日本でもマーケティング・ミックス・モデル(MMM)が浸透してきていますが、世界ではマーケティングROIを重要な指標とすることについての論争が存在しています。MMMは値引きや販促やダイレクトレスポンス広告といったパフォーマンス・マーケティングを高く評価し、長期的なブランド構築のための広告や活動を過小評価しているというのです。この記事では、マーケティングROIに関する批判を解き明かし、短期的な測定と長期的な測定のバランスを取る方法を探ります。
このシリーズは、現代のマーケティング担当者が抱える疑問(あるいはジレンマ)の中でも、最も核心に迫る問いに答えることを目的としています。それらの問いは、単純に「はい」「いいえ」で答えられるものではなく、調査や批判的思考、飽くなき好奇心が必要とされるものです。なぜなら、カウンターカルチャーの小説家のKen Keseyが言っていたよう、「答えが答えであることはない」のです。
“本当に面白いのは謎である。答えの代わりに謎を求めれば、常に探し続けることができるのです。”(by Ken Kesey)
「パフォーマンス・マーケティングとブランド構築の衝突」というテーマは、デジタル測定ツールの台頭とともに業界内に浸透し、それ以来スポットライトを浴びるようになりました。この記事では、正しく投資すれば、現在も将来も、売上は必ずやってくるということをお伝えします。そしてマーケティングROIは、この意思決定プロセスにおいて、真実の半分しか提供していないとはいえ、重要な役割を担っていると言えます。
昔々、マーケティングの世界では…
投資収益率(ROI)は、1920年代以降ビジネスにおける正当な指標として一般化しています。マーケティング担当者は、販売する製品やサービスに興味を持ってもらう理由を提供することを使命とし、お金を稼ぐためにお金を費やしてきたのです。そして、その効果を測定するために、自分たちの努力がマーケティング投資に見合うだけのリターンをもたらしたことを証明する必要がありました。
その昔は、直感が標準的な操作モデルであったため、マーケティング予算は景気後退の際によく犠牲になりました。その後、デジタルの爆発的普及が甲冑をまとった騎士のように現れ、キャンペーン測定の分野で多数のメディアソリューションが誕生し、業界の浄化に一役買うことになったのです。
マーケティングROIの実践はより具体的になり、測定基準はより簡単に計算できるようになり、業界の幹部は安堵のため息をつきました。費用をより明確に正当化し、最も効果的な取り組みを決定し、競合他社とマーケティング効率を比較することさえ、できるようになったのです。会社の資金を賢く使うために自分たちに責任があると、彼らはこれまで以上に財務を身近に感じるようになります。しかし、このような利点の一方で、ビジネスの販売実績のあらゆる側面を測定し、平等に評価することに、やや大きなアンバランスが生じました。
マーケティングROIは無意味なのか?答えは“いいえ”です。
ただし、単独で使用する場合はそのバイアスに注意してください。
マーケティングROIがそんなに良いものなら、なぜマーケティングの学界で頻繁に批判されるのでしょうか?Mark Ritsonは「ある程度は愚かな指標だ」と言い、Byron Sharpは「愚かな指標だ」と叫び、それが計算される(しばしば短すぎる)時間変数だけでなく、マーケティングの説明責任と同義であることを指摘します。「ROIは、悪霊、すなわち広告支出を削減しようとするものを追い払うためのトーテムとして揮われるほど理解されていない」とロンドンビジネススクールのマーケティング教授、Tim Amblerは書いています。
マーケティングROIに対する最大の反論は、それが長期的な結果を除外しているということです。それは、長期的なブランドの収益性を構築することを犠牲にして、誤った成長を生み出します。なぜなら、マーケティングROIの計算には、ブランドがビジネスのために生み出す価値が含まれていないからです。現在のマーケティング支出のコストを分母とした割り算(引き算ではない)なのです。これがゼロであれば、ROIは無限大になります。つまり、マーケティングROIの催眠術にかかった人は、パフォーマンス・マーケティングによる目先の利益の先を見通すことが難しくなります。したがって、長期的には低い収益と少ない利益で終わることになってしまうのです。
バランスの悪いブランドは、長期的には勝てないという動かぬ証拠があります。カンターの複数プロジェクトのメタ分析から、マーケティング・ミックスの配分が一貫してパフォーマンス・マーケティングに有利であれば、ベースセールスは着実に弱まることを明らかになっています。
ブランド構築を怠ると、ベースセールが減少し、パフォーマンス・マーケティングへの依存度が高くなる
同様に、Kantar BrandZの知見は、ブランド構築が低下すると成長が制限されることを予告しています。2019年から2021年にかけて、ブランドエクイティが成長しているブランドはブランド価値を72%増加させたのに対し、ブランドエクイティが低下しているブランドは20%の増加にとどまりました。
もしこれらの証拠を使って党派的な議論にならぬよう助言するならば、なぜ多くのマーケターはいまだにパフォーマンス・マーケティングを支持し、値引きと利益侵食の悪循環に陥っているのでしょうか?その答えは多面的であるものの、大きくは「測定指標を重視するパフォーマンス・マーケティングは、マーケターが組織内でより大きな予算を獲得するための交渉頻度を増やす」という実用面にあります。なぜなら、生み出されたリード、販売、クリック、要するにマーケティング担当者の短期的戦術に対する消費者の反射的反応について話すことは非常に実証的ですが、ブランド構築については逆のことが言えるからです。業界として、私たちは長期的な投資によるリターンと、それが人々の将来の行動にどのように影響するかを示すことに、まだ苦労しているのです。
バランスを取るための解決策は、アナリティクスにある
現在顧客に与えている影響と、将来発生するであろう影響を評価しようとする場合、両者を説明する指標は、別のものとして考える必要があります。短期的な売上を予測する指標は、理性的で直接的なもの(行動を測定するもの)ですが、長期的な成功を予測する指標は、感情的で間接的なもの(そして動きが遅く、ゆっくりと変化する態度を測定するもの)です。
しかし、後者の動きの遅さに惑わされてはいけません。これらの指標は、購入検討の改善、想起性の向上、価格に見合う価値があるという認識の向上(値引きをしなくても売れる)といった複数のベネフィットでもって、長期的に売上に影響を与えるのです。
このような指標をもとに、ブランド構築と業績向上のための努力を適切に組み合わせるには、どうすればよいでしょうか?私たちは、従来のマーケティング・ミックス・モデルを超えて、マーケティングが売上に与える直接的な影響だけでなく、間接的な影響、すなわち、マーケティングがブランドエクイティを高めることを通じて売上に与える影響も測定することを強くお勧めします。ブランド構築とパフォーマンス・マーケティングを適切に組み合わせていることを確認する最初の、そして非常に重要なステップは、マーケティング・チャネルを評価することです。PR、TV、オンラインビデオ、インフルエンサー、印刷物、検索、ディスプレイ、屋外広告のダイナミクスが、ブランドの足元の売上と、将来の売上成長の両方を生み出しているでしょうか?
これらのバランスを取ろうとする多くのブランドが、販売とブランドの指標をひとつの予測システムに統合させたマーケティングROIの包括的な評価、つまり私たちが「トータルマーケティングROI(TMROI)」と呼ぶ、すべてのマーケティング・チャネルにおける効果を測定し最適化するための包括的かつ全体的なフレームワークを活用しています。決意をもってチャネル・ミックスの配分を少しだけ調整することで、マーケティング活動の効果を最適化し、売上を健全に向上させることができるのです。小売業界のクライアントがまさにこれを経験しました。ブランド構築と販促の費用配分を最適化することで、そのクライアントはブランド構築による長期的なベースセールス向上によって、総売上高が10%増加しました。
バランスのとれたブランドづくり
古代ギリシャ人は、「平均を選んで生き、左右の極端はできるだけ避けるべき」と強く信じていました。なぜなら、「何事もほどほどに」することが、調和、善良さ、美しさを生み出すからです。
マーケティングに当てはめて言えば、この寛容さが将来的に大きなリターンを生むのです。そして、実際、Les Binet とPeter Fieldは、このことを実証している–ショートでやるかロングでやるかの選択だけなら、実際には両方を選ぶべきだということです。Les Binet は、「両方の仕事をする必要がある。なぜなら、それぞれがお互いの仕事を強化する関係にあるので、バランスよく行う必要があるからだ。」と説明しています。
実際にこれがいかに重要かを示す事例があります。Heinz(ハインツ)が販売促進に重点を置き、ブランドを軽視したとき、その問題が表面化するのに時間はかかりませんでした。しかし、Dove(ダブ)は、強い感情的なつながり(美の限界への挑戦)と昔ながらの説得力(製品のメリット)を見事に両立させ、売上を急増させたのです。
ブランドとは縁遠いと思われそうなフィンテックサービスを展開するBLIK(ブリック)の国際開発ディレクター、Piotr Jan Pietrzakは、「本当の差別化要因はテクノロジーではなく、ブランドそのもの(感情的なつながり)です。」と語っています。また、「私たちは、かなり早い段階から、商品や技術については多くを語らず、ひたすらブランドを強く打ち出すということをしてきました。銀行との相乗効果が生まれやすいようにしたり、提携先との互換性をそっと後押ししたりしてくれたのはブランドです。ブランドが大きくなればなるほど、私たちはそれを大きく活用することができたのです。」とも言っており、BLIKのブランド力と取引量は、完全に同期する形で成長していきました。
BLIKのブランド力は着実に向上し、この2年間で取引高とともに急増している
ブランドのライフステージによって、このバランス調整に取り組む時期が異なります。GoDaddyは当初、ブランド・マーケティングに重点を置いていましたが、Webホスティング会社として自分たちが何をしているのか、誰のためにやっているのかを人々に伝えることに力を注ぐようになったのは、ずっと後のことです。しばらくの間、人々はブランドを知っていても、何をしている会社なのかがよくわからない状態でした。COVID-19で最も大きな打撃を受けた分野の1つであるAirbnbの場合、パフォーマンス・マーケティングからブランド構築に焦点を当てたことが功を奏しました。2021年、5年ぶりに実施した大規模なグローバルブランドキャンペーン「made possible by hosts」では、トラフィックが+20%増加し、長期的なマーケティング活動でもある程度の短期的効果が得られることが証明されました。
過剰な既存顧客への注力とマーケティングROIへの依存を緩和する
マーケティングROIはマーケティング費用を最適化しますが、それは真実の半分(現在と近い将来)に基づいており、その点で不十分です。私たちは、現在と将来の売上を左右する消費者の意思決定ジャーニーの3つの段階について、幅広い調査を実施しました。その結果、各段階で優れたパフォーマンスを発揮することで、3年間で46%の売上増につながることがわかりました。しかし、より重要なことは、3つのステージのうち1つが、他の2つよりもはるかに将来の売上に影響を与えるということです。
- 最も効果的なのは、より多くの潜在顧客を態度変容させること
- その次に有効なのは、態度変容していない層を意思決定直前で獲得すること
- 一番効果が小さいのは、良い体験を提供すること
将来の売上に最も大きな影響を与えるのは、潜在顧客をどれだけ振り向かせられるかである
このセクションの見出しは、「将来の成長は、将来の購買層から生まれる」と言ってもいいかもしれません。なぜなら、現在あなたのブランドを検討していない潜在層(つまり、たまに買っている層、もっといえばカテゴリの非購入者)こそが、皮肉にもあなたの会社の成長を助けてくれるからです。ROIの観点からすると、より多くの潜在顧客に働きかけて、長期的なリターンを得ることに注力することは、Byron Sharpが説明するように「悲惨なことのように思えるかもしれませんが、それは未来への投資であり、将来購入する人にリーチするためのものなのです。」
潮の流れが変わり、バランスが取れるようになってくると
ROIは依然として、ビジネスの様々な投資を比較する手法として人気があり(マーケティング投資が、技術や製品投資に対してどのような位置づけになるのか)、指標としてマーケティングROIは、CMOにとって非常に重要です。多くの人が、パフォーマンス・マーケティングの魅力は妖しいものであると率直に認めています。「マーケティング担当者は、ダイレクトレスポンス戦術を過大評価するラストクリックのアトリビューションの罠に陥りがちだ」と、JPモルガン・チェース・アンド・カンパニー GM、CMOのBrent Reinhartは言い、さらにこう付け加えます。「私自身、過去にその罪を犯したことがある」と。
しかし、潮目は変わりつつあります。より多くの企業が、パフォーマンス・マーケティングとブランド・マーケティングの間の分解に挑戦し、より多くのバランスを作り出しているのです。マーケティング・エクセレンスを追求するためには、まず実行することが必要です。もしあなたが、パフォーマンス・チームやブランド・チームの中で、別々の目標やKPIを掲げて両者がサイロ化しているなら、手を挙げてみてください。今こそ、それをなんとかする時なのです。
あなたのビジネスのバランスを取り、ブランドの成長を促進するための実証済みの指標を作成する方法については、是非お問い合わせください。そして、私たちの「現代マーケティングのジレンマ」シリーズが展開されるのを、ご覧ください。
翻訳/編集: Media & Digital 吉本 潤一 関井 利光
原文:Modern marketing dilemmas: Where does performance marketing meet brand building?
■本件に関するお問い合わせ先
合同会社カンター・ジャパン
PR/マーケティングチーム
E-mail:marketingjapan@kantar.com