ブランドや広告が大事なのか、それとも配荷や販促が大事なのかという話は、組織の構造的に起こりやすい議論なのではないでしょうか。心理的に思い浮かべやすいことはメンタルアベイラビリティ、物理的に商品やサービスが手に入りやすいことをフィジカルアベイラビリティと呼ばれています。勝ち組のブランドは、両者を満たしているものです。あなたのブランドが選ばれるようにする方法をご覧ください。
初回の「現代マーケティングのジレンマ」では、しばしば論争の的となるマーケティングROIのメリットを明らかにし、短期と長期の測定のバランスをとる方法を示しました。2つ目の難問は、人々がブランド選択の意思決定に影響を与えているのは、心理的なものなのか物理的なものなのかです。結論を先に言ってしまうと、ブランドの「頭の中で想起されやすい」ことと、「実際に売られている」ことは相互に依存し、消費者の意思決定プロセスを通じて互いに影響し合っています。つまり、答えは「両方」なのです。ただ、これらだけでは将来のブランドの成長は十分に説明できません。第三の視点についてもこの記事でご紹介します。
ダブル・ジョパディ(2重の不利)の法則はブランドのリアリティを表している
フィジカルアベイラビリティ、つまり、実際に製品やサービスが手に入る状態であることが何よりも先に来ます。なぜなら、そこに製品やサービスがなければ人々はそれを選ぶことができないからです。したがって、論理的には広くリーチできることが重要であり、浸透率によって製品やサービスの売上が増加することになります。市場での浸透率を高めたブランドは、平均してより高い売上とより強いロイヤルティを享受し、ダブルジョパディ効果の恩恵を受けることができます。これは間違いないことです。
しかし、このことがすなわち小さなブランドが、本質的に弱いとか、不利であるという意味ではありません。バイロン・シャープ教授の言葉を借りれば、「大きなブランドはマラソンを完走しなければならないが、小さなブランドは足が痛いのだから50mを走れればいいのだ」と。
持続可能な成長は、すべてのブランドが手に入れられるものであり、サイズに制約されるものではありません。なぜなら、人間の脳は不思議な働きをするからです。ノーベル受賞者のダニエル・カーネマンに寄れば、脳は「結論にジャンプするマシン」なのだそうです。選択肢が与えられたときに、人々はスムーズに頭に思い浮かぶブランドを選びます。つまり、メンタルアベイラビリティと呼んでいるもののことです。小さなブランドであっても、頭の中で思い浮かばれやすくすることで、既に存在している大きなブランドが選ばれやすい、心理的な構造を作り変えることができます。
消費者の意思決定ジャーニーはフィードバック・ループである
選ばれるからブランドが強くなることと、ブランドが強くなるから選ばれることは、人々がどのように意思決定をしているかを見ることで理解できます。システム1の無意識の処理が優勢であろうと、システム2の脳の体操が勝利しようと、買い物客は意思決定のジャーニーの3つのステージで影響を受けて意思決定をしているのです。
この影響を逆手に取れば、現在も将来も、企業はいかにして売上を伸ばすことができるかがわかります。消費者の意思決定のジャーニーの3つのステージ(体験、露出、促進)で成功したブランドは、平均して3年間で46%という驚異的な成長を実現します。そして、このステージは順序があるような形で提示されていますが、実際に人々の意思決定は、それぞれのステージに突如飛び乗ったり、またはスキップしたりしています。各ステージを一つずつ紹介していきます。
1.体験 – リピートの売上を作り出す
穴の空いたバケツでは、いくら顧客を呼び込んでも定着しないという声もあるでしょうが、既存顧客だけを見たロイヤルティ優先の戦略では、企業の成長に限界があることも間違いありません。底を抜ける量が少なければ少ないほど、それを補う量も少なくて済むというのは、配管の経済学として説得力がありますが、成長するためには、市場でのブランド浸透率を高めていかなければなりません。KANTARの調査によると、顧客維持率を最大化することで、+7%の成長につながることが分かっています。
2.露出 – 将来の売上を作り出す
投資家は、売上と利益が将来の購買者からもたらされると信じているからこそ、ブランドの無形価値を高く評価し、ブランドの簿価をはるかに上回るのれんを反映した時価総額を与えます。そのため、今まさに購入しようとしている購買層だけでなく、すべての購買層の心に肯定的なパーセプションを植え付けていくことが、成長の最も重要な原動力となるのは当然のことなのです。KANTARの調査によると、将来の顧客の中で態度を形成することで、27%の成長がもたらされることが分かっています。
3.促進 – 現在の売上を作り出す
「この商品に注目!」と叫ぶのではなく、お店の棚やオンラインの棚に静かに商品が置かれているものの、その独特なパッケージやロゴなどのブランド資産で目立ってしまうという状況のことです。そのブランドがそのブランドらしくあることで、人々はより瞬間的にそのブランドに気づいてくれるようになります。その結果、衝動的であれ、慎重なものであれ、購買の瞬間において人々は、自分のニーズに合致するブランドをより容易に選択することができるのです。そして、そのまま購買が成立するのです。このように、あるブランドに対してあらかじめ態度が形成されているか否かを問わず、買い物客を取り込む「促進」の段階では、最大で12%の成長率を生み出します。
消費者の意思決定に関わるこれらの3つのステージは、従来の購買ファネルと非常によく似ています。「露出」は、認知、検討、そして選好(プリファレンス)といったファネルの上流を構成します。「促進」は購入と同期します。約束と期待を満たす、もしくは、上回る「体験」は、推奨意向(アドボカシー)を育みます。「露出」は長期的な利益をもたらし、促進と体験はより短期間にそれを収穫して、ポジティブなパーセプションを売り上げに転換します。
売上を左右する消費者の意思決定ジャーニーの3つのステージ
「選びやすい」:ブランド価値を高めることが、ブランドイメージの向上に勝る理由
2010年にiPadが発売されたとき、45%の消費者がその年に発売された他の製品の名前を挙げることができなかったそうです。アップルが人々の頭の中で圧倒的な認識を獲得できた背後にあるものは、単に素晴らしいキャンペーンによるものだけではなく、むしろマーケティング史上最高のブランド価値のケーススタディでした。シンプル、クリエイティビティ、ヒューマニティという3つを軸としたブランドの明確なポジショニングと、すべての活動が連携されて実行されたことが、アップルを過去20年で最も顕著な成長転換ストーリーのひとつにしているのです。
Appleのストーリーは、過去15年にわたりKantar BrandZのランキングでも賞賛されてきました。2021年のレポートでは、-史上初めて-アップルのブランド価値が5兆米ドルを超えました。しかし、ブランド価値構築のコツは、アップルやアマゾンのような時代を代表する大きなブランドに限られたものではありません。もっと小さなNvidia、Texas Instruments、Qualcomm、AMD、Tata Consultancy Servicesの5つの小規模ブランド(いずれもビジネスソリューションとテクノロジープロバイダーのカテゴリー)は、ブランド価値を高めることに成功し、Kantar BrandZ 2021 Globalレポートで大々的に紹介されています。
では、ブランド価値とは何なのか、そして、どうすればブランド価値を高めることができるのか。
ブランドの価値は、そのブランド・エクイティ、すなわち消費者の心の中にある消費者が、選択をする時に姿を見せる力と互換性があります。ブランド・エクイティは、もはや謎めいた概念ではなく、ブランド・パワーとポテンシャルという、売上を理解し予測するための代用指標によって、具体的に測定することができるものになっています。そして、これらの2つのブランドエクイティ指標は、人々がブランドに対して、以下の3つの因子を認識しているかを聴取することで求めることができます。
- 意義性: 人々のニーズに合致しているか
- 差別性: そのカテゴリのトレンドを牽引する存在だと思われているか
- 想起性: 購買時にぱっと思いつくブランドになっているか
すべての因子が均等に売上に貢献するわけではなく、現在と将来では各因子が寄与するウェイトが変化します。ここでは、短期的および長期的なブランド成長の典型的な構成について説明します。ただし、これはカテゴリーや市場の状況によって若干異なることがあります。
私たちの分析によると、想起性が高いブランド、つまり簡単に頭に思い浮かぶブランド(注:これは認知度とは異なります)は、現在選ばれる可能性が高いことが明らかになりました。しかし、1年後に売上を上げるためには、想起性だけでは十分ではありません。想起性以上に意義性と差別性、つまり、「意義ある差別性」を持つブランドこそが、将来的に成長し、利益を生む可能性が高いのです。ここでは、Kantar BrandZから、最近、「意義ある差別性」によってブランド・エクイティを強化した3つの印象的な事例を紹介します。
- TikTokは近年、ソーシャルメディアの世界に全く異なるものを提供することで、驚異的な成長を遂げています。それは、ボタンをクリックするだけで、誰もがコンテンツ・クリエーターになれるというシンプルな事実です。
- プーマは、単に知名度を上げただけでなく、意義ある差別性を構築することによって、消費者との関係を強化しました。そして、プーマは他の世界的なスポーツ大手のような規模はないものの、ブランド価値の著しい成長率を享受しています。
- Haitianの料理シリーズは、中国で強力なブランドエクイティを示しています。企業責任を通じて消費者と優れた関係を築いてきたHaitianは、想起性よりも高い意義ある差別性を示し続けています。このポジティブなギャップは、さらに成長する可能性を示唆しています。
ブランド価値を高めることを使命とするブランドは、ブランドマーケティングとブランド広告に投資します。効果的に実行することができれば、長期的な売上高、利益率、利益の増加が期待できます。
このことは、マーケティングの実行にどのような意味を持つのか
毎年、13,000以上の広告を広告事前評価調査であるLinkでテストし、世界中の消費者を審査員として優れた広告を審議しています。短期的な売上とブランドエクイティの構築の両方において、優れたパフォーマンスを持つと評価させた広告です。2021年には、「効果の高い広告主の5つの習慣」と題して、ベストパフォーマーの5つの共通点を明らかにしており、広告主へのガイドラインをまとめています。2022年は、これらの学びをもとに、2021年の受賞広告を公開し、その成功の要因を明らかにしています。
それがここまでの流れとどのように関係するかというと、「意義ある差別性」は、5つの習慣のうちの1つになっています。マーケットシェアを伸ばし、値引きをせずとも売れるプレミアム価値を実現するためには、広告が人々の記憶に残るように、意義ある差別性を持った方法で、ブランドを構成する印象を与える必要があることがわかったのです。これらの広告は、消費者の機能的なニーズを満たすために、製品やベネフィットを訴求する一般的なアプローチにとどまらず、そのカテゴリーにおける感情的・社会的なニーズの琴線に触れて、見る人に余韻を残しています。以下はその証拠となる分析結果です。
既に優れているコミュニケーションをさらに効果的にする方法は、「意義ある差別性」を届けること
なぜ「意義ある差別性」を持つ広告はブランド価値を高めるのでしょうか。「人々はあなたが言ったことを忘れ、あなたがしたことを忘れるが、あなたが彼らにどう感じさせたかは決して忘れないからだ」というマヤ・アンジェロウの言葉がこれを良く説明しているのではないでしょうか。
Kantar Creative Effectiveness Awards 2021で消費者からベストな広告の1つと評価されたこのボッシュの広告は、意義ある差別性をもたらしています。ストーリーテリングの技術を駆使したこの広告では、初めて家を出ようとする、愛する息子の思いやりに満ちたしぐさが紹介されています。母親の悲しみを癒すために、彼はAtino Laser(ボッシュの商品)を使って家族の思い出のギャラリーを壁に作り、メッセージを残しました。Bis Balt!”とは、”さようなら “という意味です。製品やそのベネフィットだけを訴求したものではないことは明らかです。
「意義ある差別性」を持つクリエイティブは、目立ち、効果を高める良い方法ですが、日々のよりタクティカルなマーケティングの難問を解決するものではありません。この点については、今後の記事で明らかにしていきます。
冷静にサイエンスを信じる
ブーツUKのチーフ・マーケティング・オフィサー、ピーター・マーキーの言うことは正しく聞こえます。現代のCMOは、「アーティストであり、科学者であり、ビジネスとマーケティングのチャンピオン」であり、直感とデータドリブンの意思決定のバランスを取ることに常に努めています。そのバランスを取る頂点として、マーケターはジャグラーのように価値を付加し、収益性の高いシェア拡大を推進します。
消費者の意思決定ジャーニーにおけるステージは、マーケターの努力を分担し、広告による露出と店頭での販売促進、メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティの間の軋轢を緩和するための素晴らしいツールです。将来の購入者(現在、自社ブランドを購入する準備ができていない人々)とその将来の意思決定に影響を与えることは、累積成長の大部分を占めます。将来の顧客は、将来のキャッシュフローとビジネスの繁栄につながるので、戦略的に正しいことです。ただ、マーケターはファネルの最上部を独占しているとも言えるので、自分たちのやり方を自分たちで正しいと思い込んでしまいがちです。
そのような時にサイエンスは助けになります。私たちKANTAR含め、優れたデータを持つ企業は、マーケティング担当者のブランド育成を支援すると同時に、短期的な戦略のための弾みをつけるという使命を担っています。心理的なもの、物理的なもの、そして「選びやすさ」の仕組みについて、ぜひご相談ください。また、このシリーズでは、ブランドがどのようにビジネスの価値を創造するかというマーケティングのジレンマについて、あらゆる角度から解説していきます。
翻訳/編集: Media & Digital 関井 利光
原文:https://www.kantar.com/inspiration/brands/modern-marketing-dilemmas-what-role-does-brand-play-in-the-consumer-decision-journey
■ 本件に関するお問い合わせ先
合同会社カンター・ジャパン
PR/マーケティングチーム
E-mail:marketingjapan@kantar.com