マーケッターのためのブランド戦略

【第1回】売上成長にとって重要なのは、マーケティング戦略か営業戦略か?

それぞれの戦略効果の可視化と一元化を行い、最適化を図るための手法と分析のポイント


ブランドの売上を伸ばすためにはマーケティング戦略と営業戦略のどちらが重要か、という問いは企業の実務担当者の方々にとっては馬鹿げたことかもしれません。何故ならどちらも重要に決まっているからです。最近のマーケティングの権威であるバイロン・シャープ教授も、前者をメンタルアベイラビリティ、後者をフィジカルアベイラビリティに分類し、どちらもブランドの売上成長には欠かせない要素としています。しかしながら、それぞれの効果を可視化して両者のバランスの最適化が行えている企業や事業体は極めて稀でないかと思います。その理由は、両者は販売という結果にそれぞれ密接な関係があるにもかかわらず、立脚する視点と実施する主体(組織)が異なるからです。

下図は、製造業のビジネスモデルの主な構成要因とバリューチェーンを示したものですが、フィジカルアベイラビリティを推進する営業部門は視点が企業主体であるのに対し、メンタルアベイラビリティを推進するマーケティング部門は顧客(エンドユーザー)主体の視点を持つ点が根本的に異なります。販売用語でセルイン・セルアウトという言葉が使われたりしますが、営業の力で流通に商品を押し込むのがセルインで、マーケティングの力でエンドユーザーを刺激して流通にある商品を掃き出させるのがセルアウトとなり、商品をより多く販売するというベクトルは同じであっても、インとアウトというように営業とマーケティングの主眼は全く異なります。 



この視点の違いが営業とマーケティングを隔てさせてしまうのは、営業は企業内で完結するバリューチェーンの中に完全に含まれるのに対し、顧客(エンドユーザー)視点を持つマーケティングは企業内で完結する価値連鎖の外にいったん出てしまう点にあります。企業内で完結する価値連鎖内では、全ての投資は資産という形で企業に内部留保されるのに対し、マーケティングでは企業内連鎖の外にある顧客(エンドユーザー)の頭の中に資産を形成しようとする点が大きく異なります。

営業部門で最も積極的な投資策は営業人員のヘッドカウントを増やすことですが、こうした投資は営業離職者が増えない限り社内資産として内部留保されます。あるいは流通先に販売助成金等を供出する場合も、それに連動した売上(セルイン)を交渉することにより売上成果もある程度担保することができます。それに対して広告宣伝費等のマーケティング投資の場合は、顧客(エンドユーザー)の頭の中に作った資産(=ブランドに対する好意的態度等)が顧客の気まぐれで消失するリスクが伴います。あるいはマーケティング投資に対する効果が担保されないという懸念も伴います。

こうした意思決定の容易さの違いが背景にあり、結果的にセルアウト(マーケティング)よりもセルイン(営業)に重点を置いている企業様も多いのではないかと思います。ところが、そうしたセルイン重視の結果流通在庫が増えてしまいどのようなセルアウト策を講じる必要があるかを課題としている、というご相談もクライアント様からよく受けます。そのような時「うちは大規模な広告を派手に投下することを是とするような会社ではないから、どの程度のマーケティング投資が最適なのかを知ることがポイントであり、経営上層部の説得に欠かせない」ということをよくお聞きします。フィジカルアベイラビリティとメンタルアベイラビリティの効果が可視化できれば、両者の最適なバランスも明らかにすることができるようになります。

カンターでは独自の手法を開発してこの課題を解決しています。カンターでは20年以上に渡り、日本を含むのべ54か国で2万以上のブランドについてBrandZという自主調査を行っており、そのデータを基に以下のようなモデル(MDF:Meaningful Different Frameworks)を開発しています。

このモデルでは最初にまず消費者(エンドユーザー)がブランドに対して感じている意義性・差別性・想起性というものを算出して、この3指標を基にブランドが消費者の頭の中に占める大きさ=マインドシェアを特定します。この時、同じ調査で聴取した申告ベースの推定マーケットシェアを参照するようにしてマインドシェアができるだけマーケットシェアに近似するように調整をします。このマインドシェアはマーケットシェアと同様に占拠率で算出しますが、異なるカテゴリー市場間でもブランドが消費者の頭の中を占める大きさが比較できるように、平均的なブランドのマインドシェアが100となるように指数化した指標も使うので、カンターではこれらの指標をデマンドパワーと呼んでいます。このデマンドパワーがバイロン・シャープ教授のメンタルアベイラビリティにほぼ該当します。(厳密に言うと、シャープ教授はメンタルアベイラビリティとして想起性だけをお考えになられているようですが、カンターでは独自の考えと理由により意義性と差別性も加えるようにしています。)このメンタルアベイラビリティまたはデマンドパワーでマーケットシェアを説明しきれなかった差分が、メンタルとは独立した変数であるフィジカルアベイラビリティの影響によるものと考えます。

このフィジカルアベイラビリティには、マインドシェア(デマンドパワー)がマーケットシェアに転換するのを防御する機能と、メンタルアベイラビリティは競合ブランドにあるにもかかわらず店頭の力で競合のマインドシェアを収奪してしまう攻撃的な機能があります。メンタルではブランドXを選好している結果になっているにも関わらず、直近ではブランドYを購入したというようなギャップを対象者ごとに細かく見ることで、フィジカルが持つ防御力(防御に成功したときマインドシェアはマーケッシェアに転換される)や攻撃力(攻撃に成功したとき、自ブランドのマーケットシェアはマインドシェアを上回り、反対に競合のマインドシェアはマーケットシェアを上回る)を明らかにすることが出来ます。

 



このモデルで最も重要な点は、マインドシェアの合計である100%とマーケットシェアの合計である100%が一致するという点です。ブランド毎の実際の購買を示すマーケットシェアはマインドシェア(メンタルアベイラビリティ)と異なりますが、その差分を示すブランド毎のフィジカルアベイラビリティ(店頭要因)をすべて足し上げると0になります。すなわち、マーケットシェアの全てをメンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティで説明できる点にあります。つまり、マーケットシェアを目的変数としてメンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティの作用が一元化されています。このモデルを使うことで、ブランドの売上に対するメンタルとフィジカルの比重が明らかになるわけです。 

ブランドが持つメンタルの力とフィジカルの力は密接に関係しあっている

これから、このMDFモデルで提供が可能なメンタルとフィジカルの関係性を示す指標の読み方を、BrandZの国内ブランドデータ(2014年から2022年までに調査された2,213ブランド)を用いて説明していきますが、その前に上記MDFモデルでフィジカルアベイラビリティ算出の基盤となるデマンドパワー(デマンドパワー)とはどのように形成されるかを簡単に説明します。結論を先に言うと、メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティは中心的な要因がそれぞれエンドユーザー(顧客)の消費体験と店舗等における流通状況と異なっていますが、ブランドへの作用においては下記イメージ図のような密接で一体的な関係性を示します。マーケティングと営業は作用の主体と直接対象が異なるにも関わらず、相互に密接に連動しながら一体として顧客の購買可能性を高める働きをします。 




それぞれは独立した要素でありながら、どちらか一方が強くなればもう一方の強さを引き上げる関係にありながら、どちらかより強い方が購買可能性を牽引しもう一方はそれを補うような関係にあります。

実際にはメンタルがフィジカルをリードすることが多い(全カテゴリー平均でみるとメンタルの割合の方が高い)ので、フィジカルを牽引するメンタル(マインドシェア)とはどのようなものかを説明することで、フィジカルとメンタルの関係性も理解しやすくなると思います。前述したように、マインドシェアはブランドの意義性・差別性・想起性と推定マーケットシェアを測定することで求めることが出来ます。 

ブランドのマインドシェアを決定する意義性・差別性・想起性(MDS)


想起性はトップオブマインドを意味し、そのカテゴリーでの自発想起で上位に来るブランドは起性が高いことになります。

バイロン・シャープ教授はこの想起性がブランドの購買には重要で、ブランドのメンタルアベイラビリティは主に想起性に起因し、マーケットシェアは想起性で説明できるとされています。カンターのBrandZデータベースでも、下図のようにブランドのマーケットシェアは想起性によって説明できることが確認されています。 



しかしながら、カンターでは想起性に意義性・差別性を加味したデマンドパワー指標を用いることで、マーケットシェアへの説明力を高めています。 





想起性はブランドに感じられる意義性が高まることで強化されます。カンターではこれを「意義のある想起性」と呼んでいます。

下図を使って具体的に説明すると、会社のランチ時間になって「今日のお昼はどこにしようか」と考えたときに真っ先に思い浮かぶブランドが想起性の高いブランドとなります。実際にその店に行ってランチを食べて「お店の雰囲気もいいし、おいしかった」といった体験評価をすることで、次のランチ時間にも想起されやすくなります。このような利用体験がない初めての試用の時でも想起性は重要な役割を果たします。同僚や友人の口コミや店舗の前を通った時によく行列ができているのを見かけたことにより、想起性が高いブランドは失敗の少ない無難な選択とみなされるからです。

こうした想起性と体験による意義性の強化というサイクルを繰り返していくことで、意義性と想起性は強化されていき最終的にはロイヤリティを獲得することになります。この状態はブランドがいわゆる「定番」化することで、「お昼と言えばいつもあそこのお店」とデフォルト化されており「お昼休憩の時間になった」という購買刺激が入るだけで、ブランドの購買行動を惹き起こすようになります。ただし、ご注意いただいた方がいいのは、こうしたデフォルトのロイヤリティーループが形成されても、特定(単一)銘柄だけが定番で選択されることは稀であり、大半は定番化したとしても複数のレパートリー銘柄から選択されることが多いということです。BrandZのデータベース(国内)では特定の銘柄を重視すると回答している人は全体の9%に過ぎません(下記右グラフ)。
 





差別性の場合は上述の想起性と意義性のサイクルとは、少し異なった機能の仕方をします。関与度が高いカテゴリーでは、実際の購買の決定に意義のある想起性が影響することに変わりはないのですが、それ以外にもブランドの差別性が重視される傾向があります。例えば、高級ウイスキーや高額化粧品などはロイヤリティが高くなり定番ブランド化しても、汎用品の場合とは違いそのブランドだけがデフォルトで購買されることは少なくなります。何故なら、こうした高関与度のカテゴリーでは自分の好みや知識によって「吟味」すること自体に楽しみがあり、差別性の高いブランドを試すことでワクワクできたり、自分の経験や好みから批評評価したり、「高望み」願望を充たせたりすることがカテゴリーの大事な要素になっており、差別性の高いブランドを試用することでこうした欲求が刺激されるからです。
 


一方、関与度がそれほど高くないカテゴリーでも、差別性によって意義のある想起性のループが破られる場合があります。想起性と意義性の購買サイクルを繰り返してカテゴリ―消費のベテランユーザーになってくると、現状で行き届いてない点や不満な点が見えてきたりします。それまで充たされていた意義性に、居心地の悪さ(テンション)が生じたり、アンメットニーズが明らかになってきたりします。

例えば、先ほどのランチの例ですと、いつも同じ店ばかり、同じメニューばかりだと飽きる、いつも混んでいてせわしない、行列で長いこと待たされる、上司やお客さんと一緒にいくにはちょっとカジュアルすぎて使えない、等々の充たされていない部分が見えてきたりします。こうした意義性における不満点を解決するのに適した差別性を持つブランドが試用されて、新たに定番レパートリーに加わることになります。カンターではこうしたブランドの成長につながる差別性を「意義のある差別性」と呼んでいます。予約制のお洒落なレストランは、差別性はあってもランチには向かない気取った店レストランだと思い見向きもしなかったが、お客さんとのランチョン会議に使ってから意義性が高まった、というようなケースがブランドの購買が増える新たな機会につながります。



以上ブランドのメンタルアベイラビリティに影響を与える意義性・差別性・想起性がどのようなものかを説明してきました。ブランドが消費者の頭の中を占拠していくのには、どのようなプロセスを経ているのかがご理解いただけたのではないかと思います。

こうしたメンタルアベイラビリティと密接に関係するフィジカルアベイラビリティを指標的にどのように捉えて、両者の関係性を掴んでいけばよいかを次回から説明していきます。 



カンター・ジャパンでは、ご要望に応じてここでご紹介したMDFモデルやフィジカルアベイラビリティに関したアドホック調査を実施することが可能です。また、BrandZのデータベースから特定カテゴリーのケースをご紹介することも可能ですので、ご興味のある方は弊社までお気軽にお問い合わせください。

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