前回の第1回では、コロナ禍からの回復傾向にある航空業界の現状と、エアライン・カテゴリーにおいてはフィジカル・アベイラビリティよりもメンタル・アベイラビリティによる影響の方が高いことをお伝えいたしました。今回の第2回では、メンタル・アベイラビリティ(マインドシェア)の強さはどのような要因によってもたらされるかについて、お話しさせていただきます。
メンタル要因が強いブランドは意義性・差別性が高い
マインドシェアは意義性・差別性・想起性といった要素により構成されると前述しましたが、それらの関係性をマップ化したのが以下のグラフ(ブランドタイポロジー)です。
BrandZのデータベースから、このマップの右上(意義性と差別性が高い)にあるブランドは市場で相対的に高いマインドシェアが得られることが明らかになっています。下のグラフでは想起性は●の大きさで表されています。同じくBrandZのデータベースから、グラフの右上に来るブランドが想起性も高くなることが判っています。
この国内発着のエアライン市場(国際線&国内線)では、ANAとJALの差別性と意義性が高く、想起性も平均的なブランドの倍の力を持っていることが判ります。また意義性は平均より低いですが、エミレーツとピーチアビエーションは相対的に高い差別性を持っていることがわかります。
このようにマインドシェアを強めていくためには、消費者の頭の中のマップ上で「目立ちやすい」ポジションにあることが重要です。そのためには意義性と差別性の両方、または差別性で高いスコアをとる必要があります。どちらのスコアも平均以下だと弱いブランドということになりますが、どのカテゴリーでも平均スコア以下に多くのブランドが集中する傾向が見られ、このクラッター効果によって平均以下のパフォーマンスが更に弱められてしまう2重苦に陥ることになります。そのため、まずはこのクラッターから抜け出すことが肝要です。
マインドシェアを消費者の購買サイクルから理解する
消費者の頭の中を占拠するのには意義性・差別性・想起性という要素が重要ですが、それぞれの要素は消費者の購買行動の中でどのような役割を果たしているかをここで簡単に説明します。
どのようなカテゴリーであっても、その購買サイクル(あるいはカスタマージャーニー)には一定の流れがあって大きな違いはありません。最初にタッチポイント接触があって認知や何らかの刺激を受けて態度形成が徐々にできてきます。こうして形成された態度を基に想起性が生じます。想起性というと言葉が固いのですが、要は「真っ先に思い浮かんでもらう」力のことです。例えば、今度の休みには旅行でもしようと考えたとき、どこに行こうかとか最初に思い浮かぶのが想起性です。旅行先を考え、何を食べようか、どこに泊まろうか、といろいろ考えながら、エアラインはどこがいいかと考えたときに最初に浮かんできたエアラインが想起性の高いブランドです。
こうした想起性の高いブランドに、今キャンペーンで価格が安いとか、GW中でもあと5席予約が空いている、といった購買刺激要因があって購買に至ります。商品・サービスは購買されることで体験されます。カテゴリーによっては購買しなくても試用(トライアル)できる場合もあります。無料トライアルキャンペーンが用意されている場合もあれば、友人のものをちょっと借りて使用してみるなど様々な場合があります。エアラインであれば、「会社の社員旅行でいった時のエアラインが案外よかった」みたいなことも試用に含まれると思います。こうした体験により評価(態度)が形成されますが、それが意義性です。意義性は具体的には、「(自分の)ニーズをどれくらい充たしてくれるか」と「(そのブランドに)どれくらい愛着を感じるか」で算出されます。特に試用または使用体験がない場合でも、こうした意義性の態度は形成されることがあります。但し、一般的に体験を伴った方が意義性の評価は高まります。
そのため、意義性が高いブランドは多くのユーザーを抱えていることが多く、意義性が低いブランドはユーザーの数が限定的と解釈することができます。
体験により意義性が高められると、次回購買の時に想起がされやすくなります。逆に言うと、いい体験と意義性を感じてもらっても次回に想起されなければリピート購買の機会を失うことになります。このようなサイクルを繰り返すことで、意義性と想起性は強化されていくことになり、最終的には接触・態度形成がデフォルト化されて、そのブランドを買うことが当たり前の定番・ルーティン化するようになります。このような状態になったとき、ブランドへのロイヤリティも最大化します。
このような想起性⇒意義性のループに対し、「異議申し立て」のような役割を果たすのが差別性です。 差別性とは言葉通り、他とは違うことです。MDFではこれに「流行を作り出している」という項目を加えて差別性を算出していますが、要は他と違っていたり、流行ってさえいれば差別性があると感じられます。端的に言えば白いものの中に一つだけ黒いものがあれば差別性があると感じられるわけで、黒の評価(黒がいいものか悪いものか)は差別性に関係しません。
ところが、体験により意義性が強化される過程の中で、逆に不満や矛盾(フリクション)あるいは嫌な体験や気分(テンション)を経験することも多いと思います。そのような「不満」の解決策として差別性が結びついたとき、差別性は効果を発揮します。不満の程度には、ブランド使用の中止に直結する深刻なものもあれば、「いつも使っているとちょっと飽きる」といった軽微なものもあります。流行り物には興味がないというような人でも、今の主使用ブランドに「ちょっと飽きた」と感じていれば、いまXXで流行っているブランドを「気分転換にちょっと試してみようか」ということになります。このように消費者が抱える不満に解決の糸口を与えるような差別性は「意義のある差別性」として極めて重要な役割を果たします。
ブランドの価値を表すプライシングパワー指数
これまでブランドが持つ力をマインドシェア(消費者の頭の中を占拠する力)の観点で見てきましたが、ブランドにはもう一つ重要な作用があります。それは、消費者に「価値」を感じさせる力です。マインドシェアが消費者の頭の中での大きさを意味するとしたら、「価値」は消費者の頭の中での深さや重さを意味することになります。カンターのMDFではこの力をプライシングパワーと呼んで、マインドパワーとは別の指数化しています。
プライシングパワーの概念は以下の通りです。最初に消費者のブランドに対する「知覚価格」を算出します。そして次に、その価格に対して「価格以上の価値があるか(あるいは価格と同等の価値か、価格未満の価値しかないか)」を聴取します。この2つを合わせたものがプライシングパワー指数となります。
「知覚価格」はカテゴリーにおける平均的な価格を想定してもらい、その平均的な価格に対してブランドの価格が相対的にどれくらいに感じられるかを聴取します。この「知覚価格」は実際の市場での価格を正確に反映するとは限りません。消費者の価格に対する記憶があいまいなこともありますが、このような時に消費者の価値判断が価格リコールに色濃く反映することが判っています。実際の価格が平均的な物であっても、そのブランドに価値があると思えば高めの価格で回答される傾向があります。価格が高く判断されるとブランドにとって不利かというとそうでもなくて、「知覚価格」が高く感じられている時はその価格と同等、またはそれ以上の価値があると消費者にみなされることが多くなります。逆に「知覚価格」が低く判断されたとき、そのブランドの価値は価格と同等、またはそれ以下とみなされることも多くあります。
この関係性は、価格以上の価値があると感じられるプライシングパワー指数と、その評価前提となる「知覚価格」との相関を見ることで明らかになります。カテゴリーや市場によって相関が高い(知覚価格とブランドの価値は比例する)場合と、相関が低い(知覚価値とは別にブランドの価値が判断されている)場合とがあります。市場にいわゆるコストリーダーブランド(価格は安いがバリューが高いとみなされているブランド)やプレミアムブランドとして成功しているブランド(価格は高いがそれ以上の価値があるとみなされているブランド)が多いような場合、知覚価格とプライシングパワーとの相関が低くなります。
また、市場において相対的にプレミアムブランド(高い価格と同等以上の価値がある)で高いマインドシェアも獲得できている場合に、そのブランドが市場のプライスリーダーと考えることができます。
プライシングパワーの算出方法は、「知覚価格」と「価格以上に価値を感じる」割合の合計を基に、先ほど説明した意義性・差別性・想起性の評価ウエイトに置き換えてカテゴリーごとに算出します。この換算を行うことで、そのカテゴリーでは意義性・差別性・想起性のどの要素がブランドの価値にどれくらい影響しているかを明らかにします。
下図は国内の旅客航空カテゴリーでブランドが価値を高めるために重要な要因を示したものですが、どのカテゴリーであってもブランドの価値(プライシングパワー)は意義性と差別性の高さにより決定されることが、BrandZのデータベースから明らかになっています。
航空会社ブランドの価値を示すプライシングパワー
国内エアライン・ブランドの知覚価格とプライシングパワー(ブランドに価格以上の価値を感じさせる力)との関係を示したのが下記グラフです。両者の相関を見るとかなり低くなっていますが、理由は2つ考えられます。
一つは知覚価格の高い国際線ブランドの価値評価がはっきり2つに分かれていること。ANA・JALとエミレーツ航空・シンガポール航空の4ブランドは価格も高いが、その価格以上の価値があると受け取られています。それに対し、その他の国際線ブランドは価格が高くてもそれに見合った価値がないと受け取られています。
もう一つの理由は国内線でピーチアビエーションが知覚価格は最も低いが、価格以上の価値があると高い評価を受けていることです。またソラシド航空は価格面では頑張っていても価格に見合った価値がないと評価されています。
国内エアライン・カテゴリーの消費者は、(知覚)価格に対する価値に対してかなりシビアに見ていることが窺えます。国際線は路線距離が長いので価格も高めになるのは当たり前と考えがちですが、消費者はその価格に対する価値をシビアに見ているようです。
ブランドの意義性・差別性を高めるイメージ因子
ここまでエアライン・ブランドのマインドシェアやプライシングパワーを高めるためには、意義性や差別性を高めることが重要という説明をしてきましたが、具体的にどのようなブランドイメージがこれらの要因を強化するかを簡単に見ていくことにします。
BrandZの自主調査では広範にわたる種々のカテゴリーに対して共通のブランドイメージを聴取しています。共通のイメージ項目を設定することで、カテゴリーや市場による違いを明らかにすることを目的としています。その共通イメージ項目を用いて因子分析を行い、意義性・差別性・想起性に貢献するイメージ因子を特定しています。これらの因子は(カテゴリー間の比較を行うため)固定化して分析を行っています。以下がその聴取イメージ項目と固定化されたイメージ因子となります。
なお、通常のMDF(アドホック)調査では、イメージ項目もクライアント指定のものに差し替えて、その市場に合わせた因子をカスタムで算出しています。
主要な航空会社ブランドのイメージの違い
ここまでの説明でマインドシェアが高い、あるいはプライシングパワーが高いことが判った主要ブランドについて、それぞれのブランドのイメージの違いを各ブランドの因子得点の違いを基に見ることにします。
- マインドシェアで圧倒的な優位にあったJAL・ANAは卓越性因子に優れています。この因子は「最もいいもの」や「信頼」といった項目で構成されています。また便数の多さ(幅広い選択肢がある)を含む「利便性」でも優れています。
- また「人々の暮らしをよくする目的意識」においてはANAが突出しています。
- 一方、国内線でプライスリーダーの地位にあるピーチアビエーションは創造的破壊力と専門性の因子に優れています。合理的な価格での提供に特化して業界の価格改革を牽引しているという評価を得ているようです。
- プレミアムブランドとして成功しているシンガポール航空とエミレーツ航空は識別性因子に優れています。またこの因子ではピーチアビエーションも高くなっています。ANAとJALを除き、プライシングパワーを高めるにはこの因子が重要といえそうです。
また、シンガポールとエミレーツは利便性が低くなっていますが、これは利便性因子には「毎日の生活に合っている」が含まれるためプレミアム価格のブランドは低く評価される傾向があるためです。 - 一方、「業界をリードしている」を含む先進性因子ではデルタ航空が高くついでエミレーツとなっていますが、これまで見てきた通りプライシングパワーでデルタ航空には特筆すべき強さはないため、航空ブランドのプレミアム性には先進性よりも識別性の方が重要ということができます。
- プライシングパワーではJALとANAが最も高かったわけですが、この識別性には欠けており、(ANAには目的意識という強みはあるものの)JALとANAは卓越性と利便性に頼っているということができます。
シンガポール航空・エミレーツ航空・ピーチアビエーションの識別性因子の高さは「見た目やイメージが際立っている」評価の高さが大きく影響しています。どのようなことがイメージを際立たせているかは下記を見ていただければ一目瞭然だと思います。
差別性のところで差別性は他とは違うだけでは不十分でそれが意義性とつながった時に効果を発揮すると述べましたが、こうした識別性でも同様です。それぞれのブランドの識別性の高さはブランドの意義性とつながっていると考えられるわけですが、いずれにせよこうした識別性の高さがブランドの価値を高めており各ブランドのマーケティングの卓越性を示していると考えられます。
今回は国内市場を中心に航空会社ブランドの力を見てみましたが、次回も引き続き旅客航空業界について、今度は海外の例も見ていきたいと思います。
(次回に続く)
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