Kantar BrandZについて
Kantar BrandZは、ブランド価値を評価する際の世界的な通貨であり、ブランドの業績への貢献を定量化しています。カンターが毎年発表するグローバルおよびローカルブランドの評価ランキングは、厳密な財務データと広範なブランド・エクイティ・リサーチを組み合わせたものです。1998年以来、BrandZは54市場、21,000ブランド、420万人の消費者へのインタビューに基づき、ブランド構築に関するインサイトを世界中のビジネスリーダーに提供しております。Kantar BrandZの詳細はこちらをご覧ください。
スウェーデンのトップ30概要
スウェーデンのトップ30において、第1位はイケア、財務価値は208億ドルです。eコマースを除き小売カテゴリーは店舗設置にコストがかかり、店舗周辺に商圏が限られる制約条件があるため地場密着型のブランドとなる傾向にありますが、イケアは常識を打破し自社ブランドをグローバルに展開し、成功を収めています。
スウェーデンがオリジンのブランドのトップ30の内、スウェーデンブランド価値総計の40%を小売カテゴリーが占め、その小売りカテゴリー中2/3がイケアのスコアで、残りはH&Mによるものです。次いでメディア&エンターテイメントカテゴリーが13%を占めますが、これは全てスポティファイによるものです。その他、アルコールはアブソルート、パイメントネットワークはカルーナ、車はボルボとポールスター、といったようにスウェーデンブランドがどのカテゴリーに強いというよりも、カテゴリーに限らず個性的で特徴のあるブランドを生み出すことを得意とすることが、スウェーデンの傾向のようです。
「システム」で差別性を感じさせるブランド イケア
下のグラフが示す通り、イケアは日本とUSAを除き、どの国でも差別性と意義性が高く、マインドシェアも全体に高スコアを得ています。また、相対的にマインドシェアの低い日本とUSAでも、その低さは意義性の低さに起因すると思われ(例えば、店舗数が少なく近くにお店がなければ意義性は下がってしまうため)、差別性は高水準にあると言えます。
イケアが取り扱っている家具はスカンジナビアンデザインと呼ばれる一見地味でシンプルだが、よく考えられた合理性に裏付けられた独特の「味わい」があり、イケアを他とは違うと思わせる要因の一つとなっています。しかしながら、イケアのブランドをユニークに強めている要因には他にも「ルームセット」と呼ばれる、店舗での独自の商品の陳列の仕方などがあります。この陳列方法は今日では他ブランド店舗でも採用されていますが、イケアでは1958年の第1号店からこの方式が採用されていました。これは創業者イングヴァル・カンプラードの考え方である「家具を売るのではなく、家での暮らしを提案する」に基づくものだと説明されています。
この考えに基づき 「どうやったら家での暮らしをより良くできるか」をブランドのパーパスとして、それを商品や店舗のアイディアとして実現していくことで、「ホームファニッシング」という新しい業態の代名詞となりブランドが世界中に浸透していくことになりました。そして、「より快適な毎日を、より多くの方々に」をビジョンに掲げ、商品や店舗のアイディアとして実現していくことで、「ホームファニッシング」という新しい業態の代名詞となりブランドが世界中に浸透していくことになりました。 またイケアのスウェーデンレストランは人気の一つです。創業した1960年の年末にスウェーデンレストランのキッチンに当時は珍しかった電子レンジなどの設備が整えられ、ハンバーガーなどの温かい軽食からアラカルトまで、あらゆるメニューが提供されました。これもスカンジナビアンデザインの発想に基づく「より良い家での暮らし提案」を楽しみながら体験する場となっています。つまり、イケアに単に家具を買いに来た顧客は店舗での体験を通じて、「より良い家での暮らし」の息吹に心を充たされて帰っていくことになるわけです。
このように、ブランドが担う中心価値を実際に体験できるような「システム」を店舗に創り出していることが、イケアブランドの強みだと言えます。ブランドを強化するイノベーションとは、必ずしも新技術開発や新製品といったハードウェアだけを意味するのではなく、顧客の体験「システム」であるソフトウェアでも成し遂げられる好例です。
店舗体験における意義性と差別性の強さにより、イケアはどの国でも価格以上の価値を感じさせるブランドの力であるプライシングパワーが高いことが下のグラフからわかります。意義性が比較的低い日本やUSAにおいても、プライシングパワーは高くなっています。
注目すべきは、この「システム」を開発した創業国のスウェーデンにおいては、バリューブランド(コストリーダー)として成功していると下の図から読み取れますが、その他の国々ではプレミアムブランド(平均より価格は高いがそれだけ/それ以上の価値があるブランド)として成功していることです。グローバル展開をしていく中でブランドが持つ「システム」の価値に気づき、その価値にふさわしい価格設定に軌道修正を行っていったのではないかということが推察されます。一般的に収益性が低くなりがちな小売業において、プレミアム価格化の成功は大きな目新しく、インパクトがあったと言えます。
実際のところ、イケアを「プレミアム」と思う消費者は少ないのかもしれませんが、おそらくそれは一般的な「プレミアム」の定義とイケアが提供している価値が異なっているからだと思います。一般的には「プレミアム」というと「贅を尽くした」「特別な」といったニュアンスが連想されやすいと思いますが、地味でシンプルなスカンジナビアンデザインにはそのような要素はありません。その代わり、地味でシンプルな印象の背景に緻密な合理性が感じられており、その「合理的な感じ」が価格以上の価値を感じることにつながっています。そのため、消費者は「無駄な出費や贅沢をした」と思うことなしに、実は平均よりも高い価格を支払っていることになります。もし「プレミアム」という言葉が紛らわしいのであれば、高いお金を支払うだけの価値がある「合理的」と言い換えてもいいと思いますが、この辺りにスェーデンまたは北欧にオリジンがあるブランドの独特な強さがあるといえそうです。
イケアのブランドイメージ(標準化指数)をみると、差別性や意義性に関係の深いイメージ「大きな変化をもたらす」「ユニークな何かがある」「見た目やイメージが際立っている」「製品やサービスがよくできている」「業界をリードしている」は、どの国でもスコアが高く、また環境責任やブランドの目的意識、北欧イメージ(特定の場所のイメージが強い)も高くなっています。上述の通り、店舗でのブランド体験「システム」を、グローバルで提供できているという意味で、グローバルでのブランドマネジメントも機能していると言えるでしょう。
「手頃感」を個性にしたファストファッションブランド H&M
最先端のトレンドを手頃な価格で提供する「合理性」を売りにしたスウェーデンのファストファッションブランド、H&Mは、広くグローバルに展開されています。
H&Mは母国スウェーデンでは20%近いマインドシェアを占めていますが、国によってブランドの強さにはばらつきが見られます。意義性と差別性が高ければ必然的に想起性も高まり、マインドシェアは高くなるのですが、意義性だけが高い国や差別性だけが高い国、日本や韓国・USAのようにどちらも低い国に分散しています。その結果、マインドシェアが5%前後とやや低い国も散見されます。
一方で、下図の通り、各国での販売価格(相対的な知覚価格)を見ると、南アフリカを除いて平均的な価格から平均以下の価格帯で販売されており、グローバルで低価格戦略が一貫されています。また、知覚価格と価格に対して感じられる価値であるプライシングパワーとの間には相関関係が見られ、プライシングパワーは各国での販売価格に応じた価値が相応な価値であると受け取られているようです。スウェーデンにおいては、プライシングパワーの指数自体は平均に近いのですが、販売価格が平均よりかなり安いため、価格以上の価値があると感じられていることが判ります。
このような低価格戦略を成功させるためには、安い価格と併せて価格以上の価値と思わせるブランド力(バリュー)が必要となります。なぜなら、消費者は安い価格は歓迎しますが、安い価格なりの低い品質しかないだろうという負の期待が生じてしまうからです。この懸念を払拭するには、「よりよい品質がより安い価格で」という合理性で納得させる必要があります。合理性を備えたブランドは「差別性」があると判断されます。H&Mは必ずしもすべての国で差別性が高いわけではないので、このような合理性がどのようなブランドイメージによって強化されているのかを国別に見てみます。
まず最初に、上図の通り、意義性が高い国々において、H&Mはどのようなイメージが強いかを見ると、「毎日の生活に合っている」「製品に幅広い選択肢がある」などの利便性におけるイメージが標準化指標で高く、また、これらのイメージは競合間での相対的な評価であるBIP(ブランドイメージプロファイル)指数においても、ブランドの特長となっています。これらのイメージは低価格であることが自分にとって意義を持つための要件だといえます。オフィスや学校に毎日着ていく服のコーディネートを、コストの負担をかけずに、変化の速いトレンドをおさえながら自分らしさを演出するニーズに合致するのだと推測されます。
次に、差別性の高い国でのイメージを見ると、「製品やサービスがよくできている」に加え、「大きな変化をもたらしている」「人々の生活をよくする」といったブランドのビジョン的なイメージの標準化指数が高くなっています。ところが、競合間での相対的な評価であるBIP指数では、これらのイメージが必ずしもブランドの特長となっていないことが判ります。それぞれの国のローカルマーケティングにおいて競合状況に合わせたきめの細かい施策や工夫を行っていくことが、H&Mブランド全体の差別性を強化していく鍵といえそうです。
そして、以下の通り、意義性の高い国でも差別性の高い国でも、「北欧またはスウェーデン」という地域性のイメージはそれほど高くはありません。スウェーデンを除けば、標準化指数でも100前後であり平均的なブランドと同程度であり、BIP指数ではスウェーデン以外の国では特長にはなっていません。しかし、スウェーデンではH&Mが「スウェーデンらしいブランド」として受け取られているのが興味深い点です。
「安全」を個性にしたワンランク上のブランド VOLVO
日本でも個性的な自動車ブランドとして知られるボルボの財務価値は約20億ドル、スウェーデンの最も価値のあるブランドのランキングにおいて第10位にラインクインしています。
スウェーデンにおいてはマインドシェアが約17%と圧倒的な強さを誇るVOLVOですが、他の欧州諸国においては同ブランドのマインドシェアは5~10%程度にとどまり、さらにUSAとアジアでは4%前後にまで低いスコアとなります。
この結果は、主に意義性の強弱に起因するものであり、一方でボルボの特色は差別性の高さにあります。そのため、意義性の低い国々においても差別性は平均以上の高さを示しています。この差別性の高さが、各国で相対的に高い値付けを可能にしているのです。下図をみると、どの国でも市場で比較的高い価格で販売されており、かつ提供価格以上の価値をブランドに感じさせることに成功しています。
一方で、ボルボあるいはスウェーデンブランドにみられる比較的高い価格が受容されても、いわゆる「プレミアム=高級ブランドとは認識されない」ユニークな面があります。先ほどのグラフに代表的な高級車ブランドのBMWを加えると一目瞭然であり、消費者は高めの価格を受容してもボルボが高級車ブランドとは一線を画していることがわかります。
上図は、高級車から普通車までを含めた自家用車カテゴリー全般のブランドデータです。高級車カテゴリーにおいて、ボルボは「プレミアム=高級ブランドとは認識されない」傾向はさらに顕著です。どの国においても、ボルボは高級車としての差別性に欠け、高級車の中では価格の安い、その価格なりの価値しかない「高級」ブランドとみなされてしまっています。
このような評価傾向は、スウェーデンブランド固有の強さと弱さ(限界)の特色を映し出しています。ボルボの場合、想定競合やソースオブビジネスを高級車市場と据えると苦戦することになりますが、普通車市場をターゲットとして「普通なだけでは飽き足らない、面白みに欠ける」と感じる消費者のニーズを充たすワンランク上の普通車として提案するとブランドの強みが発揮されます。北欧ブランドの合理性は、こうした「ワンランク上の普通」需要を充たすのに適していると言えます。
下図は、ボルボの差別性がどのようなイメージと関連しているかを示しています。これは、各国のスコアを相対比較するための標準化された指数で表示されています。このスコアによると、「製品やサービスがよくできている」と「見た目やイメージが際立っている」は、どの国でも凡そ平均スコアを上回っており、グローバル全体でのブランド管理がなされていると言えます。また「ユニークな何かがある」は、ベルギーやUSAではやや低いものの、その他の国においては共通する特徴的なイメージとして管理されている模様です。しかし前述、「製品やサービスがよくできている」と「見た目やイメージが際立っている」と比べるとどの国でもやや低いスコアとなっているため、この「ユニークな何かがある」を高めることにより、差別性をさらに強化することができそうです。
ボルボの「ユニークななにか」と「際立った見た目やイメージ」とはなにか
ボルボのHPには以下のような掲載があります。
「安全」イメージとシンプルな「スカンジナビアンデザイン」が、ボルボの際立ったユニークさの中心にあることは間違いないと思います。安全とシンプルなデザインは、高級車の世界でBMWやメルセデスベンツに張り合っていくにはいささか力不足ですが、普通車を選ぶ基準では普通の車より頭一つ抜け出したワンランク上のクラス感を確信させる力があるといえそうです。この高級車でもなく普通車でもないというボルボならではの独特のポジショニングがブランドの魅力の源のように思われます。
カンターにはニードスコープ(NEEDSCOPE)消費者の多様な情緒的価値をセグメントし、類型化した価値観にまとめ上げる手法があります。このニードスコープを用いて、自家用車に対する情緒的価値類型を分類すると以下のようになります(弊社海外オフィスのニードスコープのエキスパートが過去に実施した数多くの定性調査の経験からまとめたものになります)。
いわゆる高級車を求める情緒的価値類型は右側の紫色の部分にプロットされます。恐らく、メルセデスベンツもBMWも、紫の価値を軸に両側の赤の価値と青の価値に向けて車種を拡張させています。メルセデスベンツを例にとれば、紫がSクラスで、赤がロードスターやクーペ、青が人と荷物を合理的に運べるワゴンタイプであったり電気自動車だったり、となります。コンパクトタイプも青の合理性に属すると思います。こうした青の合理的な考え方の上にメルセデスの精緻な技術と運転の楽しみが加味されることになります。
一方、対局にある大衆車を求める情緒的価値は、左側の橙色部分に位置します。橙色の価値観を持つ消費者は「みんなが車を使っているなら自分も使いたい。だからみんなと同じような車がいいし、手間のかからない実用的な車の方がいい。」と考える傾向があります。それに対してもう少し遊び心が欲しい人は黄色に近づき、逆に慎ましやかでいいのでもの事をよく考えた慎重さとかピュアなものが欲しい人は茶色に近づきます。安全や癒し、ナチュラルという言葉は茶色の人達に良く刺さります。また、隣の青の人と同じように合理性や知性を好む傾向があります。同様に、青の人は右隣の紫の人のように自分を1段上に考える傾向と、左隣の茶色の人のように内向的に物事を考えがちな傾向の両面を持ちます。
安全とスカンジナビアンデザインのボルボのイメージは、紫色に位置する高級車でもなく、橙色に位置する普通車でもない、茶色と青色に最適性を示すブランドだということができます。これまで紫色あるいは橙色に位置するブランドを妥協して選択せざるを得なかった茶色と青色の価値観を持つ消費者にとっては、まさに自分にぴったりのブランドに出会えたことになります。これが他のブランドにはない、VOLVOの独自性と強みです。
このように、中間帯でユニークな強さを持つボルボですが、中間帯である故のジレンマも見られます。以下のグラフは代表的な自家用車ブランドのマインドシェアが実際にマーケットシェアに転換された割合(グローバルの平均)を示しています。ブランドが消費者の頭の中をうまく占拠していても、その通りに購買に至り、マーケットシェアに転換されるとは限りません。何故なら、消費者の頭の外側に市場があり、そこでは配荷率、値引き率、店頭占拠率、特売キャンペーン、セールスマンによる商談等々の市場要因が存在し、消費者の最終購買行動に影響を与えるからです。
高級車のメルセデスベンツ、BMW、アウディをみるとマインドシェア転換率は60%前後です。転換率が低い最大の要因は恐らく店頭価格、そして大衆車と比べ、ディラー店舗数が限られているという点等の影響があると考えられます。一方で、橙色のゾーンに位置している普通車の代表的なブランドであるトヨタやフォルクスワーゲンをみると、高級車と比べマインドシェアからの転換率が高いのです。これは、トヨタやフォルクスワーゲンでは店頭価格や配荷網など、高いマインドシェアを市場シェアに転換させる「システム」が充実しているためであると推察されます。ブランドのイメージやエクイティでは中間帯の独自性を示していたボルボですが、上記転換率は、高級車並みの低転換率です。転換率が低いというのは問題ではあるのですが、裏を返せばそれだけブランドが大きな伸びしろを持つことも意味します。転換率が高くてもマインドシェアが小さければ得られるマーケットシェアも大きくはなりませんが、マーケットシェアに転換されていないマインドシェアが大きければそれだけ大きな伸びしろを持っていると言えます。つまり、価格やプロモーション等の市場要因を改善することで、シェアが大きく伸びる潜在力があるのです。すでにスェーデンでトップ30に入る財務価値を持つボルボですが、こうした改善・整備により、更に結果的にそのビジネス及び財務価値を上げていく可能性を秘めているということができます。
音楽の楽しみ方を変えたブランド Spotify
スポティファイ(Spotify)は世界最大級の音楽ストリーミングサービスであり、ブランドの財務価値は103億ドル、スウェーデンで最も価値のあるブランドの第2位にランクインしています。スポティファイは知っていても、スウェーデンのブランドという印象が薄い方もいらっしゃると思いますが、スウェーデン発祥のブランドに見られる高いイノベーション力を示す好例のブランドです。スポティファイは無料のサービスと同時に、広告なしで好きな時に好きなだけ楽曲を聴けるサブスクリプションサービスを提供しています。
スポティファイのマインドシェアはスウェーデンで最も高く30%を超えています。また、他の国でも10%を超えており、意義性も差別性も高いという特徴があります。
また価格以上に価値があると思わせるブランドの力(プライシングパワー)をみても、上記の意義のある差別性を基にどの国でも比較的高めの料金が設定されており、その価格に見合った価値があるとみなされています。
スポティファイのグローバルポートフォリオにおいては、USAの差別性が最も低い値を示していますが、USAは音楽ストリーミングの市場も大きいため、本レポートでは、USAのオーディオエンターテイメントカテゴリーにおける競合関係に着目してきます。
USA市場ではスポティファイはユーチューブに次いで2位のマインドシェアを得ています。(ユーチューブはオーディオでありませんが、ミュージックビデオの視聴も多いためブランドリストに加わっています)ユーチューブを除いた音楽配信系ではスポティファイは差別性でも意義性でもトップにラインクインしています。ここで注目すべきは「Local Radio Stations」です。これはブランド名ではなく、そのまま「地元のラジオ局」を意味します。
一方、2019年は、「音楽を楽しもう」とする際、想起性が最も高く、マインドシェアも一番大きいブランドは「地元のラジオ局」でした。スポティファイは3年を費やし、その間意義のある差別性を強めることで、「地元ラジオ局」の意義性を収奪し、シェアを逆転することに成功しています。
価格以上の価値を感じさせるブランドの力であるプライシングパワーをみると、無料で聴取できることが前提のラジオ局の価格は当然のことながら最も低くなります。一方で、スポティファイは有料定額サービスのほぼ平均に近い価格でサービス提供していますが、その価格以上の価値があるとUSAの消費者に受け取られています。この価格ポジショニングは2019年から一貫しています。
また、スポティファイと同程度のプライシングパワーを持つアップルミュージックの場合は、スポティファイより定額料金が高いと思われているのでその価格に見合った程度の価値という評価となります。同じようなプライシングパワーを持っていても、市場価格が異なっていればこのように「価格以上の価値」があると思われるか「価格に見合った程度の価値」と思われるかの違いが出ます。USA市場でスポティファイがアップルミュージックを抑えて有料課金のトップブランドになれた理由にはこうした価格設定の差があったと思われます。
スポティファイの凄いところは、アップルミュージック等の競合に主眼を置くのではなく、彼らのソースオブビジネス(ビジネス成長の供給源)である「地元ラジオ局」を主眼に置き、無料ラジオ利用者のアンメットニーズを一つずつ、丁寧に刈り込んでいき、自社ブランドユーザーとしての取り込みに成功した点にあります。有料サービスの競合との優位性競争に陥ってしまうと見えなくなる危険性もあった消費者のニーズ理解を、ソースオブビジネスからのシェアの収奪に主眼を置くことで的確に行うことができたのだと思います。徹底したシェア奪取は、類似のサービスを提供している他の有料サービスブランドとの差別化につながったと思われます。無料のラジオ放送では充たされ切れないニーズである「好きな音楽を好きな時に好きなだけ聴きたい」を自社ブランドのサービスではどの程度実現すればよいのか、とはいえ、ラジオが持つ「情報の送り手による編集・注釈・推奨がなされた面白さ」と同様の機能をもつポッドキャストメニューをどの程度充実させ、ラジオ的な面白さを一定維持すればよいのか、といった、提供サービスにおける様々な熟考に基づいた創意と工夫が(有料競合と競争・対抗することが大事なのではなく、無料ラジオユーザーの不満を解消してより満足させる方法で消費者を自社ブランドに刈り取っていくことが大事という視点から)徹底して行われたはずです。
こうした「一見地味で何でもなさそうだけれど、実は緻密によく考えられている」スカンジナビアン的な発想がスポティファイにもあり、それがスポティファイの成功につながっているのかもしれません。
USAでスポティファイと地元のラジオ局とのイメージの違いは下図の通りです。ラジオ局は地元密着以外にも、ジャーナリズムメディアの側面も持つので「社会的責任」「人々の生活をよくする目的意識」「特別なこだわり」といったイメージに特長があります。一方、スポティファイは「サービスがよくできている」「オンラインやモバイルがいい」「評判がいい」「業界をリードしている」という点が特徴です。結果として「毎日の生活に合っている」においては、地元ラジオ局と拮抗できています。(相手が無料サービスであることを考えれば、十分に対抗できていると考えていいと思います)。
「サービスがよくできている」「オンラインやモバイルがいい」は、これまで説明してきたスポティファイの『好きな音楽を好きな時に好きなだけ聴ける』特長を反映したものだと思われます。USAでは2019年から2022年にかけて、スポティファイの差別性の強化が牽引役となり、世間的にも有料音楽ストリーミング便益の評価・評判が高まったことで、音楽の楽しみ方の習慣がこれまでのラジオ中心からスポティファイをリーダーとした有料音楽ストリーミングサービスへ消費者の“パラダイムシフト”が生ることになりました。
ユニークな代替牛乳ブランド オートリー
オートリーはブランドの財務的価値は5億ドルでスウェーデンの最も価値のあるブランドの27位ですが、時代を先取りした新しいイノベーションによる差別性の高さに特長があるブランドです。健康志向やサステナビリティ志向の時代潮流に合わせた、オーツ麦から作られた代替牛乳のブランドです。日本で言えば豆乳に近いような製品です。
既に世界20か国で発売され、日本でも2022年に首都圏で発売が開始されていますが、スウェーデン国内でもマインドシェアで6%を取るに過ぎない、これからのブランドです。但し、オーツミルクという際立った製品特徴を持つため、並外れた差別性の高さを得ています。まだ意義性は低いのですが、時代潮流に合っているのでマーケティングをうまくすればこれから大きく伸びるブランドとして期待することができます。BrandZのブランド財務評価は発行済みの株式時価総額を基に算出されるので、ブランドの財務的価値が高いということは株式市場も同様の期待感でこのブランドを評価していることといえます。
尚、スェーデン国内のマインドシェアでトップの21%を得ているアーラも、ブランドの財務的価値15億ドルに達し、スウェーデンの最も価値のあるブランドの12位にランクインしています。アーラは意義性が突出しており、差別性も乳製品カテゴリー内ではトップクラスです。
差別性の高さにより、オートリーの価格以上に価値を感じさせる力であるプライシングパワーも高くなっています。スウェーデン国内において、最も高い価格帯にあるにもかかわらず、価格以上の価値があると消費者に受け取られています。
このような差別性の高さは、時代のニーズに合うようにオーツ麦からミルクを造り出したブランドのイノベーション力にあると言えますが、加えてオートリーのブランドマーケティングの秀でた点を見出すことができます。日本の豆乳などの場合では、健康への便益を考慮する傾向を持つ、高年齢層やより年齢の高い世代にターゲットを絞る傾向にありますが、オートリーの場合はサステナビリティにフォーカスをした上で若年層にターゲットを絞り込んでいます。そのため、若年層の共感を得られそうなユーモア感覚や、手作り感、さらにはやや挑発的なアプローチさえも取られています。
健康やサステナビリティを意識すると、静的で理性的な「ありがちで目立たない」トーンになりがちですが、オートリーは動的で勢いを感じさせるようなパッケージ、WEB、プロモーションを意図的に行い、若年層からの共感が得られるように工夫されています。
このようなアプローチの結果が、下図にある通り、35歳未満の若年層と35歳以上のオートリーブランドの受け止められ方の違いです。
ブランドの意義性・差別性・想起性といったエクイティの基礎指標において、想起性では年代間に差は見られません。差別性ではいずれの年代でも極めて高水準にありますが、若年層の方が20ポイント程度高いスコアとなっています。さらに、意義性においては、若年層との間で60ポイント近い差があり、こうしたアプローチが若年層の意義性を高めるのに効果を上げていることが判ります。
さらに主要なブランドのイメージを見てみると、「業界をリードしている」「将来重要性を増す」では年代間で大きな差はありませんが、「最もいいものを出している」「見た目やイメージが際立っている」「ユニークななにかがある」「環境への責任」で若年層の方がより高い反応を示しています。一方で上の年代でも、「特別なこだわり」や「人々の生活をよくする目的意識」では若年層よりも高い評価をしているので、意義性までは感じないとしてもブランドに対して一定の好意的評価がなされているようです。
このように差別化につながるイノベーション力の高さと、それをマーケティングに応用するスキルの高さがスェーデンブランドにはあるのかもしれません。オートリーの若年層受けを狙ったパッケージデザインなどの手作り感も、どこかスカンジナビアンデザインに共通する要素(一見地味だが個性が強く感じられる)があるのかもしれません。
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