これまでの記事
【第1回】 航空業界はフィジカル・アベイラビリティの影響が強いのか?ブランド力分析からの検証
【第2回】 航空業界におけるメンタル・アベイラビリティの高め方
【第3回】 JALとANAの日本ブランドは海外でも強いのか?
前回までの3回で、日本・台湾・韓国のエアライン市場を見てきましたが、度々プレミアムブランドとしての個性や強さが言及されたシンガポール航空とエミレーツ航空にJAPANブランド再生のヒントがありそうです。この最終回では、再びシンガポール航空と新たにエミレーツ航空のグローバルポートフォリオを見ていきます。
最後に「BrandZ Sector Analysis航空業界のまとめ」も掲載しておりますので、あわせてご覧ください。
フィジカルの弱さをメンタルでカバーする シンガポール航空
ブランディングに成功した例として取り上げられることの多いシンガポール航空ですが、ナショナル・フラッグ・キャリアーのシンガポールだけではなく、海外でも多くの国で高いメンタルアベイラビリティを獲得するのに成功しています。ブランドとして高い評価を得ることに成功しています。
BrandZ調査対象国17ヵ国のうち、強いブランドを示す右上象限に8ヵ国、伸びしろのある左上象限に5ヵ国が入っています。残りの4ヶ国も左上象限のオンザラインかボーダー近辺に位置しています。これだけ多くの国をグローバルポートフォリオに抱えながら、かなり上手にポートフォリオを管理していることが窺われます。
シンガポール航空のマーケットシェアにおけるメンタルの比率は各国で7割前後となっており、最も高い国がマレーシアの81%で、最も低い国がインドネシアで60%です。上述のタイポロジーマップで右上象限にきている国では全てメンタルの比率が7割を超えています。
総合的なフィジカル力を見ると、フィジカルが強いのはフラッグ・キャリアのシンガポールだけでその他の国のフィジカルは強くなく、競合のフィジカルによりシェアを奪われやすい立場にあるのはJALやANAの場合と変わりありません。
マインドシェアとフィジカルとの相関では、JALやANAと較べるとやや相関が低くなっています。シンガポール以外の国を見ると、相対的にフィジカルが強めの国(下図赤●)と較べてフィジカルが弱めの国(緑●)の国の方がマインドシェアが高くなっています。このようにフィジカルが弱い国でしっかりとメンタルで取り返せていることが、シンガポール航空のグローバルポートフォリオ上の強みだということができます。
次にシンガポール航空のブランドの価値を各国別に見ると、USAやアラブ首長国連邦など一部の国がボーダーライン上にあるものの、全ての国でプレミアムにふさわしいブランドとしてみなされています。特筆すべきはほとんどの国で、知覚価格に対しそれに見合った価値あるいはそれ以上の価値があると評価されている点です。知覚価格とプライシングパワーの回帰直線よりも上にある国は、知覚価格に対しそれ以上の価値(プライシングパワー)があると評価されていることになり最もその差分(価格以上の価値)が大きいのがドイツで、ついでオーストラリアでも差分が大きくなっています。
こうしたプレミアムブランドとしての強さを持つシンガポール航空の各国でのイメージを見ていきます。
なによりも特長的なのは由緒因子で、一部の国(アラブ首長国連邦・香港・シンガポール)を除き、いかにもシンガポールらしい異国情緒のあるブランドとして受け取られている点です。そしてその独自なシンガポールイメージを、ブランドの卓越性(最もいいもの)や識別性(よくできたサービス)、あるいは先進性(業界をリード)と結びつけている点です。特に卓越性や先進性はフラッグ・キャリアーが高くなる傾向がどの国でもありますが、シンガポール以外の国でも卓越性・先進性イメージを獲得できていることがシンガポール航空のグローバルブランドとしての強みです。一方で、フィジカル(便数の多さ)に関係する利便性では、ほとんどの国で評価は高くありません。どのエアラインも母国以外で直面するフィジカルでの弱さをブランドのメンタル面で補って、プレミアムブランドとしてその国のトップブランドに対抗できている点が強さの秘訣といえます。
また、ドイツではシンガポールという由緒はあまり強く評価されておらず、代わりに専門性(ユニークな何かがある)が突出しています。異国情緒というエモーションを経由せずにより合理的な見方で、業界をリードする先進性の評価がそのまま卓越性(最もいいもの)評価につながっているようです。こうしたより合理的な評価のされ方はオーストラリアでも同様です。
これまで見てきたように、ドイツ・オーストラリアはプライシングパワーが高く、高いマインドシェアも取れています。シンガポール航空というとCAのユニフォームに代表されるような少しミステリアスで異国情緒にあふれた高級イメージが連想されやすいのですが、ドイツやオーストラリアといったその国の国民性(合理性)に合わせたブランドイメージの伝え方にも充分配慮がなされているのではないかと思います。こうしたローカルに即したきめ細かい配慮を組み合わせることが、グローバルポートフォリオを成功に導かせる秘訣なのかもしれません。
ワールドクラスのプレミアムブランド エミレーツ航空
エミレーツはドバイに本拠を持つ航空会社で、世界150都市に路線を持つアラブ首長国連邦のナショナル・フラッグ・キャリアーです。先に取り上げたシンガポール航空と同様に、フラッグ・キャリアー国以外でフィジカル(便数の多さ)が決して強いとは言えない国々でもプレミアムブランドとして強いブランド力を誇っています。
BrandZ調査対象国27ヵ国のうち、強いブランドを示す右上象限に17ヵ国が入り、残り10ヵ国も伸びしろの高い左上象限に入っています。
エミレーツ航空の特長の一つは差別性の高さです。先ほどのシンガポール航空と較べてもどの国でも差別性の高さが際立っています。差別性で平均とボーダーラインにあるのはトルコだけで、その他の国では平均を大きく上回っています。
マーケットシェアにおけるメンタルの比率はほとんどの国で7割を超えています。最も高いのはスェーデンの82%で、最も低いのがUSAの61%です。メンタル・アベイラビリティの比率が高いということは裏返せばフィジカル・アベイラビリティが弱いということにもつながるので、メンタル比率が高いことが必ずしもいいことという訳でもありませんが、行政規制や空港契約等でフィジカルの制約が多い航空業界ではメンタルでシェアを獲得していくしかないことを考えると、この数字は評価に値すると思います。
総合的なフィジカル力をみると、アラブ首長国連邦を除きどの国でもそれほど強くないことが判ります。特に競合のフィジカルでシェアを奪われる割合(グラフの赤い部分)がどの国でも高いことが判ります。
マインドシェアと総合フィジカル力との関係を見ると、相関はそれほど高くありません。これはシンガポール航空の場合にも見られたのですが、フィジカルが相対的に強い国(下図赤●)と較べてフィジカルが弱い国(緑●)でより高いマインドシェアを獲得することに成功しているためです。
次にエミレーツ航空のブランドの価値をみると、どの国も知覚価格が高くかつプライシングパワー(価格以上の価値を感じさせる力)も高く、プレミアムにふさわしいブランドとして受け取られていることが判ります。
シンガポール航空と較べると全体に知覚価格が高めに受け取られている国が多く、そのため台湾のようにその知覚価格ほどの価値はないと受け取られている国もあるようです。またグローバルポートフォリオの中で比較的差別性の低かったトルコと中国では知覚価格に対してプライシングパワーが足りていないようです。とはいえ、全体で見るとどの国でも知覚価格は高く、ほとんどの国でその価格にふさわしい、またはそれ以上の価値があると受け取られており、プレミアムブランドとしてのグローバルポートフォリオに成功しているといえます。
JALやANAのケースで見てきたように、フラッグ・キャリアーの国以外の市場でプレミアムポジションを獲得することの大変さを考えると、27ヵ国のほとんどの国でプレミアムポジショニングを成功させているグローバル・ブランド・ポートフォリオの凄さが理解できると思います。
こうしたエミレーツ航空のプレミアムポジショニングを成功させているイメージ因子を見てみます。
各国でフィジカルが特に強いわけではないので利便性が高くない点はシンガポール航空と同じです。シンガポール航空と違うのは、由緒因子(アラブの異国情緒)が必ずしもどの国でも高いわけではない点です。その代わりに、ほとんどの国で専門性(ユニークな何かがある)まはた識別性(見た目やイメージが際立っている)が高くなっています。こうしたユニークさは「サービスがよくできている」という評価と結びついている国が多く、結果として卓越性(最もいいもの)と先進性(業界をリード)の評価につながっているようです。
面白いことにシンガポール航空をより合理的に評価していたドイツ・オーストラリアは、エミレーツでも同様に合理的に評価する傾向を示しており、そういう国民性のように思われます。
またUSAはシンガポール航空でもエミレーツ航空でも由緒を高く評価していますが、どちらの場合も卓越性のイメージにはつながっていないようです。由緒は(特に国際線の場合)ブランドの個性を発揮させる重要な要素ですが、市場の文化や国民性によって反応も異なる点に注意しておく必要がありそうです。
その点、シンガポールの由緒を多くの国でブランドの強みにすることに成功したシンガポール航空のブランディングの妙を評価すべきと思います。その一方で、エミレーツ航空は由緒(アラブらしさ)をそのままアピールせずに、そこにワンクッションをかませて「ユニークさ」や「際立ったイメージ」に転換してからグローバルに展開させることにより、グローバルで成功させている点も、洗練された巧妙な手法と評価できます。
BrandZ Sector Analysis 航空業界まとめ
これまで数回の連載の形で、JAPANブランドであるJALとANAを中心に、国内・台湾・韓国市場でのエアライン・ブランドの在り方を見てきました。また、JAL・ANAのグローバルポートフォリオとシンガポール航空・エミレーツ航空との比較を行ってきました。この考察を通じて以下のことが明らかになったと思います。
- 各市場ではいわゆるフラッグ・キャリアーが市場のトップブランドとして消費者に受け入れられる。
- フラッグ・キャリアーの強さは就航便数の多さという利便性に基づくが、それだけではなく卓越性(ベスト・イン・クラス)のイメージを消費者に持たせることが重要になっている。実際のマーケットシェアの構成要因を見ると、旅行の都合に合った便が多いというフィジカルな要素よりも、ベスト・イン・クラスのブランドに感じるといったメンタルな要素の方がより多く貢献している。
- どのフラッグ・キャリアーでも海外市場ではフィジカル面での優位性を失ってしまう。シンガポール航空やエミレーツ航空のようにブランドとしている成功しているエアラインは、フィジカルで弱い海外市場でもメンタルの強さで補えるようなグローバル・ブランド・ポートフォリオを構築している。
- プレミアムブランドとして海外市場(国際線)で強いメンタル・アベイラビリティを築くためには差別性が重要であり、キャリーしているフラッグ(国)の文化や情緒の独自性を活かしたユニークなブランドと受け取られる必要性がある。
- こうしたユニークさには、サービスの良さや快適さといった意義性を連想上で伴わせる必要がある。両者が結びつくことで、そのブランドでしか得られない(他では得られない)独自のサービスの良さや体験への期待値が醸成されることになる。シンガポール航空もエミレーツ航空も多くの国でサービスの良さが評価されているが、同じサービスの良さであってもそれぞれのブランドで期待されるユニークさは異なっており、それがそのブランドを選択する理由となっている。こうした「識別性」の高い理由を提供できているところに両ブランドの強みがある。
こうした「学び」を基に考えてみると、JALやANAのようなJAPANブランドにもまだメンタルでの伸びしろや改善の余地があるように思われます。そのカギはJAPANブランドとしての独自性や快適さというものをどのように再定義していくかではないかと思われます。海外の国際線消費者にとってJAPANブランドをより魅力的にしていくためには、これまでのOutbound-Inbound(日本人の往路と復路)ではなくてInbound-Outbound(海外旅行客の往路と復路)という発想が必要ではないかと思われます。
ポストコロナで再び活性化してきたInbound需要を考えると、日本に観光に来る海外観光客が日本のどのようなところに魅力を感じて、何を喜んで帰っていったかを詳しく理解することで、日本ブランド再生のヒントが多く得られるように思います。
カンターでは海外ネットワークの強みを活かして、このような海外観光客の意識調査のお手伝いをすることも可能ですので、お声がけ・ご相談いただければ幸いです。