座取引を可能にしたため、こうしたATMネットワーク(エコシステム)の活用を前提としたネット銀行が新たに成長してきています。


銀行業界のトップブランド

大手銀行の主な収益源は法人部門であり、リテールではない

リテールバンキングを中心としたいわゆるネット銀行の経常利益は、メガバンクと言われる大手都市銀行やゆうちょ銀行と較べると比較にならないほどの差があります。この差はメガバンクやゆうちょ銀行は法人部門を扱っているからと言われており、法人部門を中心とする信託銀行が同じく上位に食い込んでいることからも裏付けられます。




郵便局をベースにした店舗・ATMの圧倒的な数による利便性を誇るゆうちょ銀行を別にすれば、これだけ法人部門と差があるのであれば、大手メガバンクはリテールバンキングを事業の基軸においた発想ができないのも仕方がないことだと思います。 

また、原則的に店舗をもたないネット系銀行でも、系列流通店舗に設置されたATMを多く保有するイオン銀行・セブン銀行を除くと、ネット銀行の経常利益はメガバンクとは2桁もちがうので、「まだまだ脅威とは感じない」というのが本音ではないかと思います。


急速に成長するリテールバンキングのEC(電子)化 

法人部門ほどの市場規模はなくても、リテールバンキングはコロナ禍をはさんだEC(eコマース)市場の拡大に伴いECによる金融サービス市場は急速な成長を見せており、経済産業省の推定によれば2019年から2022年にかけて130%近い市場成長率を示しています。2022年の対前年成長率は6%程度でEC物販市場の伸びとほぼ同率となっており、今後もEC市場の拡大と共に成長を続けていくものと思われます。






EC物販市場が14兆円と巨大なため、7,500億程度の金融EC市場規模は小さく感じるかもしれませんが、下図のように最近の成長市場と言われている音楽・動画のネット配信事業や電子出版(主に漫画のネット配信)事業を市場規模で上回っています。



出典:経済産業省「電子取引に関する市場調査報告書」



消費者からすれば、これだけ世の中がネット(EC)で用を足せる便利な時代になったのだから、銀行手続きもネットで簡単に済ませたい、ということなのだと思います。今日では租税公課の支払いも銀行窓口で並ぶことなくECのコード決済で「いつでも」簡単に済ませられるようになっています。


郵便局かセブンイレブンに行けば小口現金を引き出せる時代 

口座振込や振替はECでいつでも(スマホアプリであれば、そしてどこでも)簡単に行うことができますが、消費支出に必要な小口現金は銀行のATM(または窓口)で引き出す必要がありました。以前は自分の銀行ATMを探すのが結構手間がかかりましたが、現在はゆうちょ銀行やセブン銀行のATMで他行口座でも現金を引き出すことが出来ます。

下表は各銀行の店舗/ATMの設置数をまとめたものです。設置数の多さが消費者にとっての利便性を表しますが、ゆうちょ銀行が他を圧倒しているのがわかります。またセブンイレブン(セブン銀行)や農協(JAバンク)も利便性においてメガバンクを大きく上回っていることがわかります。



メガバンク(特にUFJやSMBC)の店舗/ATM数が比較的少ないのは、「都市銀行」という大都市中心の業態によります。大都市以外の地方都市については地方銀行がカバーするというのが従来の銀行業態です(地方銀行のATM数は上位行と較べ更に少ないのでリストには含めていません)。 

ただし、こうした小口現金の引き出しについても新しい流れが生じているようです。経済産業省の調べによると支出におけるキャッシュレス決済の浸透は年々増加しており(23年で約40%)、それでも欧米諸国と較べるとまだ低い水準なので、今後も浸透は進んでいくと推測されています。





これについては前回で触れていますが、ポイント還元といった「使うとお得な」キャッシュレス決済サービスの台頭によって、今後は小口現金引き出しの利便性需要構造にも大きな変化が生じてくる可能性があります。 

世の中全体のEC化への動きを背景に、銀行振込・振替のEC化とキャッシュレス決済の浸透拡大により、リテールバンキングのエコシステムにも今後変化が生じてくるように思われます。当然、そのエコシステムに生息する銀行ブランドの現「生態系」にも変化が生じてくることになります。 

そうしたブランドの「生態系」の変化について、いつものようにBrandZのデータを用いて見ていくことにしますが、その前にもう少しリテールバンキングの消費者ニーズと利用行動についてデスクリサーチから把握しておきましょう。


消費者がリテールバンキングに求める3大ニーズ 

下表は、全国銀行協会のアンケート結果を基に、消費者のニーズの高い項目を銀行業態別の充足度でみたものです。



消費者がリテールバンクに求めるものは大きく3つにわけることが出来ます。 

ひとつは「利便性」で、提示した店舗/ATM数がこれに該当します(全体設置数が多ければそれだけ立地条件が良くなる=身近な場所に近くなる)。これについてはゆうちょ銀行が最も高いのですが、先ほど触れたようにゆうちょ銀行・セブン銀行ATMの他行乗り入れの恩恵により、ネット銀行でも利用ATMに関してはゆうちょ・都市銀行と較べそれほど遜色はないようです。それに対して、ECのウエブサイトの使いやすさに関しては、ネット銀行は他を圧倒しているようで、ゆうちょ・都市銀行といった大手もネット銀行から学ぶべき点も多そうです。


2つ目は手数料の安さや金利の有利さといった「経済性」になります。経済性というとちょっと堅苦しいので、消費者目線からいえば「お得感」の方がより感覚的に近いのかもしれません。これについては、ネット銀行に圧倒的な差があります。『銀行をお得に使いたい』という消費者ニーズに応えているのはネット銀行だけ、という結果となっています。


3番目は「デフォルト性」になります。デフォルト(初期設定)というとわかりづらいかもしれませんが、『最初に選ばれたものがそのまま標準となる』ということを意味します。リテールバンクのデフォルト性を、消費者は「大きいところが安心」と「給与が振り込みされる口座」の2軸で判断するということになります。この2軸では都市銀行(メガバンク)が優位となっています。最初に見たようにメガバンクは法人部門が強く、そのシンジケートを活用すれば取引先法人社員の給与振り込み先口座に指定してもらいやすくなります。


これがリテールバンキングにおける「従来型のエコシステム」の強みになっていたと考えられます。この「デフォルト」ニーズ以外では、「利便性」は特に強いわけでもなく、「お得感」では劣っているという歪みがあったことになります。それが、ネット銀行の登場によって今後揺さぶりをかけられそうな情勢になってきている、ということだと思います。


3つのニーズによる口座の使い分けが進んでいく

この3つの消費者ニーズを基に、リテールバンクの口座用途について下記のように「定性」的にまとめてみました。これは定量データに基づくものではなく、筆者が銀行ユーザーの一人として定性的にまとめたものとなります。そのためため、ご覧いただいている方々にとってはもう少し違うものになる可能性がありますことご了承ください。


デフォルトの口座(メガバンク)ではネット(EC)振替・振込もできるのでそれを活用するが、そのネット口座が使いづらい(大手銀行のネット口座はセキュリティ上の認証や制約のかけ方が複雑という印象がある)ので、手数料が安価なネット銀行を使うことを検討した。定額貯蓄や保険料はそのままデフォルト口座から自動引き落としにしているが、それ以外の金額はネット銀行へ移して、その口座を支出用に使っている。住宅ローンは借入先銀行で作らされた口座からの引落しとなるので、手数料の安いネット口座から振込でいる。以前は地方出張の時に便利なのでゆうちょ銀行に口座を持っていたが、いまはコンビニのATMで間に合うので引き出し手数料の安いネット銀行の口座をそのまま使っている。そのためゆうちょ銀行口座は休眠状態になっている。出張のホテル代はクレジットカードを使うが、いまは飲食店での支払いはキャッシュレス決済を使うことが多い。ポイントが付くのでクレジットカードよりお得感があるからだ。毎日行く会社の近くのコーヒーショップでもキャッシュレス決済をするようになったので、ATMで手もと用の現金を引き出す回数が減った。財布の小銭も少なくて済むので、便利だなと思う。



以上はあくまでも1ユーザーの例にすぎませんが、このようにリテールバンキングの利用環境(エコシステム)は明らかに変化してきているように思います。以上前置きが長くなりましたが、次回はこれまでと同様にBrandZデータベースをもとに、銀行(リテールバンキング)について掘り下げていきます。 


執筆:カンター・ジャパン/ブランドコンサルタント 堀 義弘




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